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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第45話「綺麗事を言う為に」

45


 王都バルザールはこうして無事にリン王女……というか、清従教団の支配下に置かれた。

 総大将を失って士気がガタガタだった王太子軍は、あっさり北テザリア方面に撤退する。とりあえずの平和が戻ってきた。



「まずは王女として、賊徒の討伐を全国に命じる必要があるわね」

 私がそう言うと、リンが真面目な顔をしてうなずく。

「わかった。できるかどうかわからないが、やってみよう」

「いい覚悟ね。でもその前に、やることがあるわ」



 私はリンの頭を撫でる。

「もし今あなたが布告を発しても、たぶん従う貴族はあまりいないと思うわ。なぜだかわかる?」

「んー……まあ、私はこないだまで畑を耕してたような女だからな……」



 苦笑いするリンの表情も可愛い。私は思わず微笑む。

「そうなのよ。あなたは王族としての実績がないし、知名度も影響力も低いわ。かろうじて、国王のお気に入りだったことが知られている程度ね」



 リンは肩をすくめてみせる。

「一方、ツバイネル公はなんかあれだろ、凄いんだろう?」

「ええ、だいぶね」



 北テザリアでは王室より影響力がある名門中の名門。

 テザリア連邦王国成立以前は、あの辺りはツバイネル王国とも呼ばれていた。テザリア王室に忠誠を誓うようになったとはいえ、元々は古い王家の血筋だ。



「あなたがどっちとも無縁の地方領主だったら、様子見を決め込むでしょ?」

「そうだなあ。リン王女が敗れればテザリア王室は終わりだけど、そのときはツバイネル公爵家が新しい王朝を開いてこの国を治めるだけだからな」



「あら、歴史の勉強した?」

「うん! かなりしたぞ!」

 力強くうなずくリン。

「王室が永遠に続くなんてのは幻想で、途絶えたり別の家系に取って代わられたりするんだ。それでも国は続いていく。民衆も領主もたくましいからな」



 リンの成長がちょっとまぶしい。いろいろ経験したし、短期間のうちにずいぶん立派になったものだ。

「そうね。みんなそれはわかっているから、軽々しく動かないのよ。こういうときは、いくら権威や正統性や正義を振りかざしても誰もついてこないわ。綺麗事は大事だけど、それだけじゃ人は動かないのよね」



「じゃ、どうすればいいのかな?」

 リンが急に不安そうな表情になって、私を見つめてくる。この辺りはまだまだ子供だ。

 私は笑った。

「誰かの力を借りるのがいいと思うわ。例えば清従教団とかね」

「ああ、なるほど」



 リンは深くうなずき、腕組みする。

「清従教団には自前の戦力もあるし、全てのテザリア人に強い影響力を持っている。教皇あたりが命じれば、みんな言うことを聞くよな」

「実際にはそう単純じゃないけどね。少なくともあなた一人で叫ぶよりは効果があるわ」



 私はそう言って、愛しい姫君の顔を見つめる。

「じゃ、あなたは次にどうすればいいのかしらね?」

 リンは真剣な表情で考え込み、それから確かめるように言う。



「えーと……あれだ、王女として教団に挨拶に行く。教皇と会談するんだ。騎士団を借りてる礼を言って、さらなる助力を請う。合ってる?」

「ええ、とても」

 後は具体的にどう話を進めるかだが、ここは私が手伝おう。


   *   *   *


【教皇ヨハンスト三世視点】


 リン王女がバルザールの大聖堂を訪れたのは、練兵場での勝利から半日と経たない夕刻だった。

 教皇はすぐに応対し、リン王女を客間に通す。



「教皇猊下。私はリン・ランベル・ノイエ・ファサノ・テオドール・テザリアです。戦勝の報告と、聖モンテール騎士団の助力に対して感謝を述べに参りました」

「おお、これはこれは。教皇を務めております、ヨハンスト三世です」



 教皇は王女を素早く観察する。日に灼けた健康的な少女だ。

 教皇と初対面の者はたいていガチガチに緊張しているものだが、リン王女にはそれがない。まだ人柄はわからないが、度胸は合格といえるだろう。



 教皇はリン王女に椅子を勧め、それから侍従に命じて紅茶と茶菓子を運ばせる。

「戦場から真っ先にこちらにおいでくださったのですな。そのお気持ち、大変嬉しく思います」

「ありがとうございます。聖モンテール騎士団の方々の奮闘で、賊徒を追い払うことができました」

「それは何よりでした。我が同胞たちが殿下のお役に立てたのなら、それに勝る喜びはございません」



 ここまでは予定調和の流れだ。次にどう出てくるかで、王女の資質がわかる。

 すると王女はこう言った。

「引き続き、聖モンテール騎士団を王都防衛の為にお借りしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。王都が戦火に曝されるようなことは、誰の幸せにもなりません」



 王女はホッとしたような顔をして、頭を下げる。

「ありがとうございます。それさえ約束して頂けるのなら、何も不安はありません」

 意外にも戦力の追加要請はないようだ。



 教団が集めた情報では、リン王女の自前の戦力は三百ほどのはず。とてもではないがツバイネル公と戦える規模ではない。王太子軍の残党にも勝てないだろう。

 それなのに、清従騎士団の増派を求めないのはなぜだ。教皇は疑問を抱く。

 どこかに秘密の戦力でもあるのだろうか。



「殿下は今後、どのようになさるおつもりですかな?」

「はい、まずは父の敵討ちです。全ての黒幕はツバイネル公ですから、ツバイネル公を討ちます。兵を募らねばなりませんが」

 苦笑する王女。どうやらまだ戦力のあてはないようだ。



「お困りではありませんか?」

「はい、かなり困っています」

 計算というものがないのか、王女は笑顔でうなずく。なんとも奇妙だが、しかしついつい惹き込まれる笑顔だ。



 王女から派兵要請がないので、自然と教皇側から申し出る形になる。今さら王女を見捨てる選択はありえない。王女に兵を貸した以上、ツバイネル家とは既に敵対している。

「清従騎士団には、まだ余力があります。お力添えいたしましょうか?」

「それはとても助かります。でも構わないのですか?」



「ええ、主従や親子の関係を重んじるのが清従の教えですから。ツバイネル公が国王陛下や王太子殿下を殺めたとなれば、これは教義に背く行いです。もちろん法にも人倫にも背いております。許せません」

 どうも妙な流れになってきたなと、教皇は我ながらおかしくなってくる。



 すると王女は晴れ晴れとした良い笑顔で、教皇に頭を下げた。

「ありがとうございます。教皇猊下のお言葉に勇気づけられました。必ずやテザリアに秩序と平和を取り戻します」

 気づけばこちら側から協力を申し出た形になっている。未来の国王に大きな貸しを作りたかった教皇としては、いささか予定外の流れだ。



 とはいえ、これでリン王女との共闘関係は成立した。

 ただしこれはあくまでも投資に過ぎない。良い投資になるのかどうかは未知数だ。

 その辺りを少し探っておこうと、教皇は質問する。



「殿下はツバイネル公を討って、どのような国を作られるおつもりですかな?」

「はい。何の気兼ねもなく綺麗事を言える国にしたいです」

 意味がよくわからないが、教皇は興味を持つ。



「それはどのような意味でしょうか?」

 すると王女は少し考えるような面持ちになり、ゆっくり語り始めた。

「私は以前、聖サノー神殿に身を寄せていました。身近にいたのは神官の方々で、善意にあふれていました。平和で穏やかな毎日でした」



 教団の調査では、聖サノー神殿の神殿長たち幹部が出所の怪しい金で買収されていたことが判明している。

 リン王女の発言は痛烈な皮肉なのだろうかと教皇は思ったが、彼女にそんな様子は全く感じられない。



「でも神殿の外では暗殺者に怯え、政敵との闘争に明け暮れる毎日です。綺麗事を言う余裕はありません」

「……そうでしょうな」

 教団の中だって随分と生臭いが、世俗はそれ以上だ。



「『人を傷つけてはいけない』『困っている人は助けなくてはいけない』『憎しみを捨て、誰にでも慈悲をもって接しなくてはいけない』……どれも神殿の外では綺麗事です」

「そうかもしれません」



 リン王女の言葉が誰かの借り物だったら、教皇は何も感じなかっただろう。

 しかし彼女は実父には冷酷な仕打ちを受け、伯父に故郷を追い出され、最後の頼みの神殿にも裏切られた。赤の他人のノイエが助けていなければ、今頃は生きていない。

 綺麗事を言える世界ではないことを、彼女は痛感しているはずだ。



「今の私はまだ、綺麗事を言えない身です。生き延びるだけでも精一杯で、父の仇を討てるかどうかもわかりません。ですがいつか必ず、皆が綺麗事を言える国にしたいと思っています」

「ふむ……」



 教皇は考える。

 教団の未来を、この年若い王女にどれぐらい賭けても大丈夫なのか。

 結論はすぐに出た。



「リン王女殿下。我が教団は殿下を全面的に支援いたします。教皇として、あなたこそが地上の王に相応しいと判断いたしました」

「あ、ありがとうございます」

「殿下のお悩みは、本来ならば我が教団が背負うべきものです。殿下は世俗におられながらも聖者であらせられる。実務的な協議は……そうですな、ノイエ殿といたしましょう」



 このどこまでもまっすぐな王女には、教団の運命を賭けるだけの値打ちがある。それは間違いなさそうだ。

 どれほど賭けるかは、かの者と話して決めよう。


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