第44話「初陣」
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南テザリアから現れた騎兵たちは、清従教団の軍事部門『清従騎士団』の神官騎士たちだった。聖職者でありながら軍人でもある。要するに僧兵だ。
清従騎士団の規模は大きくないが、そのぶん資金を手厚く注ぎ込んでいる。鉄騎団の連中が羨むような良い装備をしていた。軍馬にまで高価な鎖帷子を着せている。
ただ軍馬はテザリア産なので、鉄騎団の連中の方が良い馬に乗っている。死線をくぐった経験の差も考えれば、騎兵としての強さは鉄騎団の方が上だろう。
五百騎もの重騎兵が整列すると、かなりの迫力がある。
先頭に立っていた指揮官らしいのが進み出てくる。神経質そうな顔をした三十歳ぐらいの男性だ。顔色がやたらと悪いが、あれで戦えるんだろうか。
顔色の悪い騎士はにこりともせずに、馬上から私に挨拶した。
「はじめまして。私は清従騎士団のひとつ、聖モンテール騎士団を預かるカシュオーン・デルゴ・フォザイル団長代行だ」
「あらどうも。ノイエ・ファリナ・カルファードよ」
聖モンテールというのは、俗世との協調路線を説いた昔の大神官らしい。
聖モンテールの教えを受け継ぐモンテール学派は、教皇ヨハンスト三世やネルヴィスの所属する学派だ。
ということはつまり、こいつらはネルヴィスや教皇に近い軍団ということになる。
カシュオーンは相変わらずの仏頂面で、私をじろじろ見ている。
「ノイエ殿……。では貴殿がリン王女殿下の代官か」
「ええ、何か御用かしら」
「教皇猊下の命により、貴殿らを警護するよう仰せつかっている。そしてしばらくの間は、貴殿の指揮下に入るようにとも」
重騎兵五百が無料でもらえた。騎兵の莫大な維持費は教団持ちだろうから、これはかなり嬉しいプレゼントだ。
「あらあら悪いわね」
「全くだ」
カシュオーンは深い溜息をついた。
「教皇猊下の命とはいえ、なんでこんなオカマみたいなヤツの命令を聞かねばならんのだ」
「偉い人の決定だから諦めてね」
この手の連中は私情を抑えて職務に忠実に動く。私のことは嫌いなようだが、しっかり働いてくれるだろう。
カシュオーンは後方を振り返る。
「急いで来たので槍持ちの従者や歩兵たちを置いてきたが、明後日には歩兵三千が到着予定だ。貴殿が使ってくれ。……気が進まないが」
「はいはい、ありがとう」
素晴らしい。どの程度の兵かはわからないが、それだけいれば王都の王太子軍を蹴散らせる。
私は自分の軍馬にまたがる。サーベニア産の軍馬は体格が抜群だし、今世の私は長身だ。清従騎士たちを見下ろす形になった。
「王都を賊徒から奪い返して、秩序を取り戻すわ。ひとまず全軍、宿場まで移動しましょう」
「……わかった」
カシュオーンは再び深々と溜息をついた。
道中、カシュオーンはぶつくさ呟いていた。
「我々の本来の任務は、南テザリアでの巡礼者の保護と教団領の防衛だ。だが教皇猊下の命により、全軍が招集されてこちらに向かっている」
「まあ素敵」
教皇はおそらく、リン王女に貸しを作る気だ。ここで清従騎士団が王位争奪で活躍すれば、新王となるリン王女は清従教団に強い態度を取れなくなる。
ただ現場の指揮官であるカシュオーンは、そんな政治的な意図を汲み取っていないようだった。
だから教えておく。
「教皇猊下の真意はわかってるわよね?」
「わからん……。貴殿には悪いが早く帰りたい。巡礼地の近くに山賊が出没していて、掃討作戦の途中だったのだ。巡礼者たちに被害が出てないか、気が気でならん」
愛想は悪いが、少なくとも職務には真面目な人のようだ。
私は彼の肩を気安く叩く。
「リン王女殿下の王位継承に貢献すれば、殿下は清従教団に深く感謝するでしょうね。もちろん巡礼者や巡礼地の保護にも、積極的になってくれるはずよ」
ぴくりと反応するカシュオーン。
「本当か?」
「もちろん。リン殿下が母君と共に聖サノー神殿で生活してたこと、知ってるわよね?」
「ああ。……なるほどな」
私の言葉に、カシュオーンは気持ちを切り替えたようだ。
「どうもそういう政治的な戦いは好きではないが、重要な任務を与えられたことは理解した」
「よかった」
カシュオーンは少し考える様子を見せて、後続の騎士たちに命令を下す。
「第一、第二小隊は付近の神殿に赴き、情報収集に努めよ! 第三から第六までの小隊は街道を先行し、王都を偵察! 現地の神官たちに監視任務を要請しろ! 残りはノイエ殿の指示に従え!」
騎兵たちは間髪入れず、散開してそれぞれの任務に出発する。
私はカシュオーンの顔をちらりと見る。
「やる気出た?」
「多少はな。早く帰りたいのは変わらんが」
相変わらずの仏頂面ではあったが、どうやら頼りにしても良さそうだ。
動かせる騎兵の数が一気に増えたことで、王都周辺の情勢がかなり鮮明にわかるようになった。
「王都には現在、王太子直属の近衛隊が千余り駐留している。拠点は王都北側の練兵場だ」
顔色の悪いカシュオーンは地図を示し、そこに兵力を示す木のマーカーを置いた。
「ノイエ殿の指示通り、王都から北へ続く街道には哨戒の騎兵を送っている。現地の神官たちと協力して、ツバイネル公の兵が来ないか監視しているところだ」
「今のところ、動きはない?」
するとカシュオーンは首を横に振った。
「なさそうだ。王太子の兵の一部が街道を北へ移動しているのを目撃したが、どうも脱走のようだ。念の為、追撃させている。捕虜にして尋問する予定だ」
顔色が悪くてもプロの仕事だ。いちいち細かい指示をしなくていいのは助かる。
一方、こちらの鉄騎団団長ベルゲンもいい仕事をしていた。
「王太子の兵は歩兵ばかりだ。それも市街戦を想定した軽装の槍兵が主力だな。騎兵も弓兵もおらんぞ。拠点の練兵場に食料の集積所があるが、規模が小さい」
「あら素敵」
私は腕組みし、それからカシュオーンに質問する。
「そちらの歩兵三千のうち、弓兵はどれぐらい?」
「クロスボウ隊が四百ほどだ。一応、騎士たちもクロスボウは持っている」
クロスボウは連射ができないが、威力があるし素人でも扱いやすい。
練兵場は城や砦とは違い、ただの広場だ。それも城門の外にあるので、そこで戦えば野戦と変わらない。
「数で勝ってるんだから、一気に押し潰しちゃいましょ」
「そうだな」
ベルゲンがうなずき、カシュオーンも同意した。
「承知した。歩兵隊の到着を待って、総攻撃を開始する」
手持ちの騎兵だけで戦うと損害が大きそうだが、歩兵の到着を待てば確実に勝てるだろう。あちらは総大将不在だ。
ただし敵に準備する時間を与えてはまずい。敵には何もさせないのが戦いの原則だ。
「こちらの動きを直前まで知られないよう、テオドール郡への街道は鉄騎団の騎兵で遮蔽して。王太子軍の斥候は全て始末するのよ。攻撃にはリン王女殿下も出陣なさるから、危険がないようにね?」
「おう、任せてくれ」
愉快そうにベルゲンが笑った。
そして私は清従騎士団を主力とする三千五百の兵で、王都北側にある練兵場を攻撃した。
ディアージュ城からリンたちを呼び寄せて、千余りの王太子軍を相手にまずは小手調べだ。
……そのつもりだったのだが。
「ノイエ殿、敵が逃げていくぞ」
私の馬に一緒に乗っているリンが、困惑しきった声を漏らす。
「追わなくていいのか、あれ」
総大将不在の王太子軍は、清従教団とリン王女の軍旗を掲げた我々を見た瞬間、我先に逃げ始めたのだ。武器も鎧も全部捨てて必死の逃亡だ。
「北の街道を逃げて行くわね」
「なあノイエ殿、だからあれ追わなくていいのか?」
「いいわよ別に」
私は肩をすくめてみせる。
「王太子が死んだ今、王太子の兵には戦う理由がないわ。この練兵場を死守することに何の戦略的価値もないもの。援軍も来ないみたいだし」
「だからって、あの逃げ方は……」
不満そうなリンに私は笑いかける。
「どうせ逃げる先はひとつだし、今は逃げさせておやりなさいな。これで王都をあなたの支配下に置くことができるし、降伏した兵を尋問すれば必要な情報は手に入る。目的は全部達したわ」
「そういうものか?」
「戦争は敵を倒すのが目的じゃないのよ。さ、王都に凱旋しましょ。あなたの仕事はこれからよ」
「えー……」
楽しい楽しいプロパガンダの始まりだ。




