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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第43話「清従の騎士」

43


   *   *   *


【ネルヴィス大神官視点】


 僕はノイエ殿が去った後、しばらくその場に佇んでいた。

 気を取り直した僕は使用人たちを呼び、兄の骸を棺に入れるよう命じる。夜のうちに教団本部の地下納骨堂に運び込もう。使いを送り、秘儀に詳しい神官を招集する。



 それから僕はベッドに腰掛け、ぼんやりと壁を見つめた。

 とうとう独りぼっちになってしまった。僕にはもう、家族と呼べる血縁者はいない。母や祖父たちとは絶縁状態だ。

 そのまま僕は長い間虚無感に包まれていたが、ふとノイエ殿の言葉を思い出す。



「新しい家族か……」

 確かに僕には教団という大勢の仲間たちがいる。特に恩師である教皇ヨハンスト三世は、僕にとって父親も同然だ。

 そう考えると、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。



 そうだ、先生に相談してみよう。

 僕は夜明けを待って、急いで教皇を訪問した。朝の礼拝と説法を終えたばかりの教皇ヨハンスト三世に面会する。



「人の生で驚くようなことなど、そうそうあるものではありません。しかし今日ばかりは心底驚きました。そして重要な第一報を私にもたらしてくれたことを、教団を代表して感謝します」

 先生も相当驚いているようではあったが、すぐに聖印を握り、目を閉じる。

「ベルカール殿下の御霊に清従の祝福のあらんことを。慈悲深き神よ、転生の日まで殿下の御霊を守り給え」



 兄の冥福を祈ってから、我が師は僕に向き直る。

「教団としての対応も考えねばなりませんが、まずはあなたのことです。ネルヴィス大神官、あなたはどうしたいのですか?」

「僕はもう一介の神官に過ぎません。いまさら王室のことに首を突っ込むつもりはありませんよ」



 僕はそう返したが、師はまじめな顔で首を横に振った。

「あなたは……君はいつもそうだ。自分の立場をわきまえすぎる。それは非常に重要なことであり、尊敬すべき点ではあるが、今はいったん脇に置きなさい」



「難しい注文ですね」

「自分の本当の気持ちを封じ込め続けていると、いつか心の器が割れてしまう。君の心は今、割れる寸前だ。だから私に会いに来たのだろう?」



 師はそう言うと、優しく微笑んだ。

「さあ、君の偽らざる本当の気持ちを言いなさい。神の代理人、教皇の前だ。どんな言葉も神はお許しくださるよ」

 そう促され、僕は自分の心の内側と向き合う。



「えーと……うーん……」

 思えば幼少期、訳もわからず神殿で修行させられた。本当は強くて勇敢な騎士に憧れていたのに、聖句の暗誦と経典の勉強ばかりさせられた。



 やがて僕が父と血が繋がっていないこと、母が北テザリアの貴族と逢瀬を重ねていたこと、そして父と母が不仲なことを知った。



 僕が神殿に通わされたのは、清従教団との間にコネを作り、父の離婚申請を却下し続ける為だった。

 でも僕は王室の一員として、ぐっと我慢した。王室が瓦解することがあってはいけない。

 王室は臣民の範となるべき存在なのだからと、母方の祖父に繰り返し教えられた。



 その祖父が神殿に敬意を払わず、隠遁していたリン王女を暗殺しようとした。そのせいで聖女サノーの名を持つ神殿は焼け落ちて廃墟だ。

 リン王女との和解を進めようとすれば、また暗殺者を送り込んでくる。おかげで僕の苦労は水の泡だ。



 諍いに疲れ果てて王室を離脱したら、とうとう父と兄が殺された。もし本当に祖父がやったのだとしたら、あまりにも無慈悲すぎる。

 ここまでされて、どうして僕だけ良い子でいなければいけないんだ。



 そこまで考えたとき、急にふつふつと怒りが噴き出してきた。

 思わず立ち上がる。

「なんなんだ、僕の家族たちは! 殺し合って憎み合って、こんな一族が臣民の範になれるものか!」



 何事かと侍従の神官たちが顔を覗かせたが、師はやんわりと彼らを退出させる。

 僕の怒りは収まらない。



「家族らしい愛情を注いでもくれない癖に、僕には王子としての役割を押しつける! どうせ僕は不義の子だよ! 汚らわしい金髪の畜生だ! だから何だって言うんだ! 僕は誰も傷つけたことがないし、誰も陥れたことなんかない! お前たちよりずっとましな人間だ!」



 最後に僕は拳を突き上げ、ありったけの大声で叫ぶ。

「テザリア王室の馬鹿野郎ーっ!」

 叫んだ後、ふと振り返ると師が満面の笑みで僕を見つめていた。



「そうだ、それこそが君の出発点だ」

「出発点……?」

「今までの君は自分の本当の気持ちに向き合わず、ただただ周囲の期待と要望に応え続けるだけの出来の良い人形だった。だがそれでは幸福は永遠に訪れない」



 教皇ヨハンスト三世は微笑みながら髭を撫でる。

「憎悪、欲望、葛藤、絶望……。己の内にある闇を見つめ、その闇とどう生きていくか。それこそが人生なのです。ネルヴィス、君は今ようやく幸せになれる道を見つけたんだ」



 そして我が師はこう言った。

「やりたいようにやりなさい。君が神の御許に行く日に笑えるように」

「……はい、先生」

 よし、祖父の野望を叩き潰そう。


   *   *   *


 私がベルカールを倒した翌日。

 清従教団は国王を殺した王太子ベルカールは影武者であり、さらに大神官ネルヴィスの殺害を企てて返り討ちにされたと公表した。

 本物の王太子は既に殺害されており、一連の黒幕はツバイネル公だという。



「なんかもう、天変地異みたいな政変が起こりすぎて感覚が麻痺してきたわ」

 私は溜息をつきながら、テオドール郡の城館の窓辺に腰掛ける。

 様子を見に来た鉄騎団のベルゲン団長が、豪快に笑った。



「全部あんたの仕業だろうが」

「そうかしらね?」

 あんまり自覚はないが、教団の発表には政治的な意図が見え隠れしている。



「この発表、国王と王太子は被害者よね。悪いのは全部ツバイネル公だって言ってるんだし」

「事実なんだろ」

「ええまあ」

 ただこの発表、あまりにもリン王女陣営にとって有利すぎる。清従教団は事実上、「次期国王はリン王女しかいない」と認めたようなものだからだ。



「これがネルヴィス殿の『恩返し』だとしたら、重すぎるぐらいのお礼なのよねえ……」

「さすがに恩返しだけでここまではせんだろうよ。あちらさんにも何か事情があるのさ」

「まあそうよね」



 私は少し考える。

「教団の発表では、ネルヴィス大神官も立派な被害者よね。血のつながっていない父はともかくとしても、実兄を殺されてるんだから」

 王室も被害者、教団も被害者。

 悪いのは全部ツバイネル家。



 うまい処理方法だ。ツバイネル家が滅亡してもテザリア王国は困らない。清従教団も困らない。

 ただ、教団にはツバイネル家に味方するという選択肢もあったはずだが、そこを選ばなかったところにネルヴィスの影がちらついている。

 やっぱりこの恩返し、かなり重い。



 私が溜息をついたところで、ベルゲンが言う。

「そうそう、エリザから手紙を預かっている」

「ありがとう」

 エリザにはベルカール王太子の頭蓋から出てきた怪物について、何か知っていないか問い合わせている。



 普通に考えれば素直に教えてくれるはずがないのだが、リン王女の愛に飢えている彼女はぺらぺらしゃべるだろう。

 私の予想通り、手紙には「脳喰い虫」だろうと書かれていた。



 北テザリアに生息する寄生虫で、宿主の体を操って群れに紛れ、隙をみて他の個体の脳に幼虫を送り込むらしい。えぐい生き物だ。

 こいつを特別な秘術で選り分けて飼育すると、擬態がより高度な脳喰い虫を得られるのだという。



 しかししょせんは軟体生物なので、宿主の人格を完璧に再現はできない。

 おまけに代謝が異常に促進されるので、乗っ取られた肉体は急激に疲弊して数年以内に死亡するらしい。



 同じ日にネルヴィスからも同様の手紙が届いた。北テザリアの異端者……魔女が使っていた秘術だという。

 魔女にもいろいろいるので、こういう邪悪な術に手を染める者がいてもおかしくはない。

 ただ妙なのは、亡母イザナは北テザリアには魔女がいないと言っていたことだ。

 少し気になるが、今はそれどころではない。



「次期国王にする肉体が、数年で死んだら困るわよね……」

 ツバイネル公が馬鹿でなければ、この方法は最後の手段だ。即位して数年で死ぬ王は困る。

 跡継ぎを急いで作らせようにも、ベルカール王太子は独身だ。父王グレトーがベルカールを警戒し、誰との婚姻も許さなかったせいだ。

 あと性格がアレなので絶望的にモテないというのもある。



 おそらくベルカール王太子が言うことを聞かなくなり、ツバイネル公も持て余して脳喰い虫を植え付けたのだろう。

 だがベルカールに寄生した脳喰い虫は、難しい局面を処理できなかった。しょせん虫だから仕方ない。



 結果、いきなり国王を殺すわ弟を襲うわで大失態をやらかした。ツバイネル公も慌てていることだろう。彼が望んだのはこんな展開ではないはずだ。

 国王殺害後にリン王女が全く攻撃されなかったことや、ツバイネル公の動きがやたらと鈍いことも納得できる。



「好機ね」

 私が呟いたとき、鉄騎団の傭兵が駆け込んできた。街道を哨戒していた軽騎兵だ。

「ノイエ殿、南方から騎兵五百! 清従教団の旗を掲げています!」

「清従騎士団のお出ましね」



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