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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第41話「ネルヴィスの窮地」

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   *   *   *


【ネルヴィス大神官視点】


「兄上、こんな夜分にどうされました?」

 僕は深夜の訪問に戸惑いつつも、兄を出迎えた。さすがに遅い時間なので、警護の者たちも大半が眠っている。



 本来、こんな時間に貴族の家を訪問することはありえないのだが、相手が実の兄とくれば断る理由もない。

 それも国王である父を殺し、王都を武力で支配している兄だ。会わなければ敵対していると見なされる。



 兄であり謀反人であるベルカールは新王を名乗り、この数日は王都周辺で勢力固めに動いている。兵力はおよそ千。王都を支配するには物足りない兵力だ。

 しかし王都周辺の弱小領主たちは動かない。ベルカールやその背後にいるツバイネル家を恐れ、黙って様子を見ている有様だ。



 清従教団も似たようなもので、王都周辺には清従騎士団がいないので打つ手がない。王室への敬意を示し、余計な兵力を置かないようにしていたのが裏目に出た。

 だから今、兄に逆らう者はいない。

 今のところは、だが。



「兄上。父上のことは……」

 僕が控えめに話題を切り出すと、兄はゆっくりうなずく。

「その件で来た。お前はすぐにお祖父様の下に行け」

「お祖父様ですか?」



「そうだ。お前は清従教勢力の立場からお祖父様に助力し、ツバイネル家を王室の正式な後見人とするのだ。テザリア王室は今後、ツバイネル家を後ろ盾として国内外に睨みをきかせる」



 僕は警戒する。

 兄は祖父ツバイネル公のことを「爺様」と呼ぶ。「お祖父様」は僕が祖父を呼ぶときの呼称だ。

 この兄、本物ではない。



 ただ、影武者にしては妙だった。兄の仕草や表情をまるで模倣しようとしていない。

 試しに兄を呼んでみる。

「お兄様?」

「なんだ?」



 兄は「お兄様」という呼び方を女々しいと嫌っていた。だが今、目の前の人物はそのことに全く頓着していない。

 見た目は本当にそっくりだが、これは明らかに偽者だ。



「兄貴は父上を殺害したことを、恥じてはおられないのですか?」

 今度は思い切って「兄貴」と呼んでみたが、目の前の男は気づいていない。

「ツバイネル家にとって有害となったので排除した。この国はツバイネル家の協力なしには立ち行かんのだ。仕方あるまい」



 やっぱりこの男、ベルカールではない。本物の兄はそこまでツバイネル家に義理立てしていない。

 この者はもしかして、リン王女の立てた偽者なのだろうか。いや、彼女はそんなことはしない。それにリン王女の手の者なら、ツバイネル家に協力するよう要請するはずがない。



 外を見たところ、この男には少数の護衛しかいないようだ。これなら僕の手勢でもどうにかなるだろう。この男の主については、捕まえた後に問いただせばいい。

 僕はそう判断し、彼を捕まえる為にこう言った。



「わかりました。僕は兄上に従います。すぐに準備しましょう」

 すぐに衛兵を呼ばなくては。

 だが僕が呼び鈴を取ったとき、兄そっくりの男は突然襲いかかってきた。



「この裏切り者め!」

「うわぁっ!?」

 動きにくい法衣のせいで、避けるのが間に合わなかった。両手で首を絞められ、僕の意識がみるみるうちに遠のいていく。



「裏切り者め!」

「違……僕は……裏切り……」

 反論している場合じゃないと気づいたときには、手足が動かなくなっていた。僕はどうやら、ここで死ぬらしい。



 もう少し、誰かの役に立ってから死にたかった。こんな有様では神の御前に笑顔で立てない。

「ま……だ……僕、は……」

 身をよじって抵抗しようとしたとき。



「ああもう、間に合って良かったわ」

 聞き覚えのある声がした。

 この声はノイエ殿!?



 次の瞬間、兄そっくりの男がうめく。視界の端に赤い血飛沫。

「ぐおあぁっ!?」

「あら、あなた……もう人間じゃないわね?」

 名剣キシオッジを構えたノイエ殿が、ペロリと唇を舐めて身構えていた。

「助かるわ。気楽に斬れるから」


   *   *   *


 私は妖刀キシモジンを構えつつ、ベルカールとの間合いを慎重に測る。

 さっきベルカールの護衛を撫で斬りにしたので、キシモジンは絶好調のはずだ。それなのに先制の一太刀を避けられた。加速状態で背後からの急襲だったのに。

 こいつは人間じゃない。



 反応速度も瞬発力も尋常ではないので、筋力も相当なものだろう。素早さには筋力が必要だ。私は素早いだけで打たれ強くはないので、ベルカールの斬撃を一発受ければアウトだ。

 ネルヴィスの武勇はあまりあてにはならないし、私が何とかするしかない。



「うがああぁ!」

 ベルカールは獣のように吼えながら、幅広の剣を抜いてやみくもに薙ぎ払う。一応は剣術の動きだが、太刀筋は今ひとつだ。速いが無駄が多い。

 せっかくの力を有効活用できていないので、ベルカールの脅威度は低い。



 私は妖刀キシモジンで加速し、動きの止まった場所を狙って斬りつける。甲冑すら薄紙のように切り裂く妖刀だけあって、ベルカールの左手首がすっぱりと切断された。

 しかしベルカールは全く動じることなく、左手首を拾うと切断面をくっつける。



「ふん!」

 驚いたことに、あっという間にくっついてしまった。

 さすがに神経接続まではすぐに回復しないようだが、くっついたばかりの左拳で殴りかかってくる。避けると石壁に穴が空いた。化け物だ。



「ノイエ殿、僕が助太刀する!」

 ネルヴィスがサーベルを抜いて駆け寄ってきたが、私は彼を制止する。

「危険よ、離れてて! 今のあなたまで守りきれないわ!」

「わ、わかった」



 ベルカールはネルヴィスではなく、私を優先して攻撃してくる。私の動きがそれだけ脅威なのだろう。いい傾向だ。

 こちらには『殺意の赤』があるので、動きが速くても大した脅威ではない。



「ああもう、鬱陶しいわね」

 私はあちこち斬りつけてみるが、動きが素早いのでなかなか深手を与えられない。浅手はすぐに塞がってしまうので意味がなさそうだ。



 こんな無限回復モンスターとちまちまやり合ってても仕方がないので、私は手っ取り早く片付けることにした。

 狙いはヤツの剣だ。



 幅広で肉厚の剣。おそらく相当な業物だろうが、妖刀の前では爪楊枝みたいなものだ。切断しようと思えば簡単だ。

 だがあれを握らせておけば、相手は右手の剣で戦う。



 左手のパンチは剣の戦いには間合いが遠すぎて当たらない。

 キックを使えば動きが止まるし、片足立ちの間はまともに剣を振り回せない。

 それに突き出した手足を斬られると戦いが一気に不利になるので、ベルカールはパンチやキックをほとんど放ってこない。



 敵の攻撃パターンを減らす為に敢えて剣を持たせておいたのだが、それを活用するときが来たようだ。

 私はほんの一瞬、構えに隙を作る。誘いの構えだ。



「うおおおぉっ!」

 ベルカールは剣を高々と振り上げ、大きく踏み込む。かなり速い動きだ。

「ノイエ殿!?」

 ネルヴィスの悲鳴が聞こえたが、応じる余裕はない。私は加速すると、大上段から振り下ろされる剣を妖刀キシモジンで受け止めた。



「ふっ!」

 ベルカールの幅広剣をスッパリと切断し、そのまま剣速を落とさずに横一文字に薙ぎ払う。

 ベルカールの腕の上を滑るように妖刀が奔り、波打つ刃文が王太子の首を捉えた。



「んがっ!?」

 喉笛から頸骨までを一瞬で切断し、首を斬り飛ばす。ベルカールの首が床に転がると、首を失った胴体はでたらめな動きで大暴れを始めた。まるで鶏だ。



「ああもう、狭いんだから暴れないでよね」

 スパスパと手足を切り落としてコンパクトに分割すると、王太子だった怪物はようやく無害になった。



「手首を繋いだときに神経の再接続に時間がかかってたから、神経の電気信号で動いてるのは『生前』と同じだったみたいね」

「ノイエ殿が何を言っているのか、僕にはよくわからないんだが……」

 ネルヴィスはサーベルを鞘に収め、兄の無残な亡骸を見下ろす。



「兄上……どうしてこんなことに」

「悪いんだけど、それを今すぐ調べさせてもらうわね」

 私はネルヴィスのサーベルを少し警戒しつつも、ベルカールの首を拾い上げる。魔女の秘儀『死体占い』の時間だ。


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