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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第40話「生贄の紙人形」

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 とにかく今は避難だ。王殺しをやらかしたベルカールの魔手から、リンを守らなくてはいけない。次のターゲットは確実にリンだ。



「リュナン、すぐにリン王女殿下をディアージュ城へお連れして。ここじゃ危険だわ。情報収集や領地経営は私がここに残ってやるから、あんたたちは城に行きなさい。絶対に戻ってきちゃダメよ?」

「わ、わかりました。でも兄上も危険ですよ?」



「危なくなったら私もディアージュ城に移るわ。でもその前に郷士たちへの任務委託やら、残務処理を終わらせておかないとね。あ、そうそうエリザも連れてって。まだ歩けないから介助をつけてあげてね」

 私は苦笑し、今後の動きを考える。



 王は死んだ。次の王は誰か。

 王太子のベルカールか。それとも、国王が引き立てていたリン王女か。

 今、国内のあらゆる貴族とあらゆる勢力が、そのことについて考えを巡らせているところだろう。



 王太子ベルカールが廃嫡される流れになっていたのは、誰の目にも明らかだ。そして彼は国王である父親を殺した。主君殺しにして父殺しの大罪人だ。

 こんなヤツが王になってもルールを守らないだろうから信用できない。



 しかしリン王女が対抗馬になれるかというと、こっちも疑問符がつく。

 リンにはベルカールに対抗できるだけの権力や軍事力がない。おまけに王族としての実績もない。継承順位で男子よりも下の扱いを受ける女子だし、つい最近まで庶子として扱われてきた。

 正直、こっちに国を委ねるのも不安すぎる。



 だから貴族たちの多くは様子見に徹するだろう。ツバイネル公に近い北テザリアの領主たちはベルカール王太子を渋々支持するだろうが、後の連中は全くわからない。第三勢力が現れる可能性すらあった。

 ツバイネル公に対抗できるよう、リン王女の味方を集めなくては。



 そう考えていると、リュナンが持って行く書類をまとめながら不安そうな顔をする。

「兄上、やはり戦になりますか?」

「たぶんね。国王殺しなんてやらかした以上、ベルカールがリン殿下を殺さない理由がないもの。『血まみれだろうが王冠は王冠、一度被ってしまえばこっちのもの』ってことなんでしょうね。ただ、ちょっと妙なのよ」



 するとリンがユイからコートを受け取りながら首を傾げた。

「何が妙なんだ?」

「私がベルカールなら、王殺しと同時にテオドール郡に軍を差し向けるわ。もちろんこっちはその動きに気づいて逃げるでしょうけど、ディアージュ城への避難に失敗すると終わりよね」



「なるほど、確かに私に動く猶予を与えてるな。あ、自分のことは自分でするから、ユイも早く支度してくれ」

 リンは考え込む様子を見せながらも、コートに袖を通した。

 私は微笑みつつ説明を続ける。



「仮に討ち漏らしても、あなたが必死に避難している間は安泰だわ。逃げながらじゃ情報収集できないし、政治的な動きもできない。領地からも切り離され、資金源を失っていずれ追い詰められるわね」

「あ、そうか。それは困る」



 どうせ逃げる先なんてうちの実家、つまり辺境のアルツ郡ぐらいしかない。

 都から遠ざかれば何もできなくなるし、カルファード家ぐらいならツバイネル家の軍勢を送り込めば簡単に滅ぼせるだろう。

 だからこそ、国王からもらったディアージュ城に籠城して王都周辺に留まることが、勝利への必要条件だ。



「あなたがディアージュ城に籠城している間、私が政治工作を行って周辺の勢力を味方につけるわ。最初は清従教団ね」

「教団の荘園を奪っておいてですか?」

 リュナンが不思議そうな顔をした。

「教団には第二王子だったネルヴィス殿がいるのにか?」

 リンも同じような顔をしている。



「見込みは十分あるのよ。そのネルヴィス殿のおかげでね」

 廃嫡が成立寸前まで行ったのも、ネルヴィス王子が自らを不義の子であると公式に認めたからだ。清従教団は今、ツバイネル公側にはついていない。



 清従教団は軍事力でも資金力でもツバイネル公より弱いが、貴族から民衆にまで広く深い影響力を持つ。もし教団から破門されれば社会的信用を完全に失う。



 テザリアの法律では異教徒や外国人も保護の対象で、殺したり財産を奪ったりすると重罪だ。一方、破門された背教者に何をしようが罪にならない。背教者は獣と同じ存在だからだ。

 破門というのはそれぐらい厳しい。



 まあ実際には破門前に何回か警告が入るし、破門されても悔い改めて寄付や奉仕活動をすれば赦されることが多い。教団にしても、破門した連中が異教に改宗して勢力を作ると困るからだ。

 だから荘園を接収した程度で破門はありえない。神殿を燃やしたらさすがに危ないと思うが、バレてないようなので何よりだ。



 いずれにせよ、教団が本気を出せば相手が国王だろうが社会的に抹殺できる。とても怖い存在だ。

 この清従教団を味方に引っ張り込めばリンにも勝機が見えてくる。



 政治工作の為にすぐにでも王都に向かいたいが、私まで王都に行ってしまうとテオドール郡が空っぽになってしまう。

 だいたい今、王都は王太子派の勢力下にある。行くのは危険だ。



 だから今日のところはテオドール郡に留まることにして、リンの護衛に全兵力を振り分ける。鉄騎団とテオドール郷士たちがリンをディアージュ城まで送り届けてくれるだろう。街道に敵が現れてからでは遅い。



「ネルヴィスのことは明日でいいわよね」

 そう思いながら残務処理をしていたが、母譲りの魔女の勘なのだろうか、なぜか猛烈に嫌な予感がする。

 この嫌な感じ、魔女イザナが亡くなる前夜の感じに似ている。



「……気になるわ」

 私は秘密の小箱を開き、紙人形の束を取り出した。

 私が使う魔女の秘術『殺意の赤』は、自分に対する敵意しか感知できない。それも目の前にいる相手限定だ。



 しかし魔女の秘術というのはもっと奥深く、さらに広い範囲で感知することができる。権力者や犯罪者に怯える魔女たちは、より高度な秘術を編み出していた。

 それがこの『生贄の紙人形』だ。



「えーと、どうやるんだったかしらね……」

 その人の顔を思い浮かべながら、紙人形にペンで顔を描く。

 一応、一番心配なのはリンなので、まずはリンの顔。

 きりりとした顔を描くと、ついつい顔がにやけてしまう。



 異母弟妹リュナンとユイの顔、あと遠方ではあるが父ディグリフの紙人形も用意する。

 さて、本命はネルヴィス大神官だ。



 第二王子だったネルヴィスは、王太子ベルカールとは父違いの兄弟だ。

 今のネルヴィスは王室から離脱して出家しているが、兄弟であることに変わりはない。それに黒幕であるツバイネル公の孫であることも変わらなかった。



 だからついつい、王太子ベルカールがネルヴィスに危害を加えることはないと考えていたのだが、その思い込みに嫌な胸騒ぎがしたのだ。

 ベルカールは実の父を公然と殺害した男だ。実の弟だから攻撃しない、などということはない。



「いくら政争でも、肉親を殺すなんて私には無理だわ……」

 前世の家族、そして今世の父や異母弟妹たちを思い浮かべ、私は溜息をつく。



 偉い人たちのお家騒動だから仕方のないこととはいえ、やはり野蛮すぎるように思える。こういう点はこの世界になじめないし、なじみたいとも思わない。



 とにかく術を開始しよう。

 それぞれの紙人形は今、私の記憶を介してそれぞれの人物と霊的につながっている。

 該当する人物に人為的な危機が迫っていると、紙人形がそれに反応する。



 水差しの水を一滴ずつ垂らすと、紙人形たちはふにゃりとしおれた。紙だからごく自然な反応だ。意外なことにリンの紙人形にも異変はない。まだ差し迫った危機はないということか。

 しかしネルヴィスの紙人形だけは違った。水を一滴かけただけなのにパッと燃え上がり、みるみるうちに灰になる。



「まずいわね」

 ネルヴィスに強い敵意を向けている人物がいる。どこの誰かはわからないが、殺意かそれに近い敵意を持った人物がいるようだ。ベルカールだろうか。



 とにかくこのままだとネルヴィスが危ない。

 王都にいるはずの彼を助けに行くのは極めて危険だが、やっぱり見捨てたくない。

 あの坊や、本当に世話が焼ける。


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