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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第33話「魔女の帰還」

33


   *   *   *


【第二王子ネルヴィス視点】


 ネルヴィスは窓に映った自分の顔を見ていた。苦悩に満ちた表情だ。

 だが言わねばならない。

「お祖父様、リン王女の側近のノイエ・ファリナ・カルファード卿が行方不明になっている件ですが」



 彼の祖父、ツバイネル公ゼラーンは哀しそうな表情をする。

「私も聞いているよ。ディアージュ城へ向かう途中に消息を絶ったそうだな。何があったかはわからないが、リン王女殿下も心配しておいでだろう」



「そのノイエ殿の失踪に、お祖父様が関係しているという噂が流れております」

 ツバイネル公は怪訝そうに眉を寄せる。

「私がかね?」



 まるで何も知らないというそぶりだが、ネルヴィスは思い切って言う。

「お祖父様がノイエ殿を暗殺したのではありませんか?」

「騎士物語ではあるまいし、暗殺など考えたこともないよ。第一、そんなことをさせられる家臣もいない」



 あくまでも自然体に否定する祖父に、ネルヴィスは言う。

「ですが、すでに王都ではその噂で持ちきりです。私も他の貴族たちから何度も質問され、もうどうして良いのかわかりません」

 すると彼の祖父は、優しく諭すように答えた。



「知らぬものは知らぬとしか言えない。他のことは何も言わなくて良いのだ。噂などいずれ消えるだろう。根も葉もないのだからな」

「そう……ですね」

 ネルヴィスの心は揺れていた。



 祖父は今、嘘をついている。

 暗殺という手段は、権力闘争の中ではごくありふれた選択肢だ。実際に選ばれることは少ないものの、暗殺することや暗殺されることは常に貴族の意識にある。

 なぜ祖父はそのことを否定したのか。



 さらにツバイネル家が古い貴族の名門である以上、汚れ仕事を担う部署は絶対に存在するはずだった。

 清従教団の中でさえ、異教徒や背教者を「管理」する部署が複数あるのだ。

 だから「暗殺をさせられる家臣がいない」というのも嘘だと、ネルヴィスは感じていた。



 しかし祖父……いや、北テザリアの支配者であるツバイネル家当主に対して、異論を挟むことはできない。

 だからこう返すのが精一杯だった。



「お祖父様ほどの方が、そのような卑劣な手段を用いられるはずがありません。噂などすぐに消えるでしょう」

「そうとも。皆、興味本位で騒ぎ立てているだけだからね」

 祖父はいつもと変わらぬ穏やかな微笑みで、そう言った。



 王都にあるツバイネル家の屋敷を出た後、ネルヴィスは馬車の中で考える。

(ノイエ殿がいない今、リン王女の勢いに翳りが出ることは避けられない。それは父上の力を削ぐことにもなる。……お祖父様にとっては非常に有利な状況だ)



 不可解な事件が起きたとき、皆は「それで誰が得をしたのか」と考える。得をしたのはツバイネル家。

 そして祖父は嘘をついた。

(僕はツバイネル家の血筋である前に王子であり、同時に神に仕える身だ。教団と信徒のこともある。どうすればいい……?)

 聡明だがまだ若い王子は、自分の屋敷に戻るまで考え続けた。



   *   *   *



「しくじったようだな、爺様」

 王太子ベルカールは低い声で腕組みをする。

 可憐といってもいい第二王子ネルヴィスとは違い、骨太の屈強な青年だ。短く刈り込んだ黒髪を乱暴に撫でる。



 するとツバイネル公は首を横に振った。

「ノイエの排除には成功したのだ。『妙な噂』もいずれ消える。その為に日頃から外面を良くしているのだからな」

「お気に入りの密偵を失ったそうだが」



「なに、代わりはすぐ育てられる。外に出す以上、この手の人員は消耗品だ」

 エリザの件は特に気にも留めていない様子で、ツバイネル公は言葉を続けた。

「それよりも国王が廃嫡を企んでいる。お前はその前に、国王に譲位を迫れるだけの力を持つ必要がある」



 ベルカールは眉をひそめる。

「有力貴族に関しては、かなりの数を味方につけたはずだ」

「お前は何もわかっておらん」

 祖父は首を振った。

「お前に媚びへつらっている連中は、どうせ国王にも同じように媚びへつらっておる。信用できんぞ」



「では何を信用すればいい? 連中は飴と鞭でしっかり手懐けているのだぞ。他にどうしろというのだ」

 すると祖父は困ったような顔をする。

「お前のそういうところは、父親譲りのようだな」

「ああ、認める。俺は人の心がわからん」



 ベルカールは溜息をついた。

「世の中の人間は打算で動くかと思えば利害を読み違え、かと思えば感情だのメンツだので動く。訳がわからん」

「そういった混沌とした情勢を見極め、おおむね正しい判断をするのが王というものだ」

「無茶を言う」



「無茶なのは承知だ。その代わり、それができる者は国の頂点に一人いればよい」

 祖父の言葉はあくまでも冷静だった。

 ベルカールはソファに腰を下ろし、北テザリアのワインをグラスに注ぐ。



「爺様。要するに、裏切ったり日和見を決め込んだりする連中がいるという前提で、計画を練れば良いのだろう?」

「そう考えておけば、それほど間違いではないな。後はその見極めだ。今は私に任せておけ」



 祖父の言葉にベルカールはうなずき、ワインをぐっと飲む。

「爺様が健在なうちは、そうしておこう」

「ああ。私が死んだ後はネルヴィスと協力して事に当たりなさい。あれは情理に通じている」



 するとベルカールは眉を寄せる。

「あいつは『金髪』だぞ、爺様」

「別に構わんではないか。お前の弟であり、正式な第二王子であることに変わりはない。そしてツバイネル家の男だ」



 しばらく無言でグラスを傾けた後、ベルカールは立ち上がった。

「親父がくだらぬ考えを捨てぬ限り、いずれは親父の首をもらうことになる。必要な手駒を用意してくれ」

「わかった。まだ育成途中だが、良い暗殺者を用意しているところだ」



「そいつらは前のヤツより役に立つんだろうな?」

 ツバイネル公は穏やかに微笑む。

「エリザは少々情を残し過ぎたからな。反省を踏まえた上で、今度は少しばかり研ぎ澄ましておいた」



   *   *   *



「ノイエ・ファリナ・カルファードは死んだ。とりあえず今はそういうことにしておけば、あなたの本当の味方がわかるのよ」

 私はテオドール郡の城館で薬湯を飲みながら、フッと微笑んだ。

「順境のときは誰も彼もがあなたをちやほやするわ。でも逆境のときに傍にいてくれる者が、あなたの本当の味方よ」



 するとリンは納得したようにうなずいた。

「確かにな。私が聖サノー神殿の荘園をフラフラ歩いていたとき、傍にいてくれたのはノイエ殿だ」

「んー……まあ、そうね」

 否定はできないが、なんだかくすぐったい気分だ。



「それにしてもノイエ殿、なんでディアージュ城からではなくアルツ郡から戻ってきたんだ?」

「魔女の秘術のせいでね」

 今回使った切り札は、『魔女ジュナの歪曲儀』という。指定した座標に緊急テレポートする脱出装置だ。



 転送先の座標は、私には指定ができない。亡き母イザナにしか設定の儀式ができないし、彼女はカルファード家の城館の一室を指定していたからだ。具体的には父の寝室だ。

 これでこっそり会いに行ってたんだろうなと思うと、妙に生々しい。



 本体は転移先に置き、使い捨ての専用護符を身につけて使う。ただ危険な座標移動……例えば高所からの落下を感知すると自動的に起動するので、普段から身につけていると面倒なことになる。

 妖刀キシモジンで高速移動してたときも、勝手に発動するんじゃないかとヒヤヒヤしていた。



 そして今回、私は暗殺者と一緒に父の寝室にテレポートしてしまったという訳だ。

 あの後は大変だった。寝室の花瓶とか割っちゃったし。

 もちろん父にも魔女バレした。



 幸い私が転生者であることまでは話さずに済んだが、父は「イザナが魔女か……ああ、そう考えると確かにな……」などと、やけに嬉しそうに思い出に浸っていた。

 その後は郷士たちを護衛につけてもらい、何日もかけてテオドール郡まで帰ってきたという訳だ。



 私は溜息をつき、イスの背もたれに体を預ける。

「で、その暗殺者も連れてきたわ。脚だけじゃなく、全身ボロボロでほとんど動けないみたい。一応拘束してるけど」



 さっさと処刑して『死体占い』で情報だけ吸い出すことも考えたが、それはいつでもできる。

『死体占い』で得られる情報は断片的なので、どうせならきちんと尋問してから使いたい。あの子は戦いの最中もおしゃべりだったから、自白を引き出せそうな気がする。



 するとリンは真剣な表情で立ち上がる。

「会ってみたい」

「よしなさいって」

 でも止めても会うんだろうなと思い、私は妖刀キシモジンを腰に差して立ち上がった。


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