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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第32話「ノイエ消ゆ」

32


「うおあああぁっ!」

 若い女の雄叫びだったが、その声の動きで速度がわかった。これは速い。

 どういう訳か魔除けの魔女の香……正式には『安母香』というが、それがあまり効いていないようだ。

「キシモジン!」

 とっさに叫び、加速状態で避ける。加速していたのに余裕はなく、強い風圧を頬に感じた。



 振り返ると、そこには細身の女性が一人立っている。さっきの射手たちと同じ、黒っぽい衣服を着ていた。どことなく忍者っぽい。

 武器は短刀のみ。

 今回襲ってきた敵の中では一番の軽装だ。



 しかし私は彼女のスピードに恐怖を感じていた。人間の限界を超えた速さだ。

 妖刀キシモジンの加速状態でないと回避できない攻撃なんて、それこそ銃弾ぐらいだと思う。矢でさえのろのろとしか飛んでこないのだ。



「しゃっ!」

 短い叫びと共に、女性が地面を蹴った。一直線にこちらに向かってくる。

 だが『殺意の赤』が、不規則で不気味な軌跡を描いていた。



「キシモジン!」

 加速状態で赤い軌跡を避けると、ほとんど同時にそこを短刀が薙いでいく。やはり速すぎる。

 人間、いや普通の生物ではありえない動きだ。

 こいつは間違いなく、何かの魔法を使っている。



 相手の手の内を探る為、私は叫んだ。

「少しは楽しませてくれるわね、あなたの飼い主も気が利くわ!」

「はあっ!」

 ダメだ、まるで会話にならない。



 懐に隠した『イプティオムの霊酒』で酔わせてやろうかと思ったが、加速状態でうまく瓶を開ける自信がなかった。中身がこぼれそうだ。

 次回までに練習しておこうと思いつつ、相手の姿をよく観察する。とにかく敵の情報を得ないと戦えない。



 細身だがムキムキの筋肉美女だ。鋼のような腕をしている。

 だがなぜか、全身に赤い痣のようなものが浮かんでいた。

「んー……」

 あれは美容に悪いなと思いつつも、とにかく加速して必死に避ける。落ち着いて考える余裕が欲しい。



 あ、そうか。あれは内出血だ。内側の筋肉が膨張し、外側の皮膚組織が引っ張られて裂けている。

 ということは、あの筋肉は魔法で一時的に増強したものだ。

 なるほど、敵は自己強化の魔法を使う戦士か。



 だとすると、この超人じみた動きも理解できる。そして同時に、彼女の弱点も見えた。

 いけるかもしれない。

 私は妖刀キシモジンを振るい、反撃を試みる。



「ふっ!」

 常人には視認することさえ不可能な一太刀のはずだが、相手は難なく避けた。短刀で受け止めようとはしていない。私が甲冑を切断するところを見れば、普通はそうする。

 ただ彼女が回避行動を取ったことが、ひとつの判断材料になった。



 おそらく彼女の皮膚は魔法で強化されていない。だから内側から裂けて内出血しているのだ。

 だとすれば、一太刀当てれば勝てる。

 問題はこちらも一発くらえば確実に死ぬことだ。妖刀キシモジンと魔女の秘術『殺意の赤』で敵の攻撃は完璧に回避できているが、もし当たったときの備えはない。



 一撃必殺の状態で、私と女戦士は激しい攻防を繰り返す。

 勝機があるとすれば、たぶんこれしかない。私は妖刀キシモジンで執拗に彼女の脚を狙う。だが全く当たらない。

「くくっ」

 軽やかなフットワークで避けつつ、女戦士がニヤリと笑った。



 余裕の表情だ。まだまだ勝利は遠い。私はなおも攻撃を繰り出す。脚がダメなら、今度は動きの少ない胴体だ。肩口や脇腹を狙う。

 しかしやはり、全く当たらない。女戦士のフットワークは恐ろしく鋭く、急停止も急加速もお手の物だ。強化された筋力だけであれを成し遂げているとしたら大したものだ。



 そして敵の反撃。だが短刀という武器の性質上、間合いが狭い。深く踏み込んでくる。

 私は大きく後退し、それを避ける。退きながら一太刀浴びせるが、彼女は機敏に飛び下がり、瞬時にまた踏み込んできた。



 戦士としての技量の差、そして身体能力の差。私はじりじりと追いつめられていく。

 この強さ、どうやら彼女が暗殺部隊の主力だったようだ。

 とうとう彼女は興奮を隠しきれなくなったようで、嬉しげに叫ぶ。



「どうしたオカマ!? 太刀筋も単調なら動きも単調、見え見えだぞ!」

「あらそう?」

 私は諸手突きを放つが、これもヒラリと避けられる。

「はははっ! どうしたどうした! 動きが遅くなってきたぞ!」

 妖刀キシモジンが吸い取った魔力が、長時間の加速で徐々に失われてきているようだ。



 私は苦笑するしかない。

「あなたこそ、私を仕留めるのに手こずってるわね。さっさとケリをつけた方がいいわよ?」

「その手には乗らないさ。このまま戦い続ければ私が勝つのだから」

 最初は無言で襲いかかってきたくせに、ずいぶんとおしゃべりになったものだ。



 彼女は機敏な動きで縦横に飛び回りながら、私に迫ってくる。

「さあ、このままじわじっ……」

 急に言葉が途切れた。

「くうっ!?」



 女戦士の動きがみるみるうちに鈍くなる。尻餅をつき、右膝をかばうようにして慌てて立ち上がった。

「なっ、なんだっ!?」



 太股の筋肉は非常に強いが、膝の関節は前後にしか動かない。体重を支えているし、無理にひねると強い負荷がかかる。

 ましてや彼女は魔法で筋肉を強化し、魔法で加速している私に無理矢理追いついていたのだ。こんな戦い方は初めての経験だろう。



 さらに私は彼女に無茶なフットワークを何度も強いた。単調に見えたのは、彼女に同じ動きを取らせる為だ。

 そして度重なる負荷の果てに、とうとう関節が破壊された。関節は彼女の皮膚同様、何の強化もされていなかったからだ。



 もちろん教えてやる義理はないし、そんな余裕もない。

 代わりに彼女に斬りかかる。

 暗殺者はどんな切り札を隠し持っているかわからない。息の根を止めるまでは全力で攻撃を続ける。



「くそっ!」

 尻餅をついたまま、女戦士は懐から超小型のクロスボウのようなものを構えた。小型の矢、というよりは超大型の針が飛んでくる。

 もちろん、彼女の「殺意」は丸見えだ。私は首の動きひとつでかわす。

 そのまま踏み込む。悪いが死んでもらう。



 だが彼女は信じられないような動きで斬撃を回避した。その代償か、彼女の左脚あたりから「ゴキン」という鈍い音が響く。

 完全に勝負がついているはずなのに、女戦士は必死の形相で私の足首にしがみついた。



「わああぁっ!」

 格闘術とは無縁の、獣のような動き。だがそれだけに動きが読めず、戦いづらい。

 おまけに『殺意の赤』に攻撃を示す赤い軌跡がないので、どう対処すればいいかわからなかった。彼女は今、自分が何をしているかわかっていないようだ。



 どこを見ているかわからない感じで、女戦士は叫ぶ。

「私は役立たずなんかじゃない! 私は役に立つ! 私は役に立つ!」

「なんなのよ、この子……」

 背中を突いて終わりにしようと思ったとき、私はハッと気づく。



 違う。この子は明確な殺意を持っている。

 ただ、それが直線的な動きを持っていないだけだ。

「うおおああぁあおあぁっ!」

 私の足首をつかんだまま、女戦士は体をひねる。その先は崖だ。



「ちょっ……」

 無理に抵抗すれば足首を砕かれる。私は「切り札」を使う覚悟を決め、女戦士と共に崖下へ転がり落ちていった。


   *   *   *


「リン王女殿下の側近はまだなのか?」

 ディアージュ城守備隊の兵士が、ぶつくさ呟きながら山道を降りていく。

 別の兵士が溜息をついた。

「栄達の好機だって隊長が張り切って歓迎の飯まで用意させたのに、何やってんだろうな」



 するとまた別の兵士が、ふと立ち止まる。

「何かあったようだ。見ろ」

 彼らは滝の近くの山道に軍馬と騎兵の遺骸を見つける。近くには血まみれの軍旗が折れて転がっていた。



「うちの軍旗……の偽物だな、こりゃ」

 彼らは顔を見合わせる。軍旗の偽物まで作っている連中となると、ただごとではない。

「かなりヤバい連中の襲撃があったようだ。すぐに城に戻って隊長に報告しよう」

「わかった。俺たちはここに残って生存者を探す」



 生存者の捜索を始めた兵士たちは、すぐにそれが無駄だとわかった。

「全員、信じられないような太刀筋でぶった斬られてるな」

「何を使えば重騎兵が甲冑ごと真っ二つになるんだよ。魚じゃねえんだぞ」



 そのうち、一人の兵士が崖の下を覗き込んだ。

「ここから何か引きずって落ちた跡がある。血もついてるな」

「誰か落ちたか」

「敵か味方かわからんが、さすがに助からんだろう」



 この崖は建物五階分ほどの高さがあり、おまけに下は巨岩だらけの河原だ。

 すでに夕闇が迫っていることもあり、河原の辺りには何も見えない。



「いったいここで何があったんだ?」

 彼らは顔を見合わせるが、答えを知る者はいない。

 轟々という恐ろしげな瀑布の音だけが、薄暗くなった山道にいつまでも響き渡っていた。


※第33話「魔女の帰還」は12月27日(木)更新です。

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[一言] るろ剣のアレを思い出しました(笑)
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