第30話「血脈」
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私は異母兄妹のリュナンとユイを自室に集め、カルファード家の家族会議を開いていた。
家族会議といっても、議題はアットホームなものではない。
「あなたたちが最近のリン王女殿下をどう見ているか、ちょっと教えてくれる?」
私の問いにリュナンとユイが顔を見合わせる。
先に口を開いたのは兄のリュナンだった。
「覇気があって物怖じしない、強い方だと思います。ただ、政治や軍事の知識はまだ浅いようにお見受けします」
「そうでしょうね。神殿暮らしじゃその辺は学べないもの」
すると今度はユイが発言する。
「でも使用人や領民たちからの評判は良いみたいですよ。傭兵たちとも仲良しですし」
「それも合ってると思うわ。殿下は親しみやすい人柄よ。たぶんそれも神殿暮らしの結果でしょうね」
辺境の神殿で畑仕事に精を出し、母と助け合って生きてきた王女殿下。洗練されてはいないが、それだけに庶民に距離を感じさせない魅力がある。
私は弟たちに言う。
「王に求められる力は将軍や官僚とは別のものよ。一番必要なものは人間的な魅力と信頼感。王は全ての臣民をひとつに束ねる存在だから、全ての臣民が従う気になれる存在でなければいけないの。……ま、それは無理だけど」
どんなに立派な王でも、それに反発する者は必ず出る。
ただ大多数の者から不信を抱かれ、嫌われるような王では、先々が危うい。
「王都の近くに拠点を構えてわかってきたけど、テザリアという国は長く続きすぎてあちこちに歪みができているわ。この国の成り立ちは知ってるわね?」
するとリュナンはハキハキと答える。
「はい、北のノルデンティス王国と、南のサーベニア王国。二つの強大な王国に挟まれた内陸の小国が結集したのがテザリア連邦王国です」
「そう、そして今は内陸の覇者。当時は強国だったノルデンティスもサーベニアも衰退し、単独でテザリアを脅かすほどの力はもうないと言われているわ」
だが長く続いた泰平の世が、テザリアという国を歪ませた。
「改革や刷新の必要がないから、昔のまんまで長いことやってきたツケが回ってきたのね。みんなもうテザリア王室に飽き飽きしてるわ。だからツバイネル公も旧ツバイネル王国の貴族たちを集めて悪巧みをしてるのね」
「まさか独立する気でしょうか?」
リュナンが不安そうにつぶやくが、私は首を横に振る。
「独立したら南テザリアとノルデンティスの両方が敵に回るわ。特にノルデンティスは好機と見て侵攻するでしょうね。国力差が大きいから、そのまま北テザリアを占領して終わりよ」
単独でやっていけるほどツバイネル公たちの勢力も大きくはない。
「ま、そんな御時世だからこそ、『庶民派の清新なお姫様』ってのは期待されると思うわ。私たちカルファード家は、その期待のお姫様が最も頼りとする一族。どう、悪くないでしょ?」
「ノイエお兄様は本当に頭脳明晰ですね」
ユイが目を輝かせたので、私は苦笑して手を振る。
「賞賛の言葉は、カルファード家当主が『六つ名』になるときまで取っておいてね。今はまだ未完成の絵図面よ」
するとリュナンが真面目な顔で言う。
「その絵図面の為にも、兄上には健在でいてもらわないといけません。僕たちでは荷が重すぎます」
言われてみれば、確かにそうだ。リュナンは十七歳にしては恐ろしくしっかりしているが、社会での経験が浅い。ユイに至ってはまだ十四歳だ。
そしてリン王女も十四歳。
私から見れば全員、ほんの子供だった。
大人として責任は重い。
「ま、さすがに『三つ名』の代官風情まで暗殺対象にしたりはしないでしょうけど……」
とはいえ、リュナンの危惧には確かに一理あった。私を暗殺すればリン王女の勢力は瓦解する。
カルファード家当主ディグリフはなかなかの策謀家だが、辺境のアルツ郡から動けない。
「……リュナン」
「はい」
「あなたの言葉、肝に銘じておくわ。ありがとう」
私が弟の手を握って微笑むと、彼は耳まで真っ赤になってうつむいた。
この子たちの為にも、私は死ねない。細心の注意を払おう。
自室に戻った私は、予定表を確認する。
「……たぶん『ディアージュ城の視察』ね」
テオドール郡の代官であり、リン王女の腹心である私のスケジュールは多忙だ。そしてかなりの部分が他人に知られている。
私は数日後に、近隣の山城ディアージュ城の視察に赴くことになっていた。
ここは建国当初は王都守備の要だったが、今では形骸化している。少数の守備隊が管理するだけの城なので、国王から正式に受領する前に視察しておく予定だ。どうせあちこち修繕が必要になっているはずだ。
今の私はテオドール郡の城館でベテラン重騎兵たちに守られている。警備は厳重で暗殺しづらい。
だが視察の為に山道に入れば、待ち伏せし放題だ。城への侵攻を阻む為、城に続く山道には待ち伏せポイントが大量にある。
「一応、用心しておいた方がいいわね」
私はアルツ郡から持ってきた秘密の小箱を開けると、最強最大の切り札を取り出した。
「これだけは使いたくないんだけど……」
便利ではあるし、魔女の秘術でも最高クラスのアイテムであることは容易に想像できるのだが、今これを使うと非常に面倒なことになる。テオドール郡に拠点を構えている現在、これは使いたくない。
だが他に選択肢がないのなら使うしかないだろう。
そうならないことを祈りつつ、それを身につける。
あ、そうだ。小箱の中身を見て、私は大事なことを思い出した。
染料の入った小瓶を二つ取り出す。これは『魔女のインク』という。別名は『貞淑の秘薬』。
忙しくて後回しになっていたが、あの懸案を片づけておこう。
私は小瓶を開け、毛髪を二本取り出す。
片方は黒い髪。国王のだ。こないだ『イプティオムの霊酒』で酔わせたときについでにむしった。
もう片方は金髪。第二王子ネルヴィスのものだ。こちらは王子に迫られたとき、私の襟にくっついていたものだ。ありがたく頂戴した。
それぞれの毛髪にインクを一滴つけ、紙の上に垂らす。
するとひとりでに複雑な紋様が紙の上に広がっていく。紋様は毛髪の持ち主の血脈を象徴し、その人物の祖先たちを示す。
これは要するに魔法的な遺伝子鑑定だ。
ネルヴィス王子は金髪の持ち主だが、父王グレトーは黒髪だ。
私の前世では金髪は劣性、別の言い方では潜性の遺伝形質とされる。だから黒髪の遺伝子と交配すると金髪の形質は発現しない。黒髪であるグレトーの息子が金髪なのは奇妙だ。
もちろん隔世遺伝や突然変異という可能性もあるが、テザリア王室の家系は代々黒髪だ。隔世遺伝の可能性は低い。
さて、鑑定の結果はどうなるか。
「魔女に髪の毛一本盗まれただけで、大変なことになるのよ……」
ちょっと後ろめたいことをしているので、私は強がってつぶやく。
やがて紋様がくっきりと浮かび上がった。
父グレトーの紋様と、王子ネルヴィスの紋様。両者の一致率で血縁関係がわかる。
微妙な一致率だと未熟な私には判別できないが、今回は一目瞭然だった。
「赤の他人じゃない……」
グレトーの紋様は正方形を重ねたような幾何学模様なのに対して、ネルヴィスの紋様はうねるような流麗な曲線だ。
両者に一致する特徴はない。完全な他人だった。
国王グレトーと王妃ベルニナの不仲は都では有名で、王妃は北テザリア出身の愛人がいるという噂だった。どうやらネルヴィス王子は、その愛人との間にできた子らしい。
リン王女は庶子で苦労してきたが、ネルヴィス王子は庶子ですらない。
テザリアは畜産の盛んな国だから、遺伝や血統についてはかなりの知識が蓄積されているだろう。多くの人間が「ネルヴィス王子は国王の実子ではないのでは?」と気づいているはずだ。
もしこの疑惑を証明できれば、国王は王妃の不貞を理由に婚姻の無効を訴えることができる。国王自身は浮気して隠し子まで作っている癖に何をという気もするが、そんな勝手が通るのがテザリアの社会だった。
婚姻無効が成立した後はもちろん、王太子の廃嫡だ。リン王女の母親、故人であるファリナが正式な王妃とされ、リン王女が嫡子となる。
だがそれは同時に、ツバイネル公との全面戦争を意味していた。リン王女の軍事力が整っていない今はまずい。
この秘術はろくでもないからあまり使うなと母が言っていたが、本当にそうだった。知らなくてもいいことを知りすぎてしまう。
だがおかげで、当初の予想よりもかなり近い時期に波乱が起きることがわかった。
「急がないとまずいわね……」
早く城を手に入れ、軍備を整えよう。
ディアージュ城は何としても確保しなくては。
※第31話「瀑布の斬劇」は12月20日(木)朝8時更新です。




