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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第29話「ノイエ暗殺計画」

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   *   *   *


【第二王子ネルヴィス視点】


 ネルヴィスの母方の祖父、ゼラーン・イオフォ・ヨカシュペテ・クアケル・ラカル・ツバイネル公は、暖炉の前で穏やかに微笑んでいた。

「そうか、陛下はリン殿下に贈り物をな……」

「失われた時間を取り戻したいとお思いなのでしょう」



 物で釣るような方法はどうかと思うが、父の気持ちもわかる。昔から父はそういう方法でしか子供たちを愛せなかった。

 祖父は小さくうなずく。

「親子が心を通わせることは、決して悪いことではない。好きにさせておきなさい」

「はい、お祖父様」



 世間では王室が国王派と王太子派に分裂しているように囁かれているが、王太子派の首魁とされる祖父・ツバイネル公は温厚で争いを好まない人物だ。皆がそう言っているし、ネルヴィスもそう信じている。

 確かに祖父と父の仲はあまり良くないが、世間で言われているほど血生臭い争いは起きないだろうと、ネルヴィスは思っていた。



 祖父は老眼鏡をかけ、国王からリン王女に贈られた品の目録を見る。

「ほう、サーベニア産の軍馬に名剣キシオッジか。おやおや、城まで……ああ、ディアージュ城か」

「はい、あの古い山城です」



 王都の守りを固める為に作られた城だが、平和な今ではただのお飾りだ。純粋に軍事用途の城なので、何の利益も生み出さない。

 祖父はおかしそうに笑う。

「城のひとつも持たせてやりたいという親心なのだろうな」

「そうですね」



 世間で言われているように祖父が国王やリン王女を敵と見なしているのなら、リン王女に城が与えられたことを不快に思うはずだとネルヴィスは考える。

 だが祖父は笑っているだけだ。やはり祖父に謀反の意図などないのだろう。



 祖父は山城に興味がないのか、すぐに話題を切り替える。

「ところでリン王女はどんな人物だったかな?」

「ええ、素直で心優しい少女に思えました。良い子ですよ」

「何か傑出したものは感じたかね?」

「いえ……。ただ、初対面なのに妙に話しやすかったです」

 彼女の裏表のない性格のせいだろうか、あのときはついつい話し込んでしまった。不思議な子だ。



 祖父はうなずき、また話題を変える。

「側近のノイエという者にも会ったそうだね。どうだった?」

「見た目や言葉遣いは変わっていますが、なかなか優秀でした。テオドール郡の領地経営は、全て彼の手腕によるものだそうです」



 あれはかなりの商売上手だ。

「リンにもあのような心強い腹心がいて良かったです。お祖父様は困るかもしれませんが」

「王室に与する者は全て私の味方だよ。何も困りはしない」



 祖父が北テザリアに強大な影響力を持っている最大の理由が、その人望だ。温厚で誠実、そして度量が大きい。

 だから皆が祖父に従うのだと、ネルヴィスはいつも感心している。単に権勢だけで人の上に立っている訳ではない。



「お祖父様の仰る通りです。父上も早くツバイネル家への疑心を捨ててくだされば、一族皆で団結できるのですが……」

「仕方あるまい。力を持てば警戒される。丸腰の者と帯剣した者とでは、周囲の見る目が違う。それと同じだ」

 祖父が穏やかにそう言ったとき、ドアをノックする音が聞こえた。



「入りなさい」

 入室してきたのはツバイネル家に仕える薬師だった。確か名前はエリザだったと思う。

 高齢の祖父は体が悪く、エリザに命じて各地の珍しい薬草を取り寄せているのだ。もちろん、そのついでに情報も集めさせているのだろうなと、ネルヴィスは思う。



 エリザはネルヴィスの顔を見ると退室しようとしたが、ネルヴィスはそれを制止する。

「構わないよ、僕はもう帰るところだから」

 エリザは祖父の顔をチラリと見て、それからネルヴィスに無言で一礼する。



 祖父は穏やかな笑みを浮かべていた。

「ほうぼう探させていた『痛み止め』が、ようやく見つかったようだ」

「それは何よりです。すぐにお試しください。僕はこれで」

「ああ、気をつけてな。ベルカールに会ったら、たまには遊びに来るよう伝えてくれ」

「兄は……」



 ネルヴィスは兄のベルカール王太子が苦手だった。別に嫌いだとか冷遇されているとかではないが、なぜか心が通じあっていない気がする。

「……はい。しばらくは会う予定がありませんが、会ったら伝えておきます」

「ああ」

 祖父は最後まで穏やかだった。


   *   *   *


【暗殺者エリザ視点】


「御前、よろしかったのですか?」

 エリザはドアを振り返るが、ツバイネル公ゼラーンは淡々と応じる。

「構わん。報告を」

「は、はい」



 エリザは報告書を差し出す。

 識字率が高くないテザリアだが、密偵は読み書きができなければ話にならない。読み書きがきちんとできる密偵は、それだけで価値がある。エリザは少し誇らしかった。



 ツバイネル公は報告書をサッと読み、それを暖炉に投げ込む。機密保持の為だろう。いつものことだ。

「お前の所見を聞こう」

「はい」

 最近は自分の意見を求められるようになってきた。これも誇らしいことだとエリザは思う。



「リン王女殿下には現在、カルファード家からの強力な支援があります。当主の三人の子供が全員、リン殿下の側にいます。しかし本命は長子のノイエただ一人です」

「そうだな」

 ここまではわかりきった話だ。エリザは緊張しつつ、本題に入る。



「リン王女は経験が浅く、まだ政治や交渉がうまくできません。カルファード家のリュナン、ユイも同様です。ノイエを始末すれば、リン王女一派は瓦解します」

「であれば、お前の役目はわかっているな?」

「はい」



 本当は国王暗殺に加わりたかったのだが、主君の命には従わねばならない。無事にノイエ暗殺を達成して生き延びれば、国王暗殺という大役を任せられる可能性もある。そう自分に言い聞かせる。

 エリザは顔を上げ、暗殺計画について口頭で打診する。



「リン王女は国王からディアージュ城を譲り受けました。城主として一度は足を運ぶはずですが、その前に誰かが下見に行くはずです。おそらくノイエでしょう」

 ツバイネル公は無言だ。エリザは続ける。



「ディアージュ城は山城です。途中の山道で待ち伏せします。ディアージュ城守備隊の軍旗を持たせた騎兵隊で油断させ、護衛もろともノイエを暗殺します。念の為、襲撃地点には弓兵を潜ませて包囲します」

 面白味のない、だが確実な暗殺方法だ。



 するとツバイネル公は小さく溜息をついた。

「何か忘れてはおらんか?」

「え?……いえ、これ以上何かすると痕跡を残しますし、事前に露見する可能性がありますので」

「そうではない。もっと上の階梯の話だ」



 ツバイネル公はトントンと机を叩く。

「国王やリン王女、それにカルファード家の動きを考えるのだ。暗殺後、それぞれどう動く? それを考慮せずして暗殺など愚行であろう」

「あっ、し、失礼しました」

 エリザは慌てて背筋を伸ばし、とっさに考える。



「国王は動きません。ノイエはリン王女の家臣であり、自身の家臣ではないからです。リン王女は動くかもしれませんが、ノイエがいなければ彼女には何もできないでしょう」

「よろしい。カルファード家についてはどう読む?」



 エリザはついつい、都合のいい方向に考える。

「嫡子のリュナンを殺害されれば痛手でしょうが、ノイエは庶子ですからさほどではないかと。むしろ警告と受け止め、おとなしく手を引くかもしれません」

「それは少々、都合のいい見方だな」

 ツバイネル公にあっさり看破されてしまった。



 しかし彼はこうも言う。

「だが、そこを落としどころに持って行くのは良い案だ。その為にはリュナンとユイには絶対に手を出すな。跡継ぎを殺しすぎるとカルファード卿が自暴自棄になり、何を始めるかわからん。あの男は南テザリアではそこそこ知られた領主だそうだ」

「ははっ」



 エリザは素早く考えを巡らせる。

「では襲撃の際にノイエだけがディアージュ城に出向くよう、一工夫します。リュナンとユイは館に残るように」

「できるかね?」

「はい」



 暗殺計画の重要な検討要素、政治的な視点を忘れていたのだ。これぐらいは自分で何とかできないと、役立たずだと思われてしまう。エリザはそれが何よりも恐ろしかった。

 ツバイネル公は低い声でそっと告げる。



「ノイエはまだ世間の耳目を集めてはいないが、既に一部では辣腕の美形代官として評判になり始めている」

 標的が目立つ存在になると、暗殺を実行するのも隠蔽するのも困難になる。

 さらにツバイネル公はこう言った。



「まだ極秘だが、ノイエには近日中に新たな名を授けることが検討されているようだ」

「いよいよ『四つ名』ですか……」

「そうだ。死因が何であれ『四つ名』が死去すれば、どうしても政治的な意味合いを帯びる」



 ノイエをひっそりと歴史の闇に葬るなら、機会は今しかない。そういうことだとエリザは理解する。

「この一命に代えましても」

 エリザは深々と頭を下げた。


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