表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/70

第20話「密偵」

20


【密偵エリザ視点】


 私は再び、カルファード領のサノー神殿に足を踏み入れていた。

 神殿の建物は焼け落ち、石柱や石壁は非常に脆くなっている。建物はすっかり焼けているが、庭園や畑、それに裏手の墓地には被害はなさそうだ。



(随分『綺麗に』燃えているな……)

 まるで建物の全焼を待ってから素早く鎮火したかのようだ。

 建物の崩落に用心しつつ、私はフードの奥から焼け跡をじっと見つめた。



(やはりな)

 私は焦げた床や壁を何度も確かめ、スッと目を細める。

(火元は祭具倉庫か。火の気のない場所が一番激しく燃えているということは、おそらく放火だな)

 神殿で火災が起きるのは通常、台所や祭壇だ。日常的に火を扱う場所は火災が起こりやすい。



 もちろん例外もあるので、私はもう少し検証を進める。

 火の燃え広がり方がおかしい。火元が複数ある上に、壁が外側から燃えている。

 やはり放火で間違いない。

 それも偽装工作を知らない、素人の放火だ。プロの暗殺者ならもっとうまくやる。



 私が確信を抱いたところで、背後からおずおずと声がかかる。

「あ、あの……神官様」

 近くの村人たちだ。ここを案内してくれた。

 私は自分の喉にそっと触れ、意識を集中させた。



(低く濁れ、我が声)

 祈りと共に喉が熱くなり、私は低い男の声でしゃべり出す。

「うむ。これだけ燃えてしまっていては、当面使い物にならんだろう」

 南テザリアの訛りを交えた、中年男性の声。清従教神官のフードを目深に被っているので、村人たちに私の顔は見えていないはずだ。



 私はそのまま、中年男性の声でしゃべり続けた。

「サノー神殿に関しては、再建の見通しが立つまでこのままになるだろう。小作人どもも逃げ出してしまったようだしな」

 その言葉に村人たちが微かに動揺している。曖昧な笑みでうなずいていた。



(逃げた小作人は、おそらくこいつらだな)

 神官たちがいなくなったから、領主側に鞍替えしたのだろう。強い庇護者がいなければ農民は生きていけない。

 神殿の件なら、私の主君がうまくやっているはずだ。清従教が困ろうが知ったことではない。



 私はそのまま、中年の男性神官のふりを続ける。

「私が今日ここに来たことは領主殿には報告しても構わん。ただ、今回は内々の調査なのでな。挨拶はまた次の機会にとお伝えしてくれ」

「へ、へい」

 さて、彼らがどう出るか。



 元小作人たちが口封じに襲ってくるようなら、全員殺すしかない。たかだか四人程度の農民、殺すのに大した手間はない。

 だが無駄な殺しは避けたかった。気の毒だし、死体を作ると後片付けが必要になる。



 幸い、元小作人たちはおとなしかった。襲ってくる気配はない。

(教団を裏切った割におとなしいのは、彼らが追い詰められていないからかな?)

 もし領主が元小作人たちをガッチリ庇護しているのだとしたら、彼らの態度も納得がいく。何かあっても領主が守ってくれると信じているから、よけいな争いを起こさないのだろう。



(だとすれば、カルファード家の手腕はなかなかだな……。警戒が必要か)

 報告すべきことがひとつ増えたので、ちょっと嬉しい。

(しかしそうなると、御前の計画には少々不都合かもしれない)



 最終的に決めるのは私の主君だが、主君が私に求めている役割は「目」ではない。「考える目」だ。

 見たままを報告するだけなら誰でもできるが、重要な情報を見逃さず、さらに分析して報告する高度な任務を求められている。



(御前の厚遇に報いる為にも、ここは私が頑張らねば)

 フードを深く被ったまま、私はサノー神殿の廃墟を後にした。



   *   *   *



「サノー神殿に清従教の神官が来たらしいわ」

 私は故郷からの手紙をリン王女に見せた。

 リン王女は史学の教本から顔を上げ、手紙を読む。

「荘園を返せと言ってきたのか?」



「いえ、それが焼け跡だけ確かめて帰ったそうよ。妙だわ」

「そうかな? ただの調査だったんだろう?」

 リン王女がのんきなことを言っているので、私は首を横に振る。



「教団にとって荘園は大事な収入源よ。信者の寄付だけでまかなえるほど、教団の財政は楽じゃないわ」

 貴族からの大口の寄進もあるし、蓄えた金や土地を貸し付けて利益を得たりもしているが、農地からの収益は教団の財政にとって重要な柱だ。

「もともと自分たちのものだったのに、あっさり手放したりはしないわよ。土地は富、富は力だから」



 今の我々には、不自然に見えるものは全て警戒する必要がある。知らないところで何かの陰謀が動いているかもしれないからだ。

「だから本物の神官たちは、もっとがめついわよ。土地を返せと言って、ベナン村の農地まで持っていきかねないわ」

「神に仕える身とは思えないな……」



「しょうがないわ。貧しい信者の救済にも、布教活動にも、財力はどうしても必要よ。貧乏で頼りない教団じゃ、信じる教義も実践できないもの」

 清従教団が腐敗しているのは事実だが、やむを得ない部分もあった。



 この世界には本物の魔法が存在するが、神官たちは魔法を使えない。私の前世と同じだ。

 神の力の及ばない世界で神の威光を知らしめるのは楽ではない。世俗に介入する力が必要だ。どうしても金と権力が必要になる。場合によっては武力も。



 私は腕組みして考える。

「その神官、最初はこそこそしてたらしいし、領主である父上にも挨拶していかなかったそうよ。どうも偽者っぽいわね」

 偽者だとすれば、正体は何者なのか。さすがにそこまではわからない。

 可能性として最も高いのはツバイネル公の手先だが、断定はできなかった。



 ただ、神官に偽装した何者かがサノー神殿の焼け跡を調べていたのは事実だ。それだけで十分に警戒する必要がある。

「ツバイネル公の配下だとしたら、あなたはツバイネル公に相当警戒されてることになるわ。用心なさいな」

「用心って、具体的にはどうすればいいんだ?」



 いい質問だ。どうしようもない。

「身辺警護は鉄騎団にやらせてるけど、着替えや清拭はユイと二人きりでしょ? そのとき暗殺者に襲われたら危ないわ。配下に女性の兵士がいないから仕方ないけど、なるべく手早くね」

「わかった。何ならノイエ殿が同席してくれてもいいぞ」



 真顔でリンがそんなことを言うので、私は呆れる。

「私、これでも男よ?」

「ノイエ殿なら信用できる」

「う、うーん……」

 そんなにきっぱりと断言されても困る。信頼されるのは嬉しいが、人として節度は守りたい。



 それにリンが暗殺される可能性は以前より低くなっている。

 以前は王族とはいえ、「二つ名」の補欠扱いだった。いや、補欠ですらない。テザリア姓を認められているだけの完全な部外者だった。

 社会的な影響力はゼロに等しいし、あのときなら殺されても誰も気にしなかっただろう。



 しかし今の彼女は、テザリア貴族でも最高クラスの「六つ名」。王女に相応しい格式を身につけている。徐々にその名も知られるようになった……はずだ。

 形だけなのは相変わらずだが、彼女を暗殺すれば大事件になってしまう。世間の注目度が違うのだ。



 リン王女が笑いながら上着を脱いでいる。

「ノイエ殿は男性なのに、妙な安心感があるな」

「言葉遣いと長い髪のせいでしょ……」

「いや。ノイエ殿には私を安心させる人徳があるんだと思う。ノイエ殿は他の人とは何かが違う。だから好きだ」



 真顔で彼女にそう言われると、なんだか照れくさくなってしまう。

 私はそそくさと彼女の靴下やシャツを拾った。

「嬉しいこと言ってくれるけど、あんまり心を許しちゃダメよ? 私は私、あなたはあなたなんだから」

「そういうところが信用できるんだ」

「そ、そう?」

 だから真顔で言わないでってば。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ