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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第16話「王都バルザール」

16


   *   *   *


【密偵エリザ視点】


「そうか、神官は全員『行方不明』か」

 老人は書物から目を離し、窓の外を見る。それからまた視線を書物に戻すと、こう言った。

「エリザ。調査は進めているのだろうな?」



 すると背後に控える黒装束の女性が、恭しく頭を下げる。

「はい。聞き込みで得られたのは、サノー神殿に火災が起きたこと、神官たちが全員行方不明になっていることのみです」

 老人は無言だ。

 エリザはサノー神殿襲撃に関与していない。だから誰がやったのかはわからない。普通に考えれば目の前の老人である可能性が最も高いのだが、エリザは余計な質問はせずに報告を続ける。



「ただし気になる点があり、サノー神殿が所有する農地が不明になっております。荘園の小作人たちがおりませんし、どこの畑も隣村の農地になっておりました」

 老人がまだ無言なので、エリザは仕方なくまた続ける。

「あくまでも憶測ですが、どさくさに紛れて隣村に接収されたかと」



 だがすぐにエリザはこう締めくくる。

「無意味な報告をして申し訳ございません」

「いや」

 老人は書物を熱心に読みながら、即座に否定した。



「目の付け所は悪くない。その報告は重要だ」

 エリザは首を傾げる。

 神殿の荘園と接する領主たちは、だいたい仲が悪い。何かあれば農地を奪い取るぐらいは平気でやる。神殿側も勝手に農地を奪うことがあり、この手のいざこざはテザリアの日常だった。



 すると老人が老眼鏡を外し、眉間を揉みほぐしながら小さく溜息をついた。

「わずかな面積とはいえ、農地は力の源泉だ。事件で力を得た者がいれば、それについては調べる必要がある」

「ははっ」

 エリザは立ち上がると一礼する。どうやら新しい任務ができたようだ。



 かなり躊躇った後で、エリザは老人に質問した。

「御前、よろしいでしょうか?」

「それは私が答えそうな問いかね?」

「いえ……」

 エリザが首を横に振ると、老人はフッと微笑んだ。



「私はお前のそういう聡明なところが気に入っているのだよ。今は私の目に徹しなさい。その問いの答えは、任務の中でいずれわかる」

「承知いたしました」

 エリザはもう一度、頭を下げた。いずれわかることなら今はいい。



 だから「国王を殺すのはいつなのか」という質問をするのはやめることにした。



   *   *   *



「ようやく王都に着いたわね」

 私は溜息をついて、肩を揉みほぐした。今世では肩凝りなど感じたことがないが、前世の名残でついやってしまう。



 テザリア連邦王国の首都であるバルザールは、人口十万人とも称される国内最大の都市だ。

 最大といっても十万足らずなので、この国の人口密度がどんなものかはだいたいわかる。前世の東京を思えば、都の大通りものどかなものだ。

 しかし田舎から出てきたリュナンやユイ、それにリン王女にはだいぶ刺激が強いらしい。三人ともキョロキョロしている。



「本当にようやく着いたな」

 巨大な市場の賑わいに目を奪われつつ、リン王女が肩をすくめる。

「道中の領主全員に挨拶なんかしていくからだ。おかげで一日に半コーグしか進めなかった日もあったし」

「王族に領内を素通りされたら、そこの領主の評判が悪くなるでしょ……。地方領主の立場で考えてよ」



 街道筋は比較的大きな領主が多いとはいえ、カルファード領のような小領も多い。挨拶の度に一泊することになるから、ずいぶん日数を無駄にしてしまった。

 しかし同行者たちは気楽な顔だ。リュナンが笑顔で言う。

「兄上、僕は故郷を出たのが初めてなので楽しかったですよ!」



「そりゃ良かったな、リュナン殿。王女様のお供だと待遇がいい。あんたは幸運だ」

 傭兵隊長のベルゲンがニヤニヤ笑った。

「毎日まともな肉が食えたからありがたいが、少し胃もたれするな」

「いつも通り豆でも食ってなさいよ……」



 さすがに王女様の御一行ともなれば、待遇は最上級だ。みんな腹の底で何を考えているかはわからないが、とにかくもてなしは最高だった。

 といっても畜産や農業が未発達なこの世界では、塩と香辛料で焼いた肉が最高の料理になる。もちろん好きだが、そればっかりだと正直飽きる。

 刺身が食べたい……。



 リン王女はカルファード家の馬車に乗ったまま、窓から身を乗り出して私に笑いかけてきた。

「ノイエ殿は美食にも心を動かされず、節度を保っていたな! 私なんかガツガツ食べてしまったが」

 彼女にしてみれば不思議なのだろう。



 確かに貧乏貴族の庶子である私は、もちろん贅沢とは無縁だ。

 それに前世と違って調理に手間がかかりすぎるので、あまり複雑なものは作れない。

 しかし川魚のワイン蒸しやチーズオムレツ、キノコと鹿肉のシチューなど、現代人好みの料理を作ることはできた。まあ……毎日は無理だが。



 説明が面倒だったので、私は苦笑してみせる。

「育ち盛りのあんたみたいに食べていたら太っちゃうわ」

「太るのはダメなのか?」

 肥満が健康に悪いということを、この世界の人々はまだ知らない。肥満そのものが珍しいので、経験が蓄積されていないのだ。



 教えないのも薄情だと思ったので、私は軽く説明しておく。

「極端に太ると血の道や臓腑が壊れるのよ。でも殿下はまだまだ大丈夫だから、どんどんお食べなさいな。もう少し肉をつけた方がいいわ」

「そうか、良かった……」

 ほっと胸を撫で下ろしたリン王女は、ふと首を傾げる。



「しかしノイエ殿は博識だな? 医術にも詳しいようだし、他にもいろいろ知っている」

「そうねえ……」

「どこでそんな教育を?」

 私は微笑む。



「さあ、どこかしらね」

「むう。ノイエ殿は優しいけど、肝心なところは教えてくれないな……」

 我が王女殿下は、ちょっと拗ねている様子だ。



 転生者だと言っても信じてもらえないだろうし、説明が長くなる。そのうち話すとしよう。

 それよりも今は、国王との謁見だ。



 王宮に通されたリン王女一行のうち、国王と直接会うことを許されたのはリン王女だけだった。

 しかし彼女がごねてごねてごねまくったので、私だけ同伴を許される。リュナンとユイはダメだった。

「『三つ名』にしてもらってて良かったわ。殿下の慧眼ね」

「名前の数って、こんなところでも差がつくんだな」



 王宮に入れるのは「四つ名」以上の貴族だけだ。一行の中ではリン王女だけになる。

 ただし従者や使者としてなら「二つ名」でも王宮に入ることができ、さらに「三つ名」なら謁見や会議に同席することも許されるのだという。



「田舎暮らしだったから、そんな決まりがあったなんて私も知らなかったわ。でも殿下の言う通り、名前の数で待遇が大きく変わるのは事実よ」

 敬語が複雑なのもそのせいで、相手との身分差によって使うべき単語が違う。下手に間違えると「貴様、五つ名の私を四つ名扱いしたな! 決闘だ!」なんてことが起きるので、自信がないなら黙っていた方がいい。



「私は育ちが悪くて敬語がうまく使えないし、あんたの直臣という体裁でくっついてるだけだから黙ってるわ」

「それは心細いな……」

 広い廊下を歩きながら、ちょっと不安そうに私を振り返るリン王女。



 私は言葉に出さず、これからの展開を考える。

 国王は隠し子であるリン王女を「四つ名」に昇格させ、王族の正式なメンバーに加えようとしている。この子が邪魔者として暗殺されかけたことを考えれば、国王はリン王女を王位継承者に指名したいはずだ。



 だとすれば、まずはリン王女を政治の世界に引っ張り上げる必要がある。実績も知名度もない彼女を、どうプロデュースしていくのか。

「お手並み拝見ね」

「だからそうやって背後から重圧をかけないでくれ……」

「殿下の話じゃないから、殿下は自分の思うままに振る舞いなさいな」



 現国王にはあんまり有能なイメージがないから、どうにも心配だ。

 何かあれば、私がこの子を守らないと。

 一人の大人として。



 そしてやはりというか、私の予想は悪い方向に的中していた。

「殺風景ねえ」

 謁見の間に通された私は、小さく溜息をつく。

 国王はこの後来るからいいとして、謁見の間を埋め尽くすはずの貴族や廷臣たちが一人もいない。



「普通ならここで、感動の対面を演出するんじゃないの?」

 いろいろ考えてきて損した。

「さっきからノイエ殿は何を言ってるんだ?」

 緊張してカチコチになっているリン王女の肩を、私は苦笑しながら揉みほぐす。



「殿下の政界デビューを盛り上げようって雰囲気じゃないから、ちょっとね」

 私は現国王の手腕に期待するのをやめた。

 これはどうやら本格的に、リン王女を国王にした方が良さそうだ。



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