第13話「名誉回復」
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とりあえず事件の全貌が大雑把に見えてきたので、私は兵力の増強を急ぐことにした。
王太子の母方の祖父であるツバイネル公が、おそらく今回の黒幕だ。
ツバイネル公は広大な領地を有しており、その動員兵力は一万とも二万とも言われている。さらに周辺貴族たちから大量の兵を借りることができるので、ツバイネル公が本気になれば王室すら脅かせる。
テザリアはまだ中央集権が進んでおらず、こういう大貴族は地元では国王以上に強い。
一方、リン王女を守るのは老眼気味の傭兵が三十九騎。あとは防衛専門の郷士隊が百ほど。話にならない。
「ま、北部から王都を通過して、南部のカルファード領まで攻め込むのは無理でしょうけど……」
前回のような暗殺団ならいくらでも派遣できるだろうから、下手に喧嘩を売るとまずい。
だから私は今、必死にリン王女を説得している。
「あんたがお父さん嫌いなのはわかったから、とりあえず今だけでも国王派ということにしなさい」
「やだ。絶対断る」
リン王女は腕組みして、ぷいと横を向く。国王は母親を邪魔者扱いしたクソ親父だ、無理もない。
無理もないのだが、それはちょっと困る。
「確かにグレトー陛下はクソ親父だけど、カルファード家の戦力じゃどうしようもないのよ。今後何が起きるかまだわからないけど、国王派の仮面だけは被っておいて」
「やだ」
扱いにくいわ、この子。
しょうがないので、私はリン王女の意志は尊重しつつも勝手にやらせてもらうことにした。
「じゃあ私が細かいことやるから、あんたは適当にうんうんうなずいてなさいな。いずれはクソ親父の頭を蹴り飛ばしてあげるから。ね?」
そこまで言うと、リン王女はようやくうなずいた。
「まあ……それならいいか……。あんまり私が意地を張っていると、ノイエ殿を困らせてしまうんだろう?」
「そうね。とりあえず一個師団程度の兵は持てる身分にならないと、どうしようもないから」
国王派の王女としてうまく立ち回れば、それぐらいの軍権は要求できるだろう。
そんなことを考えているうちに、待っていた報告がついに来た。
傭兵隊長のベルゲンが入室してくる。
「ノイエ殿、哨戒の連中から連絡があった。紋章官の服装をした男が、従者二人を連れて街道をこちらに向かっている。行き先はサノー神殿だ」
サノー神殿に向かっているということは、王女暗殺未遂があったことを知らないらしい。今のサノー神殿は燃え落ちた廃墟だ。
「サノー神殿前に軽騎兵隊を派遣して。失礼のないように城館にお招きするのよ」
「承知した」
さて、どう転ぶか……。
カルファード城館の前に重騎兵を整列させ、私は正門前で紋章官を待ち受ける。
「あんたたち、紋章官に無礼を働くんじゃないわよ」
「わかってます。俺たちも戦場暮らしが長いですから」
傭兵たちの言葉に私はうなずく。
「信用してるわ。無礼を働くときは私がやるから」
「おいおい」
紋章官は重要な役職で、戦場で敵味方を識別する職務も担っている。戦場で紋章官を殺すとお互いに困るので、紋章官には手出ししないのが貴族社会のルールだ。自分が捕虜になったときや敵将を捕虜にしたとき、捕虜の身分を証明してくれるのも紋章官だからだ。
そういう特性があるので、紋章官は使者としての任務を与えられることも多い。
こういうこともリン王女に教えておかないとなと思っていると、鉄騎団の軽騎兵隊が戻ってきた。先頭はベルゲン団長だ。
「ノイエ様! 王室紋章官をお連れしました!」
珍しく敬語なんか使っちゃって。
でもこういうときに雇用主を立てることができるのは、良い傭兵だ。
左右を見ると、鉄騎団の重騎兵たちも綺麗に整列して槍を掲げている。儀仗兵顔負けの規律の正しさだ。さすがはベテラン兵たち、やることがこなれている。
いい買い物をしたと改めて思いながら、私は王室紋章官に一礼する。
「ようこそ、カルファード城館へ。私は当主ディグリフの長子、ノイエと申します」
テザリア貴族の敬語は非常に複雑で私にはうまくしゃべれないが、前もって用意しておいた口上なら何とかなる。
「お、おお。そなたの兵か」
礼装の紳士が額の汗をハンカチで拭いつつ、左右をちらちら見ている。
二十八騎もの重騎兵が左右に整列して、槍を掲げているのだ。
重騎兵は最強の兵科であり、前世の感覚で言えば戦車が並べてあるのと同じぐらいの威圧感がある。かなり怖いに違いない。
紋章官は汗を拭き拭き、私に問いかけてくる。
「それで、リン殿下は本当にこちらに……?」
「はい、当家がお守りしております。サノー神殿の事情はお聞きになられまして?」
「いや、私には何がなんだかさっぱり……」
「村人たちの話では、先日火災に遭ったそうですの。詳しい経緯は当主が御説明いたしますわ。どうぞこちらに」
テザリアの敬語で会話するのは私には難しいので、父に丸投げしよう。
こうして王室からの使者を出迎えたのだが、紋章官の口から出た言葉はそっけなかった。
「リン王女殿下に『ランベル』の名を付与するとの仰せです。さらにもうひとつ、名を足すことを許すとのことでした」
「それだけか?」
リン王女が首を傾げているので、私が横で説明する。
「殿下は今、名前とテザリア姓だけの『二つ名』でしょう? 王宮に入れるのは『四つ名』以上だから、その下準備よ」
「あー、なるほど」
なんせ身分の上下にはうるさい世界なので、まずはこの辺りから手をつけないと次期国王に擁立できない。
「名前を増やすだけなら、別に廃嫡だの何だのとは騒がれないしね」
そうは言っても王太子やその周辺はピリピリしているだろうが、国王の実子が「二つ名」なのがそもそもおかしいのだ。この程度で文句を言う権利はない。
しかしそうなると、「リン・ランベル・なんとか・テザリア」になるのか。弾むような音感でいいと思うけど、日本語で読むと若干気になるものがある。
一方、リン王女は首を傾げていた。
「ノイエ殿、『ランベル』とは何だ?」
「ええと、連邦王国成立以前の古い国名よね、紋章官殿?」
「はい。南テザリアの由緒ある名ですぞ」
日本で言えば、但馬守とか伊予守とかを名乗れるようになった感じだ。そして実際の国主とは関係ないところも同じだった。
「現存する地名を名乗れたら、そこの領主になれるんだけどね。ランベルはもう存在しない地名だから、あくまでも格式だけの名前よ」
「そっか……」
我が父ディグリフは「アルツ」という名前を持っているが、当家の領地四村は正式にはアルツ郡と呼ばれている。アルツ郡の歴代領主だけが名乗れる名だ。
「ま、旧ランベル地方はかなり広いから、形だけとはいえ立派な名前よ。このアルツ郡も旧ランベル地方だし、殿下にも縁があるわね。大事になさいな」
「そうだな。ところで紋章官殿、もうひとつ好きな名前を名乗っていいのだな?」
リン王女が聞いたので、紋章官が深く頭を垂れる。
「左様にございます。もっとも名前には制限がございますからな。既に所有者がいる地名や建築物の名前は避け、尊敬する人物の御芳名などになさるのが無難でございましょう」
「そうか、ありがとう」
リン王女は軽くうなずき、即座に言う。
「ではノイエにするか」
「今なんて?」
「貴殿の名をもらう。私が今一番尊敬する人物だからな、ノイエ殿は」
こうしてリン王女は、「リン・ランベル・ノイエ・テザリア」として正式に「四つ名」の王女となったのだった。
やめて。




