第12話「政略婚」
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リン王女暗殺未遂事件から四日経って、やっと少しずつ事情が見えてきた。
「やっぱり国王陛下が王太子殿下を廃嫡しようとしてるみたいね。まだ正式な決定じゃないけど、じわじわ外堀を埋めてるらしいわ」
「王太子殿下か。私の異母兄だが、会ったことはないな」
リン王女は剣の素振りを終えた後、ふとつぶやく。
「会ったところで、向こうは私など疎ましいだけだろうが……」
寂しそうなリン王女に、私は敢えて慰めの言葉をかけなかった。
「そうでしょうね。でも立場が逆転するかもしれないわよ」
「私が嫡子に? ありえないだろう」
リン王女は再び剣を構え、ヒュッと振る。
「私の母は王の侍女に過ぎなかった。実家も国内の貴族でしかない。普通は他国の姫を娶るものだろう?」
「政略結婚としてはそれが正しいけど、今の王妃もテザリアの貴族よ」
「あれ、そうだっけ?」
肝心な知識が抜けているようなので、私は説明する。
「国王グレトーは北テザリアの貴族たちに手を焼いて、北部貴族連合の盟主であるツバイネル公の長女を妻にしたのよ」
ツバイネル公爵家は北テザリアを支配した豪族の末裔だ。テザリア王室より古く、北部では王室より尊敬されている。
そこで国王はツバイネル公と親戚になることにしたらしい。
「その結果、北部貴族は国王に恭順し、ツバイネル公は姻戚として絶大な影響力を手に入れたわ。北部だけでなく、王室を通じて南部にも影響を及ぼせるようになったから」
遠隔地に影響力があると、例えば交易などで莫大な利益を得られる。
「でまあ、ツバイネル公としては我が世の春ってとこだったんでしょうけど、さすがに国王も困り果てたのね。このままだと王室が形骸化しかねないから」
「ああ、私はてっきり父上がまた他の女に手を出したのかと思っていたが、一応は政治のことを考えていたんだな」
リン王女の父親観が乾ききっているのがつらい。
「で、国王は王妃と離婚したかったんだけど、清従教が認める訳ないわ。王妃の次男ネルヴィス王子は教皇の直弟子だもの」
「えーと、あ、なるほど。教団にとってネルヴィス殿は大事な人脈だけど、離婚されたらネルヴィス殿の影響力が減るのか」
「そうよ。理解が早いのはさすがね」
「えへへ」
国王は手を打つのが遅すぎたのだ。国王は王室内で孤立し、打つ手はないかに見えた。
「でもね、ひとつだけ抜け道があったのよ。それは王妃との婚姻が無効であったと訴え、他の女性との婚姻関係を証明すること」
「それってつまり、私の母を今さら王妃扱いするってことだろ?」
リン王女は不快そうに眉をひそめて、剣を振り下ろす。
「父上は母上に何もしてくれなかった。生前に母上がどれだけ父上のことを慕っていたか、どんなに会いたがっていたか」
「殿下……」
リン王女は猛烈な勢いで剣を振りながら、苛立ちを吐き出すように叫ぶ。
「私は父を許さない! 今さら嫡子にしてやると言われても御免だ! そんな王冠いるものか!」
そりゃそうだ。
でもリン王女が王位に興味を持ってくれないと、カルファード家が危険を冒してこの子を保護している意味がなくなる。
私は何の見返りも必要ないけど、カルファード家としては困るのだ。父や弟たちを巻き込んだ以上、単なる同情でリン王女には味方できない。
とはいえ、多感な年頃の少女に何を言えばいいのだろう。
私はいろいろ考えた末、この問題を解決する一番バカな方法を選択した。
「じゃあ殿下、王冠は奪い取りましょう」
「えっ!?」
リン王女は慌てて振り向くが、振り下ろした剣の勢いでよろめく。
「うわっとっと!? ノイエ殿、今なんて!?」
「鈍い子ねえ。王冠をもらうんじゃなくて、国王の頭から引きずり降ろすのよ。ついでにツバイネル公も王太子たちも何とかしちゃいましょう」
「で……できるの?」
絶対無理だ。
そう思ったが、このままリン王女を匿い続けるのは困難だ。
得られた情報が全て正しいのなら、いずれツバイネル公は国王を排除する。しかしそれ以上に簡単なのがリン王女の排除だ。
「私がツバイネル公なら、あなたを始末してから国王に言うわね。『お世継ぎはもうおりませんぞ、廃嫡など諦めて王太子に譲位しなさい』ってね」
その後は国王を離宮にでも幽閉すればいい。新国王の支配が確立した頃合いに、先王には崩御してもらう。誰も困らない。
リン王女は青い顔をしている。
「や、やっぱり私、殺されるのか……」
「そうはさせないわよ。知恵と武力は貸すから、無事に王位ぶんどったらカルファード家を南テザリア一番の大領主にしてね」
するとリン王女は不思議そうに首を傾げた。
「それぐらいはするつもりだけど、カルファード家の跡継ぎはリュナン殿だろう? ノイエ殿への見返りはどうすればいい?」
「バカだわこの子、ほんとバカ」
「バカって言うな! ちょっと不敬だぞ、ノイエ殿は。見返りはどうするのかと聞いてるんだ」
私はリン王女の額をツンとつつく。
「そんなもん、殿下が笑って生きててくれればそれでいいのよ」
「え? えー……?」
なにその反応。
リン王女は額をさすりながら、妙に照れくさそうな笑みを浮かべてもじもじしている。
「ほ、ほんとにそれだけでいいのか? いやあ、なんかこう……はは、えー……」
しばらくグネグネ身悶えした後、リン王女は小さく咳払いをして私に向き直った。
「ノイエ殿こそ真の忠臣だ。テザリア貴族の鑑、男の中の男だな。私はノイエ殿を二人目の母親だと思うことにする」
「あの私、男なんだけど……。せめて父親にしてくれない?」
「父親は嫌いだ」
そんなこと言われても。




