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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第11話「傭兵団雇用」

11


 傭兵たちのリーダーは、白髪頭の老騎兵だった。

「あんたが雇い主か。俺はベルゲン。ベルゲン騎馬傭兵団、通称『ベルゲン鉄騎団』の団長だ」

 古傷だらけの老騎兵は鋭い目つきで私を睨み、それから勝手に椅子に腰掛ける。

 彼の背後には傭兵団の主計長など幹部連中が三名いたが、いずれも白髪頭だ。



「契約条件は何だ? うちは重騎兵が二十八、軽騎兵が十一。総勢三十九騎だ。馬や鎧の管理は各々がしている。雑用係みたいな連中で水増ししてる他の騎馬傭兵団とは全く違う」

 騎兵はとにかく高くつく。訓練と軍馬の維持管理が大変だからだ。

 金さえ払えば騎兵が四十騎ほど手に入るとなれば、悪い話ではない。



 しかし私は騙されなかった。ちらりと窓の外を見る。

「兜で隠れてるけど、ずいぶん年かさな傭兵団ね」

 ベルゲンはチッと舌打ちし、素直に認める。

「まあな。三十代と四十代が大半だ」

「半分ぐらいは四十代に見えるわね。体は衰えてない?」



 前世では四十代のプロアスリートも珍しくなかったが、それは現代社会の豊かさと科学のおかげだ。

 こちらの世界では食生活が貧しいこともあり、四十代に入ると一気に老け込む。「不惑」より「初老」という言葉がぴったりくる老化の仕方だ。

 だから人生五十年。六十まで生きれば大往生という世界だ。

 四十代が多い彼らは、前世の感覚ではかなりの老兵になる。



 するとベルゲンは仏頂面のまま、小さく鼻を鳴らした。

「無論だ。戦場で遅れは取らんよ」

「飛び道具は使える?」

「それなりに扱える者が多いが、二十年前の七割ぐらいだな。皆、目が悪くなった」

 正直なのはいいけど不安になる……。



「白兵戦は大丈夫?」

「下馬戦闘だと二十年前の八割ぐらいしか戦えんだろう。足がついていかん」

 ダメじゃない。

 私は溜息をつき、一番大事なことを聞く。

「だったら騎馬戦闘は?」



 するとベルゲンはニヤリと笑う。

「戦えば戦うほど冴え渡っていくのが騎兵の奥深いところでな。二十年前の二割増しだ。こればかりは戦場で場数を踏まんとわからん」

「ふーん……」

 私は腕組みし、それからうなずく。



「老いを素直に認めた上で、騎兵としての強さに自信を持っている訳ね。気に入ったわ」

「この境地、あんたのような若造でもわかるかね?」

「もちろん」

 前世分もカウントすれば、私の方が年上だから。



 私は当家の家令に合図して、用意しておいた契約書を持ってこさせる。

「雇用期間はひとまず百日。十日前までにどちらかが契約解消を申し出ない限り、そのまま自動延長よ。報酬はそこに書いてある通り」

 ベルゲンは金額を見て顔をしかめる。

「安すぎる。帰らせてもらう」



 しかし私は腕組みしたまま、くくっと笑う。

「素人芝居はおよしなさいな。悪い条件じゃないと思ってるんでしょう?」

 するとベルゲンはあっさり認めた。

「ああ。金額はまずまずだが、飯と宿舎がタダで支給されるのは助かる。それに戦傷にも装備の修繕にも補償金がつくってのは上々だ。気分が楽になる」



 傭兵には賃金しか払わないのが普通で、負傷や装備の損失が起きても雇用主は知らん顔だ。保障なしの使い捨て。そこに傭兵を雇うメリットがある。

 しかしこちらとしては一時雇用の戦力ではなく、長期雇用できる戦力が欲しい。だから長く付き合えるよう、相応の待遇を用意した。



 ベルゲンは老眼鏡を掛けて契約書を何度も確かめながら、首をひねっている。

「だがこりゃ傭兵の雇用契約じゃないな。俺たちに何をさせる気だ?」

「私の敵と戦うだけよ」

「ふーむ」

 老騎兵は私をじっと見つめる。



「あんたの身なりや言葉遣いはだいぶ変だが、腹の底もだいぶ変かね?」

「あれこれ詮索しないで引き受けてくれると助かるわ。いざとなったら情け容赦なく使い捨てにするつもりだけど、それまでは大事にするわよ」

 するとベルゲンは苦笑いする。



「そいつを聞いて安心した。どうやら見た目よりはマシな雇い主のようだ。この契約を本当に守ってくれるのなら、相手が何だろうが騎兵突撃してやるさ。ただ、少し確認しておきたいことがある」

「あら、何?」



 そう問いかけた瞬間、ベルゲンの眉間に『殺意の赤』が反応した。何の前触れも無しに真っ赤な輝きが見え、私は反射的に身構える。

「ノイエ様!?」

 私の護衛についていたカルファード城館衛士たちが身構えた。

 即座に傭兵たちも身構えるが、誰も剣は抜かない。抜いた瞬間に殺し合いになるからだ。



「ふーむ」

 唸っているベルゲンの眉間にはもう、殺意の赤い輝きは見えない。青い光も見えないから、敵意もないようだ。

 そもそも彼は椅子に腰掛けて足を組んだまま、微動だにしていない。腕も組んだままだ。

 どうやらこの老傭兵、体を動かさずに殺気を放ったらしい。



 剣豪小説や映画ではよく見る光景だが、実際にそれができる人間はまずいない。私もこの秘術をマスターして以来、そんな人間には一度も出会ったことがなかった。

 この男、間違いなく達人だ。ぜひ欲しい。

 それはそれとして非礼は咎めておこう。



「どういうつもりかしら?」

 私が腕組みして背もたれに体を預けると、衛士たちも警戒を解いた。傭兵たちもそれに続く。

 ベルゲンはというと、嬉しそうにニヤニヤ笑っていた。まるで悪戯に成功した悪ガキだ。



「あんたが剣気を読むって噂は、どうやら本当らしいな」

「雇い主を試すような真似は二度と許さないわよ」

 彼は平民、私は貴族だ。カルファード姓を名乗る者の義務として、身分の違いは示しておく必要がある。



 ベルゲンは頭を掻き、軽く頭を下げた。

「悪いな。俺もあんたみたいな達人に会うのは初めてで、少し調子に乗ってしまった。もうやらん」

「そうしてね」

 出し抜けに殺気を放たれるのは、本当に心臓に悪い。



「だが、あんたの命令なら従う価値がありそうだ。どのようにでも使ってくれ。これからよろしく頼む」

「ありがとう、頼りにさせてもらうわ」

 私はベルゲンと握手を交わした。



   *   *   *


【ベルゲン団長視点】


 俺たちは部屋を出た。割り当てられた宿舎に向かって部下たちと歩きながら、自分の掌をじっと見下ろした。

 まだ掌が少し震えてやがる。

 あいつは化け物だ。



「ベルゲン、どうした? 様子がおかしいぞ」

 もう十数年の付き合いになる主計長が、不思議そうな顔をしている。

「それにさっきのやり取り、ありゃ何だ?」

「剣気を放った。身じろぎひとつせずにな」

「ほう……」



 普通なら気づくはずがない。

 剣気と呼ばれるものの正体は、視線や筋肉の微細な動きだ。目で見ても自覚できない程に微かな動きだが、達人は俊敏な獣のように攻撃を察する。



 だがあのとき、俺は全く動いていなかった。そもそもあの瞬間、奴は俺をまともに見ていなかった。完全に無防備な瞬間を狙ったつもりだ。

 なのに奴は一瞬で剣気に気づいた。実際に斬り掛かっても、間違いなく捌かれていただろう。

 あんな達人、戦場でも見たことがない。



 うちではまだ若手の……三十そこらの傭兵たちが、気楽なことを言い合っている。

「あの変なオカマ野郎、タダ飯まで食わせてくれるとは甘っちょろくて助かるな」

「どうせ田舎貴族の私兵ごっこだろ。適当に合わせておけばいいさ」

 俺は立ち止まり、部下を呼び集める。



「おいお前ら、ちょっとこっち来い」

「なんです、団……うわっ!?」

「団長、ちょっと!?」

 俺は二人のベルトを左右の手でつかんで持ち上げる。二人のつま先が完全に宙に浮いたところで、俺は静かな声で告げた。



「よく覚えておけ。お前ら二人であいつに背後から斬り掛かっても、死ぬのはお前らだ。十回やっても一回も成功せんぞ」

「ま、まさか……?」

「信じられないのはわかる。俺だってまだ信じられないぐらいだ。だが俺たちは運がいい」



 俺は二人を乱暴に放り出し、ふふっと笑う。

「あいつに雇われてる間は、あいつと戦場で殺し合うことはないだろうからな。それにあんな怪物が俺たちみたいな歴戦の騎兵を雇おうっていうんだ、どんな戦場が待ってるか楽しみだぞ」

「わ……わかりました……」



 いずれこいつらも思い知ることになるだろう。あのノイエとかいう男は只者じゃない。

 いやしかし、長生きはするものだな。年甲斐もなく楽しくなってきた。


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