わがまま
「千晴は覚えていないのか?」
これまで黙っていた誠治に問われて千晴は黙ったまま頷いた。
覚えていないとうか、知らないというか、初めて聞きました。
「いつ、言ったのかな?」
恐る恐る尋ねてみた。
「思い出せないならそれでいいじゃない。他の人から与えられた情報で記憶にするようなことじゃないでしょ。」
「恭ちゃぁん。」
藍のけんもほろろな一言を聞いて千晴は次に恭輔に縋ったが、恭輔も藍と同意見のようで取り合ってはくれなかった。
千晴は一体いつどんな風に恭輔にプロポーズなんて大それたことをしたのか疑問でどうしも知りたかった。
「これでこの結婚は無効ね。」
えっ!なんで?
千晴は藍を見た。
「だって千晴覚えてないんだから。」
だから教えてくれと言ったのにと抗議の視線を千晴は藍へ送った。
「俺がさっき結婚を申し込んでいるから問題ない。」
「それじゃぁ順番がおかしいでしょっ!」
恭輔の発言に火がついたように怒りを顕わにした藍。それはまるでヘビとカエルの睨み合い、もしくは犬と猿のケンカ、千晴はそんなことを思った。
「千晴はどうしたい?」
「えっ!?」
「藍の言う『順番』のことはとりあえず抜きにして、恭輔くんに結婚を申し込まれて千晴は何て答えたい?」
誠治が優しい穏やかな眼差しで千晴を見つめている。
「どんな答えでもいいんだよ。
千晴は父さんと母さんと藍の我がままで生まされたようなものだから・・・」
それは違うと言いたくて千晴は激しく首を横に振った。
「だからね、千晴が幸せになれる、そんなわがままだったら父さん達はきいてあげたい、って思っているんだよ。だからどんな答えでもいいんだよ。」
誠治はニッコリとほほ笑んだ。
藍は「うん」力強く頷いてくれた。
二人の表情は「どんなときも味方だよ。」って言ってくれていると分かった。
それから千晴は隣りに座っている恭輔を見た。
恭輔は千晴の手を取り優しく握ってくれていた。
「どうしたい?」
恭輔が静かに聞いてきた。
「------恭ちゃん、私のこと好き?」
「好きだよ。」
「本当に?」
「俺が今まで嘘言ったことあるか?」
「・・・・ない。」
恭輔は千晴に嘘をついたことがない。
いつも真実しか語らない。
千晴は小さい時から恭輔から本当のことだけを教えられてきた。
地球が丸いこと。
光によって影が出来ること。
8時30分は9時より先にやってくること。
だから恭輔が「千晴を好きだ。」と言えばそれは本当のことなのだ。
お父さん、本当にどんな答えでもいいの?
声には出さずにそう思いながら千晴は誠治を見た。
誠治が静かに頷いた。
千晴はこの日一生分のわがままを使い切ったと思った――――――――――。




