プロポーズ
「恭輔くんから電話があって、千晴がシャトルバスに乗ったから駅で捕まえて欲しいって、父さんと入れ違いに家に着いたみたいだよ。藍がさっき電話をくれた。」
「そっか・・・」
「どうしたの?喧嘩でもした?」
「喧嘩なんかしてないよ。ただ、藍ちゃんに好きって言ってって」
「千晴?」
「なに?おかしい?っていうか届け出しちゃった後に言ったんだよね。どうしよう。離婚届け出したら恭ちゃん、藍ちゃんと結婚できるの?」
誠治は今度は本当に困った顔をしている。実際に困っているのだろう。1時間ほど前までは恭輔と千晴が結婚する話で、今は恭輔と藍の結婚の話になっているのだから。
「とにかく一度父さんと一緒に家に帰ろう。」誠治は千晴の手を取って言った。
「でも・・・」
家には恭輔がいる。気まずい。千晴は体を強張らせて家に戻るのを拒んだ。
「千晴達は何か話し合いが足りないんじゃないかな」
そうだ、話したいこと聞きたいことはたくさんあるのに。でも、恭輔や藍から語られる真実が千晴にとって辛いものだったらと思うと、問いただす勇気が湧いてこないのだ。
「千晴、父さんじゃ千晴の力にはなれないかな?」
千晴は黙ったまま俯いて、涙を流した。父は、誠治はこんなにも温かで、途方に暮れた千晴が進むべき道を自分で見つけられるように助けようとしてくれている。
前に進まなくてはいけない。
聞かなくてはいけないこと、知らなくてはならないことそこから目をそむけてはいけない。
千晴は静かにそう思った。と、同時に誠治が千晴の手を取り家へと向かった。
玄関の戸の前に立つと横で手を繋いでいてくれていた誠治がガラガラと戸を引いた。
視界を遮っていた戸がなくなると音に気がついた恭輔が千晴の方へ振り向いた。と、同時に千晴の手首を掴み自分の方へと引き寄せそのまま抱きしめた。
「千晴、俺と結婚してくれ」
静かな低い声が聴こえた。
恭輔の言葉に千晴の胸は高鳴った。
プロポーズされちゃった。
でもなんか順番おかしくない?
千晴が頭を捻っていると、藍が恭輔に向かって叫んでいる。
「ちょっと恭輔何言ってるの!千晴のこと泣かしておいてずうずうしいわよ。」
さっきとは打って変わって怒り狂っているといった様子だ。どうやら役所で千晴が泣きだしたことを恭輔から聞いたらしい。
「藍止めなさい。」誠治が静かに藍を制した。
「だってお父さん」
「まず、千晴と恭輔くんにちゃんと話し合ってもらった方がいいんじゃないかと思うんだ。もちろん、千晴はまだ未成年だから立ち合わせてもらうけどね。藍、もう一度何か飲み物を用意してくれないか。」
「・・・・はい・・」
納得のいかない様子の藍はキッチンに入って行った。
「恭輔くんと千晴も中に上がって」
恭輔に抱きしめられたままの千晴は誠治に見られてしまったことに顔を真っ赤にしていたが、恭輔は気にする様子もなく「分かりました」と頷き靴を脱ぎ始めた。
つられて千晴も靴を脱いで中に上がったが恭輔が腰に手をまわしていたので、二人は寄り添った状態だった。
先ほど座ったソファーにも密着した状態で座らされた。
背中に恭輔の手がある。恭輔は上体を少し捻って千晴の方を覗き込むようにしている。
恭輔を見るとその向こうに誠治がいるので、この密着した状態が恥ずかしい千晴は俯いてしまった。
けれでも先ほど誠治に言われた通り、話し合わなくてはいけないと思い、意を決して恭輔を見た。
「恭ちゃん、私と結婚しても、いいの?」
「もちろん」
一言一言呑み込むように聞いた千晴に対して、恭輔はあっさりと即答した。
「・・・藍ちゃんのことが、好きなんじゃ、ないの?」
「その考えは脳内から抹消してくれ!」
目をつむり肩を落としながら恭輔が言った。そこまで否定しなくてもと思ったが、千晴の心が少し軽くなったのも事実だ。
「ちょっとくっつき過ぎじゃない。」
コーヒーと先ほど食べ損ねたエクレアを乗せたトレイを持った藍が言った。
「気のせいだろ」藍を見ることなく完全否定をした恭輔に藍が睨んだ。
「恭ちゃん、でも藍ちゃんがマンション内装のこととか決めてなかった?それって付き合ってるからじゃ」
「違うでしょ!あれは恭輔が千晴はどれが好きかって言うから千晴に聞いて恭輔に伝えただけよ。」
え、そうなの?
「じゃあなんで、その・・・結婚しようとかって先に言ってくれなかったの?」後ろの方は小声になりながら千晴は聞いた。
そもそも、先にプロポーズしてそれから入籍とか結婚式とかじゃないのか?
しかし、千晴の疑問は藍の発言によって一刀両断された。
「はあ、千晴が『16歳になったらすぐ恭輔と結婚したい』って言ったから恭輔も私も16歳の内に結婚できるように動いてたんじゃないの」
えっ?藍ちゃん、今、なんておっしゃいましたか?




