携帯
「あっ、そうだ。結婚式は卒業してからだから」
学校に必要なものと着替えをいくつかまとめて恭輔の車に乗せ三浦家を出発した千晴と恭輔は、恭輔の実家、佐伯家で簡単な挨拶をした後新居となる恭輔のマンションへ向かった。
佐伯家を出発してからしばらくして運転中の恭輔が思い出しかのように告げた。
しかし、言われた瞬間、千晴はすぐに内容を理解できなかった。
「へっ?えっ?あっ!あぁ結婚式、ね。」
そうじゃん。普通は結婚式とかするんだよね。
「学校に卒業まで内密にするって約束してるからな。親戚とか呼んでそこから漏れてもマズイし、かといって誰も呼ばないってのも、無理だろ。」
「そ、そだね。」
「それに結婚式の準備を藍にこっそりやらせるわけにも行かなかったからな。」
「う、うん。そうだね。」
あれ?今「こっそり」って恭ちゃん言いました?
千晴が覚えていないことに加えて恭輔達が意図的に千晴に気づかれないように行動していたのではないかと千晴は感づいた。
「お邪魔しまーす。」
「もう『ただいま』だろ。」
玄関で靴を脱ぎながらお客様の挨拶をした千晴に恭輔が指摘した。
「そっか。」
今日からここに住むんだよね。
千晴は先に中へと進んだ恭輔の背中を見ながら小さな声で「ただいま」と言った。
千晴の荷物を持った恭輔は寝室へと入った。
千晴はその後を追った。
「半分空いているから好きなように使って。」
作りつけのクローゼットの中には引き出しタイプのケースが入っていた。
千晴は寝室に鎮座しているダブルサイズのベッドに目が釘付けになっていた。
も、もしかして今夜からここに一緒に寝る、とか?
「結婚」ということが何やら急に現実味を帯びてきて千晴の全身が一気に硬直した。
「千晴?」
「うわぁ!!はいっ!?」
ベッドに腰掛けた恭輔が覗き込むように声をかけてきたが千晴は戸惑いを隠せなかった。
「ふ、ふ、ふ、ふくっ服っしま、しまっちゃうっ、ねっ」
衣類を入れてきたバッグを持とうと体の向きを変えようとした時恭輔が千晴の腕を掴んでそれを拒んだ。
「恭ちゃん・・・・?」
千晴の腕が恭輔の元へゆっくりと引き寄せられると千晴の体は自然と恭輔の目の前に寄せられた。
恭輔は千晴の両手を握って己の前に立たせた。
じっと千晴を見つめる恭輔の瞳から千晴は目が離せなくなった。
千晴の心臓の鼓動は昼間シャトルバスに乗り込むために走ったときよりも激しい音がしていた。
恭輔が立ち上がり千晴を抱きしめようとしたとき
ピロロロロロ、ピロロロロロ・・・
恭輔の携帯が鳴った。
恭輔は片手で千晴を抱き込みながらもう片方で携帯をポケットから取り出し通話ボタンを押した。
「はい、佐伯―――――――こっちにかけんなよ。」
だ、誰からかな?
見慣れた恭輔の携帯を見つめながら、明らかに機嫌の悪い恭輔の声に千晴は電話の相手が気になった。
恭輔は千晴を抱えた腕を離さず、再びベッドに座ったので、千晴は体を半回転させて恭輔の上に座るような状態になってしまった。
背中から抱えられていた腕が今は千晴のお腹にある。
ひ、ひぇ~~~っ。
「―――――持って行くわけないだろ。」
千晴には理解不可能な会話が続く。
「白戸は退院できたのか?」
誰か病気なのかな?
「退院」という言葉に千晴は不安を覚え恭輔を見た。
千晴の反応に気がついた恭輔は千晴を抱えていた方の手で千晴の髪を掬った。
「分かった。明日早めに出る――――」
そう言い終えると恭輔は通話を切った。
「荷物しまって、メシ食いに行くか。」
「うん、あっ冷蔵庫に何かあるなら作るよ。」
「この半年、ほとんど帰って寝るだけだったから冷蔵庫には酒しかない。」
えっ?
「朝ごはんは?明日はどうするの?」
「――――メシ食った後でスーパーに寄るか。」
「うん。じゃあ服片付けちゃうね。」
千晴は急いで立ち上がって持ってきた制服や着替えを片付け始めた。
それを眺めながら恭輔がため息のような息をフーっと吐いた。
恭輔の気配に気づいた千晴は振り返って恭輔を見た。
穏やかな微笑を湛えて恭輔が千晴を見ていた。




