終わらない夏休み
干物女の異世界スローライフ(?)はっじまーるよー!
かなり夏からは遠ざかってしまった時期だけど、ちょっとした人生の夏休みを過ごすはずが、どうやら永遠に夏休みとなってしまったらしい。
就寝前と同じく林の中ではあるものの、見えている山の形が違っている。
植物には詳しくないのでよくわからないが、なんとなく周辺の植生も違っている気がする。
愛車と譲り受けたばかりの軽トラとママチャリ、それに買ったばかりのマウンテンバイクなどの諸々が置かれたガレージと、簡易住居のプレハブに、大きな物置と仮説トイレは昨日のままだけれど、多分ここは奥多摩じゃない。
見えていたはずの雲取山が、聳え立つ荒涼とした名も知れない岩山と入れ替わっていて、途方に暮れる。
「どういうことなの……」
悪い夢でも見ているんじゃないかと頬を抓ってみたら、しっかり痛くて、気が付いてなかった吹きでものがあって少し凹んだ。
「しばらく不摂生してたからなぁ」
蓄積した肌疲労が、一週間やそこらで修復されるはずがない。
6年前の入社以来、連日連夜徹夜ばっかりだったのをしばらくと言っていいものかわからないけど、肌荒れとかクマとか、気にできるような環境じゃなかった。それほど女を捨ててるっていうのに、セクハラもひどかったし。
それでも実家にいるよりはずっと息がしやすくて、あんなことでもなければ会社を辞めるのに踏み切ることはなかったように思う。
わたしが会社を辞めるきっかけは降って湧いた遺産相続だった。
わたしと折り合いの悪かった両親は、自分の親とも折り合いが悪くて、資産家だった祖母の遺産相続は子である父を飛び越えてわたしへと指名されていた。
こういうのって骨肉の争いになるのがテンプレだけど、わたしと両親と妹は特にもめることはなく、法定遺留分だけを適切に分配して終わった。そう、なんかいろいろ言われて、神経はすり減ったけど、遺産分配そのものでもめはしなかった。別にわたしが謀略を仕掛けたとか、祖母に媚を売った覚えもないのに、なんでわたしが責められなきゃいけないんだ。
それでも遺産相続争いにはならなかったから、ただ家族はわたしに文句を言いたかっただけなんだろう。
わたしと親は折り合いこそ悪いけれど、単に相性が悪いだけで、そこに憎しみとかはなかったし、必要以上に関わらなければ軋轢も生まれないような関係だった。不快害虫と一緒で、目についてしまうと気に障る、という表現が一番正しいのかもしれない。わたしのやることなすことに文句をつけるのも、多分向こうにしてみたら愛ゆえに叱責せざるを得ないんだろう。それがいつもわたしの神経をひっかいてしまうだけだ。
ただそれはわたしたち親子の間の話で、突如聞いたこともない親戚や、祖父母や両親の自称親友は現れたし、どこから情報を得たのか怪しい投資のお誘いなんかはひっきりなしに来た。
中にはアポなしで凸ってくるようなおかしなのもいて、通常業務の上に相続手続きや何やかやが重なってテンパっていたわたしがブチ切れるには十分だった。
やってもやっても終わらない修正に差し戻し、ぐちゃぐちゃと聞き取りづらい言葉で営業をかけてくる怪しい会社、断っているのに神がどうだと寄付を募る宗教家、何十年前の話かも分からない約束があるとのたまう自称祖父の親友。借用書もないのに資産家の祖母に金を貸したと言い張る自称債権者。
大変そうだね、なんて親切面でプライバシーを暴こうとする上司に、遺産を継いだと聞きかじって当然のように集ろうとする同僚。そこまではいかなくても、なにかと話を聞こうとする人は多かった。当事者でなく、話を聞くだけだったら面白かったのだろう。
ひとつひとつは、大した悪気もなかったし、ひょっとしたら善意すらあったのかもしれない。
でも、ある日わたしはなにもかもがどうでもよくなってしまった。
直接的な理由にはどれも乏しいけれど、どれが原因かといえば、全部の積み重ねだ。
税金で半分以上持っていかれても、数年なら問題なく過ごせそうな遺産がある。
出家しよう、と思った。
いや、わたしは無宗教だから出家というのは正確じゃない。
山ごもり? ソロキャンプ? 隠遁?
何でもいいし、別に何か修行する気も、まして眉を半分そり落とす気もないけど。
ついでにデジタルデトックスなんかもいいかもね。
折角手に入った大金をパーっと使って、世間からは距離をとって、ほとぼりが冷めるまでこれも遺産の一つだった山奥のプレハブに籠ろう、と思ってしまったのだ。
わたしの祖母という人は何を考えていたのか、奥多摩の山奥に少し土地を所有して、プレハブを建てていた。
高齢者ソロキャンパーだったのかもしれないし、それこそ夜を儚んで隠遁生活を送る予定だったのかもしれない。もしかしたら、きたる大震災を見越して避難先を用意していたのかもしれない。
このプレハブのことは遺言にも全く残されていなかったから、そのあたりのことは全然わからないのだけど。
水道を引いたりといったライフラインこそ敷いていなかったものの、大型の浄水タンクやソーラーシステムなどを備えた立派なプレハブは、雨露をしのぐだけなら全く問題はなくて、短期ならいろいろと補充してやれば住めそうな設備が整っていた。裏庭なんてかつて畑だったのかもしれなくて、ネギっぽいものや芋っぽいものやニンジンっぽいものが雑草に交じって野生化していて、野菜カレーくらいなら作れそう。
こんなのあるなら、住むしかないじゃん?
わたしは思い切って会社を辞めて、賃貸を引き払い、とりあえず日持ちのしそうな食品や薪を買い込んだりした。
こんな無駄遣いなんて生まれて初めてだ。
お金があるっていいね。
住み始めてまともなお風呂がないことに気が付いたけど、買い出しついでにスーパー銭湯に行ったり日帰り温泉に行ったりすれば、そこそこ満足できたし、大体会社員だった頃、納期になれば否が応にも風呂キャンセル界隈の住民だったのだ。
2~3日風呂に入れないくらい、全然気になんない。
だって、他人に会わないし。
多少髪が油ギッシュになろうと、一日ノーメイクだろうと、無問題ですよ。
いやほんと、本格的にここに住み着いちゃおうかな、と正式にガス会社と契約してプロパンガスを導入した翌日、わたしのプレハブちゃんは持ち主の許可なく敷地ごと引っ越しをキメてくれちゃったのだ。
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