幼馴染の心春ちゃん
「なーんか……だいぶ寒くなってきたなぁ……」
当然だ、暑かった夏は終わり、だらだらと残暑が残った10月も半ばを過ぎ。
気がつけば長袖でなければ肌寒い、そんな季節へと入っていた。
もうじきに寒くなり、マフラーや手袋がないと厳しい季節へと入っていくだろう。
そんな寒い今日、俺は屋上へと来ていた。
終業式のあの日、心春を呼び出し、心春にふられた場所へ。
テストが終わってから半月ほど、ずっと考えていた。
心春のこと、俺のこと。
どうしてあの時、あんなことを考えたのか。
将来的に、俺が心春のそばからいなくなる可能性がある、なんて……。
俺と心春は、幼稚園のころからずっと一緒だったし、これからもずっと一緒にいるんだって、漠然とだけどずっと思ってた。
でも……。
「ハルごめん、待った?」
「や、待ってない、悪いな心春、こんなとこ呼び出して」
「んーん、大丈夫……今日、蓮見さんは?」
「蓮見さんは用事があるからって、今日は先帰った」
「そっかー……」
それだけ言うと、心春が俺の隣に背中を預けた。
「蓮見さん、いい子だねぇ」
「そうだな」
「おかげで補習も物理だけですんだし、ほんと蓮見様さまって感じ」
「そこだって前の晩に俺が教えてやっただろ、なのになんでダメかなぁ……」
「ふーんだ、ハルの教え方が悪かったんじゃないの?」
「このやろ、俺の貴重な睡眠時間を奪っておいてその言い草かよ」
二人でひとしきり笑いあうと、そこで会話が止まってしまう。
遠くからは、部活に励む生徒たちの声が聞こえてくるが……これはバスケ部の声だろうか? 哀川さんの声が、遠くから聞こえてくる。
「哀川さん、頑張ってるな」
「夏のインハイの雪辱を果たすんだーって、ウインターカップに向けて頑張ってるよ、アイカーさん」
「来週、決勝リーグ最終戦なんだよね、勝てそう?」
「準決のアイカーさん、一人で58点取ったらしいよ」
「そんなに」
やべーなあの人、ただ間の悪い人ってわけじゃなかったのか……。
「蓮見さんと応援いこって言ってるんだけど、ハルも行くよね?」
「えー、俺行ってもいいのかなぁ、それ……絶対哀川さんに嫌われてるんだけど、俺」
俺がいるのに動揺して重要な場面でシュート外すとか、洒落にならないぞ。
「うーん、大丈夫じゃない? 多分」
「多分かよ……」
「アイカーさんも多分、わかってるよ、ハルが悪いんじゃないって」
「ないわ」
これには思わずため息をつかざるを得ない。
あの反応、絶対俺の事けだものだと思ってるよ!
「まー、それはそれとして……ボクを呼んだ理由、そろそろ聞いてもいい? ハル」
「……おう」
そうだ、今日ここに心春を呼んだのは、こんな話をするためじゃない。
もっと大事な話をしないといけないんだ……そう考えるだけで、緊張で口の中が乾いていく。
「……心春、俺」
「懐かしいねぇ、ここ……もう3カ月くらい? ここに呼び出されてハルに好きって言われたの、びっくりしたなぁ」
「そうだなぁ、もう3カ月か……早かったような長かったような」
「ハルのいない夏休みは、めーっちゃくちゃ長く感じたけどね」
「そうだなぁ……」
俺が話しだそうとしたところを、心春に先んじられてしまった。
確かに長かったけど、何が言いたいんだろう?
「ねぇ、ハル……あのとき、ボクもハルが好きーって言ってたら、もっと違う今があったかな?」
「そりゃーあっただろ、夏休みだって色々考えてたんだし、今だって……」
「今も、軌道修正しようと思えば、できると思わない? だってボク、ハルが好きなんだよ?」
「それは……」
出来る。
心春はあれから、俺の事が好きだと言ってくれた。
今なら数ヵ月のロスがあったとはいえ、もともと高校入学のころから考えていた、幼馴染から一歩前に進んだ、新しい心春との関係を築ける。
でも……。
「なーんてね、そんなの無理だよね、ハル」
「…………そうだな、時計の針は戻らないし、俺たちの関係も、戻らない」
「蓮見さんかー……くっそー、まさか蓮見さんなんて強力なキャラが横から出てくるなんてなぁ……」
「まったくだよ、ただの隣の席の人ってだけだったのに」
ただの隣の席の蓮見さんが、今やこんなに気になる人になるなんて、3か月前には思いもしなかった。
それこそ……幼馴染の心春よりも。
「あの時、ビビらないでハルとの関係、前に進めておけばよかったなぁ……」
「心春、俺……」
「いいのいいの! これもボクが一番悪いってわかってるから!」
「ごめん」
「もー! ハルが謝る必要なんてないんだって! ほらほら、ボクに言わなきゃいけないのは、そんなことじゃないでしょ?」
そうだ、俺は心春に言わなきゃいけない。
もう、俺たちは今までの関係から先には進めないことを。
……心春を傷つける、ってわかってても。
「心春、俺、蓮見さんが好きなんだ」
「うん」
「だから心春の気持ちには、応えられない」
「うん……うん、そうだね……うん、じゃあ、仕方ないねぇ」
笑顔の心春の表情が、胸に刺さる。
痛い……3か月前のあの時よりも、ずっと胸が痛い。
「心春」
「はー! なんかフラれるってあれだね! めっちゃずーんってくるね! だからハル! もう帰っていいよ!」
「え、ちょ、ちょっと待てよ心春! なんだよそれ!」
「いいからいいから! ほら、こっからはボクより、蓮見さんの事、考えなきゃでしょ!」
「おま、お前どうすんだよ、これから!」
「ボクはこれから用事があるから、ほらハルは先に帰った帰った!」
そう言って無理矢理背を押された俺は、心春に屋上から追い出されてしまった。
用事なんてないだろお前……今日、暇だって昼休みに言ってたの、聞いてたんだからな。
だからと言って、心春に追い出された理由を察せられないほど、鈍感でもない。
今この扉を開けて、心春のところに行くのは酷く残酷なことだってわかってる。
これまでの心春との長い時間を思い出すと、泣きたくなってくる……でも、これが俺の選んだ選択だ。
「ごめん、心春」
そう言い残し、俺は屋上を後にした。
幼馴染の心春を一人、残して……。




