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蓮見さんのお姉さん

 

「えーっと……このコンビニを左に曲がる……でいいんだよな?」


 その週の土曜日。

 蓮見さんに「勉強会をしよう」と誘われた俺は、蓮見さんに教えられた住所を地図アプリで確認しながら、一人歩いていた。

 まったく、地図アプリは本当に便利だぜ!


「で、角の藤代さんの家を、右に曲がった隣、と……お、これか……って」


 自宅を出て、おおよそ30分。

 ようやく辿り着いた蓮見さんのご自宅は……とても立派な門構えの、日本家屋だった。

 ていうか、藤代さんの家のお隣って聞いてたけど隣って言うのこれ?

 藤代さんの家の玄関口から蓮見さんの家の玄関口、結構距離あったんですけど……。


「うわぁ、これ大丈夫なのかな……入ってもいいのかなぁ……」


 なんとなく、ピンポンを鳴らすのを躊躇ってしまう。

 どうしようどうしよう、と門の前をうろうろとしているときだった。


「――――我が家に何か御用ですか?」

「ひゃいっ!?」

「ひゃい?」


 突然、声を掛けられて飛び上がるほどにビックリしてしまった!

 やめてよね、急に声かけるの! 声を掛ける前にはちゃんと存在感を思いっきりだしてこっちが気付くように仕向けてから声を掛けてよね! 俺との約束だ!


「……先ほどから前をうろうろとされているのを見ておりましたが、何か御用ですか?」


 どうやら、門の前で悩んでいたのを見られていたらしい。

 やだ、もっと早く声を掛けてくださいよ、恥ずかしい!

 って、我が家? 前から見てた? って事は……蓮見さんのご家族?


 ……そこで初めて俺は、声を掛けてきた人に目を向けた。


 そこに立っていたのは……綺麗な黒髪に切れ長の瞳の、着物を着た和服美人さん。

 どことなく、蓮見さんに似た女の人だった……お姉さんだろうか?

 血縁者なのは間違いない、と思う、けど……そういえば、蓮見さんの家族の事って、何も聞いたことなかったな、俺。



「あ、あの……蓮見さん……じゃなかった、鈴七さんにいつもお世話になっております、天方といいます、今日は鈴七さんに誘われて……」

「ああ、貴方が天方さんですか……鈴七からはいつも、お名前聞いておりますよ」


 スッ、と目が細められ、こちらを値踏みするような視線に思わず背筋がしゃっきりする。

 うわ、こえー! なんだこのお姉さん、めっちゃ怖いんですけど!?

 そのまま、じー……っと見つめられること、十数秒、体感時間、5分。


 背中にじっとりとした、嫌な汗が流れるのを感じる。

 すでに喉はカラカラだ。

 帰りたい、ただただ、家に帰りたい。


 そう思っていると、蓮見さんのお姉さん? の視線が俺から外れ、重苦しい空気がふっと消えた気がした。

 どうしよう、俺今、汗だくじゃない? 結構見苦しいことになってない?

 蓮見さんのお姉さんに、こいつ汗かきだな、とか思われてないか心配なんですけど。


「……どうぞ、こちらへ」

「あ、はい、どうも……」


 お姉さんの後ろについて、歩いていく。

 その間も、特に会話はなく……き、気まずい……!

 以前の蓮見さん以上にこのお姉さん、考えてる事が分からないし会話のキッカケもつかめない!

 助けて、助けて日向咲ー!!


 そう、思っていると。


「鈴七は……」

「はい?」

「鈴七は、学校ではどうですか?」


 気を使ってくれたのか、お姉さんの方から話しかけてくれた。

 ふむ、蓮見さんの学校での様子、か……。


「鈴七さんですか……そうですね、成績もいいですし、知的な美人、って感じで人気ありますよ」


 間違ってはいない。

 1学期の時点では、間違いなく人気があった……まぁ、最近はちょっと奇行が目立つ、アレな人扱いされてる気がするけど。

 夏休み前までは、読書好きのクールビューティ的な扱いだったのに……一体、どこで道を間違えてしまったのか……!


「そうですか……正直、鈴七の事は私共も心配しておりまして」

「心配ですか?」

「ええ、ちょっと……その、あの子、変わったところがあるでしょう?」

「それは……」


 どうしよう、そんな事ないですよ! と言いたいのに、これまでの蓮見さんが頭をよぎって、そんな事ないですよと非常に言いづらい!

 むしろお宅の妹さん、ちょっとヤバイですよとか口をつきそうになる。


「あの子は……ちょっと、あまりよくない影響を受けているといいますか……」

「あー、そういうところも、多少あるかもしれないです、ねー」


 多少じゃないわ、めっちゃあるわ。


「申し訳ありませんが、鈴七が変な事を言い出したら、正してあげてほしいのです……私たちも気をつけてはいるのですが」

「あ、はい、それはもう……自分もはす……鈴七さんにはいつもお世話になってますんで、それくらいは」

「鈴七が色々、ご迷惑をおかけするかも知れませんが、宜しくお願いしますね?」

「こちらこそ、宜しくお願いします」


 って……何やってんだ俺、蓮見さんのお姉さんに頭下げて。

 いやー、それにしても蓮見さんのお姉さん、マジで美人ですね。

 最初は何この人こわっ! って思ったけど、妹の心配するとかいい人じゃん。

 品のある微笑み方もいい感じ……やだ、好きになっちゃいそう……。


「お、お母さん! 天方くんと何してるんですか!」


 そうそう、おか……


「お母さん!?」

「なんですか大きな声を出して、はしたないですよ鈴七」

「だ、だって……!」


 え、お母さん?

 誰が?

 お姉さんじゃなくてお母さん?


「大丈夫ですか天方くん、お母さんに変なこと、されませんでしたか?」

「変なことをするのはあなたでしょう鈴七……全く、花七に悪い影響ばかり受けて……」


 はぁ、と溜息を零す、どう見てもお姉さんにしか見えないお母さん。

 え、え?


 混乱する俺を見かねたのか、蓮見さんが助け舟を出してくれるが……。


「はぁ……すいません天方くん、私のお母さんの……」

「あらためて初めまして、鈴七の母の、蓮見 千華です」


 綺麗なお辞儀をするおね……お母さんに、唖然とするしかなかった。

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