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第7話 同接7人の配信者ですが、取引先を激怒させて絶望していたら、一般リスナーの「謝罪構文」で逆にヘッドハンティングされました

「はぁ……終わった……」


夜10時。 帰宅するなり、玄関にへたり込んだ。 手に持っているのは、デパートで慌てて買った「クッキーの詰め合わせ」。


今日、仕事で大きなミスをしてしまった。 いや、正確には僕のミスではない。部下の設計ミスを見落としてしまった僕の管理責任だ。 そのせいで、取引先の重鎮――通称『鬼瓦おにがわら常務』を激怒させてしまったのだ。


「『明日、顔も見たくないが謝りに来い』だって……。あの人、一度怒ると話を聞いてくれないって有名だし、取引停止かなぁ」


会社に戻ると、課長からは「なんとかしてこい」と突き放された。 どうすればいいんだろう。 明日が来るのが怖い。


   ◇


シャワーを浴びて、少しだけ気持ちを切り替える。 いつもの配信。ここだけが僕の安らぎだ。


「みんな、ごめん。今日はちょっと元気ないかも」


『こんルル』

『どうした?』

『声が死んでるぞ』


いつもの7人が、すぐに異変に気づいてくれた。 僕は細かい内容はぼかしつつ、鬼瓦常務との一件を話した。


「……というわけで、明日謝罪に行かなきゃいけないんだ。でも、何を言っても言い訳に聞こえそうで怖くてさ」


『ミケ: 取引停止? 上等だ。その会社ごと私が買収して、逆に君が上司になればいい』

『admin: 常務の弱みを握れば解決だ。スマホのハッキング準備はできている』

『フクロウ: 私が電話一本入れましょうか? 予算委員会で彼の会社を優遇してあげれば……』

『カゲ: ……(物理的な排除を検討中)』


みんな、相変わらず過激で頼もしい(?)。 でも、今回は違うんだ。


「ありがとう。でも、僕はちゃんと誠意を伝えたいんだ。僕たちのミスは事実だし、逃げたくない」


僕がそう言うと、コメント欄が一瞬静まった。 そこで、普段はツッコミ役に回っている『リョウタ』さんが、珍しく長文を打ち込んだ。


『リョウタ: ルルちゃん、ストップ。そのクッキー、今すぐしまって』

『リョウタ: 相手は昭和気質の頑固者なんだね? なら、金や権力じゃ火に油だ』


「えっ? リョウタさん?」


『リョウタ: 俺が今から打つ指示に従って。……これは、俺がブラック企業の中間管理職として培った、血と汗の結晶だ』


   ◇


翌朝10時。 僕は鬼瓦常務の応接室の前に立っていた。 手には、リョウタさんに指定された『とらやの羊羹ようかん』。 なんでも、謝罪の手土産においてこれ以上の正解はないらしい。


「……失礼いたします」


ドアを開ける。 奥のソファには、不機嫌オーラを全開にした鬼瓦常務が座っていた。


「ふん、来たか。言い訳なら聞かんぞ」


鋭い眼光。足がすくみそうになる。 でも、僕の脳内には、昨夜リョウタさんが叩き込んでくれた「完璧なマニュアル」があった。


(大丈夫。リョウタさんを信じろ!)


僕は一歩前に出ると、スーツのボタンを留め、直立不動の姿勢をとった。 そして、腰を直角に折り曲げる。


「……!」


最初の5秒、無言。 これが重要だとリョウタさんは言っていた。 『すぐに喋るな。沈黙こそが反省の深さを物語る』と。


重苦しい沈黙が流れる。 常務が「おい」と言いかけた、絶妙なタイミングで、僕は顔を上げずに声を絞り出した。


「この度は、弊社の不手際により多大なるご迷惑をおかけし、弁解の言葉もございません」


「……」


「全ては、監督者である私の、不徳の致すところでございます」


『申し訳ありません』ではない。 『不徳の致すところ』。 このキラーワードが出た瞬間、常務の眉がピクリと動いた気がした。


僕は頭を下げたまま、リョウタさんに教わった「再発防止策」と「リカバリープラン」を、淀みなく、かつ感情を込めて説明した。 一切の言い訳(部下のせい、時間のなさ)を排除し、全ての責任を背負う言葉。


話し終えても、僕は頭を上げない。 静寂が部屋を支配する。 心臓が破裂しそうだ。


「……顔を上げなさい」


常務の声。 怒鳴り声では……ない?


恐る恐る顔を上げると、鬼瓦常務は腕組みをして、僕をじっと見つめていた。


「君、名前は?」

「は、はい! 小暮です!」

「……いい目だ」


常務が、ふっと口元を緩めた。


「最近の若い奴は、すぐに『想定外でした』だの『システムのエラーで』だのと言い訳をする。だが君は、全ての泥を自分で被る覚悟を見せた」

「えっ……」

「その羊羹のチョイスもな。……分かっているじゃないか。久しぶりに、筋の通った男を見たよ」


常務は立ち上がり、僕の肩をポンと叩いた。


「今回の件は不問にする。リカバリー、期待してるぞ」

「は、はい!! ありがとうございます!!」


「それとな、小暮くん。……もし今の会社が嫌になったら、いつでもウチに来たまえ。君のような、腹の据わった人材が欲しいんだ」


「ええっ!?」


なんと、怒られるどころか、名刺に直通の連絡先まで書かれて渡されてしまった。 ヘッドハンティングだ。 地獄から天国への急展開に、僕は部屋を出た後もしばらく震えが止まらなかった。


   ◇


その夜の配信。


「みんな聞いて! 許してもらえたよ! それどころか『ウチに来ないか』って褒められちゃった!」


僕は興奮気味に報告した。 羊羹作戦、大成功だ。


「リョウタさんの言う通りにしてよかった! あの『フトクノイタストコロ』って言葉、魔法の呪文みたいだったよ!」


『よかったねぇ(ほっこり)』

『ミケ: ……精神論か。私のビジネスロジックにはない発想だ。勉強になる』

『admin: ハッキングもなしに、言葉だけで解決するとは。……人間心理のバグを突いたのか?』

『フクロウ: リョウタさん。貴方、只者ではないわね?』


大物リスナーたちが、ざわついている。 彼らにとって「金」や「力」を使わない解決策は、逆に新鮮で衝撃的だったようだ。


そんな中、リョウタさんは照れくさそうにコメントした。


『リョウタ: いやいや、ただの中間管理職の日常だよw(毎日やってるだけ)』

『リョウタ: ルルちゃんの「誠意」があったからこそ、技が決まったんだよ』


「リョウタさん……かっこいい! 僕、リョウタさんみたいな大人になれるように頑張るよ!」


僕は画面に向かって敬礼した。 画面の向こうで、安月給のサラリーマンが、世界的な権力者たちから「コイツが一番怒らせたら怖いかもしれない」と一目置かれた瞬間だった。

本日のメイン登場人物


小狐ルルの中の人:本名は小暮こぐれ ゆずる。ようやく名前を出せました…


リョウタ:別のメーカーの中間管理職(30代~40代)。妻子持ちの一般的なサラリーマン。仕事の辛さや、現場の「あるある」を共有できる唯一の対等な飲み仲間ポジション。


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