第64話 【支配する令嬢】ですが、推しが「廃棄寸前の錆びたボルト」を鏡面仕上げにする配信に、嫉妬すべきか迷って困惑した
「今宵も、優雅なひとときを……」
ロンドン、最高級ホテルのスイートルーム。 影山 栞は、ルームサービスで頼んだアフタヌーンティーセット(深夜だが)を前に、タブレットを起動した。 窓の外にはビッグ・ベンの時計台。 この美しい夜景と共に、愛する小狐ルルの配信を見る。これこそが至高の贅沢。
「前回の朗読も素敵でしたわ。今日はどんな美しい芸術を見せてくださるのかしら」
『こんこん! こんばんは、ルルだよー!』
画面にルルが現れる。 しかし、その手には――油と赤錆にまみれた、汚い鉄くずが握られていた。
『今日はね、知り合いの町工場のお手伝いに行ってきたんだけど、そこで廃棄される予定だったこの「M20六角ボルト」! 工場のおじさんは「ゴミだ」って言ってたけど、僕には分かる。このサビの下には、素晴らしい輝きが眠っているって!』
「……は?」
栞の手から、スコーンが落ちそうになった。
『おじさんに頼み込んで、もらってきちゃいました! というわけで今日は、この鉄くず……じゃなくて原石を、ひたすら磨いて「鏡」にします! レッツ・ポリッシュ!』
◇
『ジョリ、ジョリ、ジョリ……』
配信が始まった。 画面には、ルルの手元と、汚れたボルトだけが映し出されている。 彼は粗目のサンドペーパーで、ひたすらに錆を削り落としていく。
「……ルル様? 正気ですの?」
栞は困惑した。 彼女は影山財閥の令嬢だ。 彼女にとって「輝くもの」とは、ハリー・ウィンストンのダイヤモンドや、カルティエのプラチナであり、廃棄寸前の工業用部品ではない。
「そのような薄汚れた鉄くず……捨てておしまいなさい! 貴方が望むなら、純金のボルトでも、プラチナのネジでも、トラック一台分お送りしますのに!」
彼女は画面に向かって叫んだ。 しかし、ルルは聞こえない声に応えることなく、恍惚とした声を上げる。
『はぁ、はぁ……硬いなぁ、こいつぅ。 長年風雨にさらされて、サビが芯まで食い込んでる。 ……でも、そんな傷ついた過去ごと、僕が綺麗にしてあげるからね』
『ジョリ、ジョリ……』
「……っ!?」
栞の頬が朱に染まる。 ルルの息遣い。 「綺麗にしてあげる」という甘い言葉。 そして、鉄くずを優しく、執拗に撫で回す指先。
(……な、なんなのですか、この背徳的な映像は)
彼女の脳内で、得体の知れない感情が渦巻く。 それは「嫉妬」に近いものだった。 だが、相手は「ボルト」だ。 無機物。しかも廃材。 世界の全てを手に入れられる自分が、工場のゴミに嫉妬する? ありえない。プライドが許さない。
(で、でも……ルル様があんなに熱心に触れて……汗をかいて……)
『ドクター: 酸化被膜の除去か。単純作業だが、没頭できるな』
『ミケ: ……ワシなら新品を買うが。まあ、手間を楽しむのも一興か』
他のメンバーは冷静だ。 しかし、栞だけは情緒が不安定になっていた。
『あー、やっと地肌が見えてきた! 見て見て! この鈍い銀色の輝き! ……たまらないねぇ!』
ルルがボルトを愛おしそうに頬ずりする。
「キーッ!!」
栞はクッションを投げつけた。
「なぜです!? なぜその汚い鉄塊には頬ずりして、私には(画面越しに)微笑むだけなのですか!? 私の方が圧倒的に高価で、希少で、美しいのに!!」
彼女の価値観(金と権力)が、根底から揺さぶられていた。 彼が求めているのは「完成された美」ではない。 「手をかけて、自分色に染め上げる過程」なのだ。
◇
2時間後。
『……ふぅ。完成!』
画面の中には、信じられない光景があった。 あの赤錆だらけだったボルトが、プラチナのように白く輝き、周囲の景色を鏡のように反射していたのだ。 いわゆる「鏡面仕上げ」。
『見て! カメラのレンズがくっきり映り込んでるよ! 部屋のカーテンの柄まで見える……完璧な鏡だね』
ルルは、ピカピカのボルトをカメラにかざし、色々な角度から光を当てて楽しんでいる。
『……あぁ、美しい。生まれ変わったね、キミは』
ルルは、我が子を見つめるような優しい声で呟いた。
その瞬間。 栞の胸にストンと落ちるものがあった。
「……そうか。分かりましたわ」
彼女は、冷めた紅茶を一口飲んだ。
「彼は、完成された宝石には興味がないのです。 手間をかけ、磨き上げ、隠れた輝きを引き出す……その『物語』を愛していらっしゃるのね」
彼女は震える指でコメントを打った。
『カゲ: ……素晴らしい輝きですわ。そのボルトが、世界で一番の幸せ者に見えます(嫉妬)』
『あ、カゲちゃんありがとう! でもボルトだよ? 幸せ者って……あはは、面白い表現だね!』
ルルは無邪気に笑った。 その笑顔を見ながら、栞はロンドンの夜景に向かって誓った。
「……覚えてらっしゃい。 いつか私も、貴方の手で、そのボルトのようにクタクタになるまで磨かれて……貴方色に染め上げられてみせますわ」
彼女は、ボルトに対して抱いた奇妙なライバル心を胸に、 「……まずは、全身エステの予約を入れなくては」 と、自分磨き(物理)の計画を立て始めるのだった。 令嬢の嫉妬の対象が、ついに「産業廃棄物」にまで及んだ夜だった。
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