表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/64

第63話 【財界の王】ですが、推しが「HDDのデフラグ画面」を肴に晩酌し始め、虚無の時間に耐えられず寝落ちした

「……ふん。今日の会食は退屈であったわ」


午後21時。 御子柴みこしば 厳蔵げんぞうは、都内の自宅(豪邸)のリビングで、高級スーツのネクタイを緩めた。 先ほどまで、政財界の重鎮たちとの会合に出席していたが、中身のない腹の探り合いばかりで、彼の闘争心を満たすものは何もなかった。


「やはり、ワシの魂を震わせるのはルルの配信だけじゃ」


彼は最高級の安楽椅子に深く腰掛け、晩酌用の大吟醸を用意した。 今日の配信タイトルは『まったり晩酌枠』。 ルルと画面越しに乾杯し、一日の疲れを癒やす。 厳蔵にとって、これ以上の贅沢はない。


『こんこん! こんばんは、ルルだよー! みんな、お酒やお茶の準備はいいかな?』


「うむ。準備万端じゃ。さあ、今日は何を語り合うのかな?」


厳蔵は酒を一口含み、期待に胸を膨らませた。 しかし。


『今日はね、僕の大好きな「とある映像」を見ながら、ダラダラ飲もうと思います! ……スイッチ・オン!』


画面が切り替わる。 そこに映し出されたのは、ゲーム画面でも、映画でもなかった。


無数の「四角いマス目」が並ぶ、灰色背景のウィンドウ。 時折、黄色や赤のブロックがチカチカと点滅し、青いブロックに置き換わっていく。


「……なんじゃこれは? テトリスか? いや、ブロックが落ちてこんぞ。故障か?」


厳蔵は老眼鏡の位置を直した。 画面の下には、懐かしいフォントでこう書かれていた。 『ドライブ C: のデフラグ(最適化)を実行中…… 3% 完了』


   ◇


『懐かしいでしょー! 昔のPCのデフラグ画面だよ!』


ルルは嬉しそうにビール缶を開けた。


『この、バラバラだった赤いブロック(断片化ファイル)がさ、整然とした青いブロックに整理されていく様子……。 見てるだけで、脳みそのシワが伸びる気がしない? さあ、この「読み込み中」の黄色い点滅に……乾杯!』


「……は?」


厳蔵の手が止まった。 デフラグ。HDDの整理整頓。 それは、かつてパソコンが遅かった時代、寝る前にセットして放置するものであり、「酒の肴」として観賞するものではない。


『あ! 見て見て! あそこの頑固な赤ブロック、やっと移動したよ! えらいねぇ~、頑張ったねぇ~』


ルルは、ただ四角い色がカチカチと変わるだけの映像に、拍手を送っている。 BGMはない。 聞こえるのは、ルルの咀嚼音と、時折入る「おっ、動いた」という呟きだけ。


(……動かん)


厳蔵は画面を睨みつけた。 進捗バーはまだ『4%』。 現代の爆速SSDに慣れた身には、この牛の歩みのような進捗は、拷問に近い「虚無」だった。


『ミケ: ……ルルよ。これはいつ終わるのじゃ? 派手なアクションはないのか?』


コメントを打つが、ルルは恍惚とした声で答える。


『うーん、この容量だと……あと3時間くらいかな? 何も起きない時間を楽しむのが、大人の贅沢だよぉ~』


「3時間……だと……?」


厳蔵は絶句した。 彼は「財界の王」だ。 分刻みのスケジュールで生き、常に結果とスピードを求めてきた男だ。 そんな彼に、「ただ色が代わるだけの四角形を3時間見つめろ」というのは、もっとも苦手とする苦行だった。


(……いかん。ワシとしたことが、集中力が……)


画面の中では、黄色いブロックがチカチカと点滅を繰り返している。 チカ、チカ、チカ……。 一定のリズム。 変化のない画面。 ルルの優しい、眠りを誘うようなウィスパーボイス。


『……ふふ。次はどこのブロックが青くなるかなぁ……』


その声は、まるで極上の子守唄のように、厳蔵の脳に染み渡っていく。


(……この……ゆったりとした……時間……。 これが……ルルの言う……贅沢……なの、か……)


厳蔵のまぶたが、鉛のように重くなる。 数兆円の商談でも、銃を突きつけられた時でも、決して目を閉じなかった男が。 今、HDDの断片化解消プロセスの前で、抗えない睡魔に襲われていた。


(……ルル……じいじは……もう……)


カクン。


   ◇


「……はっ!?」


厳蔵が飛び起きた時、外は白み始めていた。 朝だ。 テレビ画面には、配信終了の黒い画面と、チャットのリプレイが流れている。


「し、しまった……! 寝落ちしたか!?」


彼は慌ててログを確認した。


『ルル: あれ? ミケさん静かになっちゃった。寝ちゃったかな? ふふ、ゆっくり休んでね。おやすみ』


「不覚……! 生涯初の寝落ちを……!」


厳蔵は頭を抱えた。 だが、不思議と体は軽かった。 昨日の会食のストレスも、長年の不眠気味だった疲れも、嘘のように消えている。


「……そうか。あやつは、知っていたのか」


厳蔵は勝手に解釈し、ニヤリと笑った。


「ワシが疲れているのを察して、あえて退屈な映像で脳を休ませてくれたというわけか。 ……やるではないか、ルルよ。最高のヒーリングであったわ」


彼はスッキリとした顔で立ち上がり、朝の体操を始めた。 ただのデフラグ画面で熟睡しただけなのだが、孫への愛が強すぎる彼は、それを「高度な気遣い」として受け取り、今日も元気に日本経済を回しに行くのだった。

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


もしお気に召しましたら、作者のやる気アップのために

ブックマークや評価やスタンプで応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ