第59話 【閑話】同接7人の配信者ですが、会社の同僚とデートすることになった
今回も裏サミット無しDayです
「……お待たせしました、小暮さん」
週末の夕暮れ時。 待ち合わせ場所に現れた 影山 栞を見て、小暮 譲は息を呑んだ。
彼女は現在、ロンドン支社に出向中だが、一時帰国しているらしい。 「海外生活の息抜きに、日本の美味しいご飯が食べたい」と誘われ、彼女の行きつけだという店を小暮が予約したのだが……。
(……あれ? なんか雰囲気違くないか?)
いつもの会社での彼女は、地味なスーツに分厚い眼鏡、ひっつめ髪だ。 しかし今日の彼女は、髪を下ろし、コンタクトにしているのか瞳が澄んでいる。 服装も、派手ではないが、素人目にも分かるほど上質な生地のワンピース。 シンプルだからこそ、彼女本来のスタイルの良さと、気品が際立っていた。
「あ、いえ。僕も来たばかりです。 ……その、影山さん。すごく雰囲気が変わりましたね。綺麗です」
小暮が正直に感想を伝えると、栞は頬を桜色に染めた。
「ありがとうございます。……海外の空気に少し、感化されてしまったかもしれません」
嘘である。 これは彼女が「デート用」に選び抜いた勝負服だ。 小暮はドキドキしながら、彼女をエスコートした。 (これ……完全にデートだよな?)
◇
レストランでの食事は、穏やかに進んだ。 栞が指定した店は、落ち着いた和食割烹。 高級店だが、小暮の財布でも何とか手が届く絶妙なラインだ。
「実は……私の実家、それなりに裕福でして。 こういう古いお店との付き合いだけは長いんです」
食事中、栞が少し申し訳無さそうに切り出した。
「ああ、やっぱり。影山さんの所作、すごく綺麗ですからね。 お嬢様なんだろうなって思ってました」
小暮は驚くこともなく、すんなりと受け入れた。 彼にとって「裕福」とは、「ちょっといい家」くらいの認識だ。 まさか彼女が、世界経済を動かす影山財閥の令嬢だとは夢にも思っていない。
「……小暮さんにそう言っていただけると、嬉しいです」
栞は安堵し、愛おしそうに彼を見つめた。
◇
「ご馳走様でした。美味しかったです」
会計を済ませ、店を出ようとした時だった。
「おや。……栞ではないか」
入り口で、一人の初老の男性と鉢合わせた。 仕立ての良いスーツを着こなし、鋭い眼光を放つその男。 ただならぬ威圧感に、小暮は思わず背筋を伸ばした。
「お父様……」
栞が小さく呟く。 この男こそ、影山財閥の現当主であり、栞の父だ。 父は、娘の隣にいる冴えない青年(小暮)を値踏みするように一瞥した。
(……ふむ。娘が「重要な商談」と言うから見逃していたが、まさか男と会っていたとはな。 服装のコーディネートにスタイリストを使っていない。靴も既製品。 ……どこにでもいる凡庸な男に見えるが)
父の目は冷ややかだった。 しかし、ふと小暮の左腕に目が留まった瞬間、その目が驚きに見開かれた。
「……む、君。その時計は……」
「えっ? あ、はい」
「……スイスの古豪メーカーの機械式だな。 だが、そのモデルは50年前に廃盤になり、内部パーツの供給も止まっているはず。 なぜ動いている?」
父は時計コレクターでもあった。 金を出せば買える時計には興味がないが、維持不可能なはずのアンティークが、完璧なリズムで時を刻んでいることに興味をそそられたのだ。
小暮は、少し照れくさそうに袖をまくった。
「よくご存知ですね。これ、祖父の形見なんです。 修理に出しても断られちゃったんで……自分で直しました」
「自分で?」
「はい。工場にある旋盤を借りて、歯車を何個か削り出しまして。 摩耗したピニオンは、友人の……あ、いや、知り合いの技術者にアドバイスをもらって、焼き入れからやり直したんです。 なんとか動くようになって、愛着が湧いちゃって」
小暮は「エンジニアの顔」で楽しそうに語った。 adminやドクターといった超一流の友人たちの助言と、小暮自身の執念深い手作業。 その結晶が、この時計だった。
「……ほう」
父の表情が変わった。 単なる「金持ち」には真似できない、本物の「職人」への敬意。
「……面白い。良い仕事をしているな。 その時計、大切にしたまえ」
「はい! ありがとうございます!」
父は最後にニヤリと笑い、栞に向かって「ゆっくりしていきなさい」と言い残して奥の個室へと消えていった。
◇
「……びっくりしました。お父様だったんですね」
「ふふ。父があんなに食いつくなんて、珍しいですわ」
店の外。夜風が火照った頬に心地よい。 栞は、いたずらっぽい笑みを浮かべて小暮を見上げた。
「偶然とはいえ、父に会うことになるなんて……。 これではまるで、『顔見せ』みたいになってしまいましたわね?」
「えっ!? か、顔見せって……そ、それは……!」
小暮は真っ赤になって狼狽えた。 「ご両親への挨拶」という意味を察し、心臓が跳ね上がる。 そんな彼を見て、栞はクスクスと笑った。
「冗談ですわ。……でも、小暮さんなら、父とも仲良くなれそうです」
「そ、そうですかね……。だといいんですが」
小暮は頭をかきながらも、満更でもない気持ちで、隣を歩く彼女との距離を少しだけ縮めた。
◇
その夜。 小暮は自宅に戻り、いつものように配信の準備をしていた。
「……」
『今日の出来事』を話すのが、いつものルーティンだ。 美味しいご飯を食べたこと。綺麗な同僚と会ったこと。 いつもなら、嬉々としてリスナーに報告するはずだった。
けれど。
(……なんか、言いたくないな)
今日のあの時間は、配信のネタにするには、あまりにも「特別」すぎた。 自分だけの思い出にしておきたい。 そんな独占欲と、少しの気恥ずかしさが、彼の口を重くさせた。
「……よし」
配信開始ボタンを押す。
「こんばんわー! 今日はね、家でのんびりゲームしてたよ! 積みゲー消化枠、やっていこうかー!」
彼は、デートの事実を隠し、嘘をついた。
その配信を、ホテルのベッドで見守っていたカゲ(栞)は、スマホの画面に向かって、とろけるような笑みを浮かべた。
『カゲ: (……あら。今日のこと、お話しにならないのですね)』
普段は何でも話す彼が、私との時間のことは秘密にした。 それはつまり、彼にとっても今日の出来事が「ただのネタ」ではなく、「大切なプライベート」として認識されたという証拠。
「……ふふっ。これは、少しは脈があったと思ってもよろしいのかしら?」
栞は枕に顔をうずめ、足をバタバタさせて悶絶した。 カゲ落ちる夜は、甘く更けていくのだった。
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