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第56話 【AIの支配者】ですが、世界規模のサイバーテロを片手で鎮圧し、サーバーリソースを「推しのための領域」に確保した

「――コードレッド! 第7セクター、論理防壁が突破されました!」

「ダメです! 敵のマルウェアが『学習』しています! ファイアウォールを張るたびに、それを餌にして進化している……!」


アメリカ、シリコンバレー。『Nebula Corp』本社、中央管制室。 巨大なスクリーンには、幾何学的な紋様が蠢く不気味なグラフが映し出されていた。 正体不明のハッカー集団が放った、『自己進化型多層(ポリモーフィック)ウィルス(ワーム)』。 それは、Nebula Corpが管理する世界中のクラウドサーバーの(カーネル)に侵入し、金融・交通・国防システムを次々と書き換え、支配下に置いていた。


「世界のインフラが……乗っ取られる……!」

「CEOはどこだ!? アレンCEOを呼べ!!」


絶望的な空気が支配する中、自動ドアが静かに開いた。


「……騒がしいな」


現れたのは、黒いパーカーを羽織った青年――アレン(admin)。 彼は片手にブラックコーヒーの入ったマグカップ、もう片手にタブレットを持ったまま、欠伸を噛み殺して入室した。


「ボス! 世界の危機です! 敵のAIが我々のセキュリティAIを捕食して巨大化しています!」 「黙れ。状況は把握している」


アレンは部下をどかし、メインコンソールの前に座った。 その表情は、人類の敗北に対する焦りではなく、単なる「不機嫌」に彩られていた。


(……チッ。あと3分で小狐ルルの定期配信が始まるというのに)


彼は腕時計を一瞥した。 このウィルスがサーバーのリソースを食い荒らしているせいで、世界中の処理速度が低下している。 このままでは、ルルの配信エンコード処理に「0.01秒の遅延」が生じる可能性がある。 ルルの美しい歌声に、わずかでもノイズが乗るなど言語道断だ。


「……身の程知らずめ」


アレンのアイスブルーの瞳が、絶対零度に冷え込んだ。 世界の支配権などくれてやる。 だが、私の推しの配信環境(聖域)に土足で踏み込むことだけは、神に代わって私が裁く。


「……ボス? 両手を使わないんですか?」


部下が恐る恐る尋ねる。 アレンは左手でコーヒーを啜りながら、右手一本でキーボードに触れた。


「必要ない。……片手で十分だ」


ダダダダダッ!!


凄まじい音が響いた。 片手とは思えない速度。指が残像となり、モニターには人間の視覚を超えた速度でコードが流れていく。 彼はウィルスを「駆除」しているのではない。 進化し続ける敵AIに対し、さらに上位の「論理パラドックス」を注入し、リアルタイムで構造を書き換えているのだ。


「学習機能付きか。悪くない構造だ。 ……だが、私の思考速度(クロック)には遠く及ばない」


敵AIが「防御」を学習する前に、アレンは「捕食」のコードを打ち込む。 デジタルの世界において、彼は絶対的な神だ。


「チェックメイトだ。 ……カウンタープログラム『Genesis(天地創造)』、実行」


彼がEnterキーを叩いた瞬間。 画面上で暴れまわっていた赤いウィルスが、一瞬で青い光の粒子へと分解された。 アレンは、敵が奪っていた膨大な計算リソースを解放するのではなく、強制的に自社の管理下へと吸収合併したのだ。


「敵の演算能力を全て吸収完了。 ……これを全て、『優先レーン』のエンコード処理に割り当てる」


世界中を恐怖に陥れたスーパーウィルスの残骸は、今や「小狐ルル専用の最高級グラフィック処理エンジン」へと生まれ変わった。


「これでよし。……ラグ、ゼロ確認。画質、理論値限界へ」


彼は満足げにコーヒーを飲み干した。 世界を救ったのは「ついで」であり、彼の目的は最初から「推しの超高画質化」だけだったのだ。


   ◇


その夜の配信。


「わこつー! こんばんは、みんな!」


小狐ルルは、驚いたように画面を覗き込んだ。


「あれっ? なんか今日、画質がめちゃくちゃ良くない!? 髪の毛一本一本までツヤツヤに見えるよ! 4K超えて8Kくらいありそう!」


ルルは嬉しそうにアバターを動かしている。 世界中で「謎のウィルスが一瞬で消滅した」というニュースが流れる中、彼の配信だけは、人類の科学力の結晶のような美しさで輝いていた。


『admin: ……サーバーのリソースを最適化した。君の輝きは、いかなるノイズにも邪魔させない』


『ミケ: (……おいアレン。さっきのウィルス騒動、貴様が握りつぶしたのか? 犯人のハッカーたちが「神の怒りに触れた」と自首してきたぞ)』

『リョウタ: (……世界を滅ぼす兵器を、推しの画質向上エンジンにリサイクルしたのか。狂ってやがる……)』


ルルは、自分の画質を上げるためだけに、世界最強のAI使いがサイバー戦争を終わらせたことなど露知らず。


「あはは、adminさんありがとう! 技術の進歩ってすごいねぇ!」


そう言って無邪気に笑った。 その笑顔を、究極の解像度で見つめながら、アレンは至福の溜息をもらした。 「……ああ。この笑顔のデータを保存するためなら、サーバーなど幾らでも増設してやる」

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


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