第55話 【支配する令嬢】ですが、ロンドンの社交界を笑顔一つで牛耳り、裏で「推しのアンチ」を社会的に抹殺した
「……ミス・カゲヤマ。今夜の貴女は、宝石よりも美しい」
ロンドン、バッキンガム宮殿近くの歴史ある迎賓館。 欧州の王族や財界人が集う晩餐会で、影山 栞は優雅に微笑んでいた。 背中の開いた深紅のドレスを纏い、流暢なクイーンズ・イングリッシュで紳士たちを翻弄するその姿は、まさに「東洋の華」。
しかし、彼女の前に立ちはだかるのは、欧州通信業界のドン、ウィリアム卿。 彼はワイングラスを揺らしながら、底意地の悪い笑みを浮かべた。
「ところで、影山グループとの提携の話だがね。 我が社の条件を飲めないなら、欧州での通信インフラの使用権を制限させてもらうよ? ……まあ、今夜、私の部屋でゆっくり話し合えば、考え直してもいいがね」
露骨な脅しと誘惑。 周囲の貴族たちが息を呑む中、栞は表情一つ変えずに扇子を開いた。
「あら、奇遇ですわね、卿。私もご相談がありましたの」
「ほう?」
「貴社が粉飾決算隠しのために利用している、ケイマン諸島のペーパーカンパニー……。 その口座情報、なぜか私の手元にありますのよ?」
栞はスマホの画面をチラリと見せた。 そこには、ウィリアム卿が墓場まで持って行くはずの裏帳簿が表示されていた。
「な、なぜそれを……!?」
「影山の情報網を甘く見ないでくださいまし。 ……さあ、卿? このデータを英国税務当局にプレゼントされたくなければ、『影山グループに有利な条件で』契約書にサインしていただけますわよね?」
「……あ、悪魔だ……」
ウィリアム卿はガタガタと震え、膝から崩れ落ちるようにサインに応じた。 栞はニッコリと微笑み、彼の方をポンと叩いた。
「素晴らしい決断ですわ。……では、失礼。少し化粧室へ」
彼女は、欧州のドンを赤子の手をひねるように制圧すると、何事もなかったかのようにその場を離れた。 まるで、ハエを追い払うような手軽さで。
◇
バルコニーに出た瞬間。 栞の表情から「社交界の華」の仮面が剥がれ落ち、「冷徹な支配者」の顔が現れた。
懐のスマホが、特定のバイブレーション(緊急警報)を告げている。 『警告:ルルの配信コメント欄に、悪質な荒らし(アンチ)出現』
画面には、ルルの配信アーカイブコメント。
『アンチA: つまんね。声キモいんだよ引退しろ』
『アンチA: 住所特定してやるからな』
「……ゴミ虫が。私の安息の時間(ルル様の配信)を汚すとは」
栞の瞳に、ウィリアム卿に向けたものとは比較にならない、絶対零度の殺意が宿る。 彼女は、ロンドンの夜景を見下ろしながら、日本の私設部隊へ直通回線を繋いだ。
「……私です。ターゲット確認。 東京都杉並区のアパート、IPアドレス〇〇……。 ネットカフェからの書き込みですが、会員証データから個人は特定済みですわね?」
『はっ。確保班が現地へ向かっております』
「物理的な接触は不要よ。……社会的に消しなさい」
栞は、シャンパンを一口含み、淡々と処刑命令を下した。
「勤務先へは、彼の裏アカウントでの誹謗中傷ログと、社外秘情報の持ち出し履歴を匿名で送信。 大家へは、近隣トラブルの捏造証拠を送付して退去勧告を。 ……ああ、それからご実家のご両親にも、息子の『ネットでの活躍』を丁寧に教えて差し上げて」
『御意。……直ちに執行します』
「10分以内に終わらせて。ルル様が気づく前に」
通話を切る。 日本時間の深夜。 ルルの配信を荒らしていた男の元には、明日、会社からの解雇通知、アパートの退去命令、そして実家からの絶縁宣言が同時に届くことになるだろう。 人生詰み(ゲームオーバー)だ。
だが、そんな「冷徹な支配者」の顔をした彼女ががLINEの画面を開いた瞬間――。
「……ふふっ」
それまでの絶対零度の表情が嘘のように溶け、花が咲くように口元が緩んだ。
『小暮さん: ロンドンの写真ありがとうございます。すごく綺麗ですね。影山さんも風邪ひかないでくださいね』
たった一言の労いのメッセージ。 それを見ただけで、彼女の頬は朱に染まり、瞳は恋する乙女のように潤む。彼女はうっとりとした手付きで返信を打った。
『栞: まあ、嬉しい。小暮さんのそのお言葉だけで、私はどんな敵とも戦えますわ(ハート)』
送信完了。 所要時間、わずか2秒。
そして――
◇
「……掃除完了」
栞は再びスマホを確認した。 アンチのコメントは綺麗に消え、アカウントごと削除されている。
「ふふっ。今日も可愛い」
栞は満足げに微笑み、スマホに口づけを落とした。 そして、再び「社交界の華」の仮面を被り、煌びやかなホールへと戻っていった。
会場では、まだウィリアム卿が青い顔で震えている。 栞は彼に向かって、極上の笑顔でグラスを掲げた。
「お待たせしました、卿。 ……さあ、楽しいパーティーの続きを始めましょうか?」
その美しさに、会場中の視線が釘付けになる。 彼女がたった今、欧州の経済界を牛耳り、同時に地球の裏側で一人の男の人生を終わらせてきたことなど、知る由もない。
◇
その夜(日本時間の翌日)。
「みんなー! 今日も平和だねぇ」
小狐ルルは、のんびりと配信をしていた。 そのコメント欄には、何食わぬ顔で参加するカゲの姿があった。
『カゲ: ルル様。ロンドンは今夜も美しい月夜ですわ。貴方の声が何よりの癒やしです』
『ミケ: (……ウィリアム卿が引退するというニュースが入ったが……まさかな)』
『admin: (……日本のネットカフェで男が発狂して連行されたというログがある。……偶然か?)』
『リョウタ: (カゲさん、なんか一回りデカくなってないか? ラスボス感がすごいんだけど……)』
ルルは、自分の知らないところで、世界規模の「掃除」が行われていることなど露知らず。
「カゲちゃんも、海外でのお仕事がんばってね! お土産話待ってるよー!」
そう言って手を振った。 その無垢なエールを受けた栞は、ロンドンのホテルで頬を染め、とろけるような甘い声で呟いた。
「ええ。貴方のためなら、世界中どこだって平らげてみせますわ……♡」
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