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第54話 【孤独な天才】ですが、人類のエネルギー問題を解決する研究をしていたが、推しの配信に間に合わせるため定時内で世紀の新発見をした

「……おい、如月きさらぎ。今日は徹夜だぞ」


午後17時00分。 国際エネルギー研究所、第1実験棟。 研究チームのチーフが、重苦しい声で告げた。 目の前の巨大モニターには、核融合炉のシミュレーション結果が真っ赤な「ERROR」を表示している。


「プラズマの制御がどうしても安定しない。 この計算式の修正には、スパコンを使っても最低で72時間はかかる。 ……人類のエネルギー革命は、また数年お預けか」


研究員たちが絶望的なため息をつき、寝袋の準備を始めようとした時だった。


「……断る」


冷徹な声が響いた。 如月きさらぎ 恭介きょうすけが、白衣を脱ぎながら腕時計を見ていた。


「は? 如月、お前何を言って……」


「定時だ。私は帰る」


「バカな! このトラブルを放置して帰る気か!? これは国家プロジェクトだぞ! 責任感はないのか!」


チーフが激怒して掴みかかろうとするが、恭介は冷ややかな目で見返した。


(……責任感? あるに決まっているだろう。 今夜19時は、小狐ルルの『耐久歌枠』だ。 開始の挨拶からリアタイし、適切なタイミングで高額スパチャを投げる。 これ以上の責務が、この宇宙にあるか?)


恭介にとって、残業など論外だった。 ここから自宅まで電車で45分。 シャワーを浴び、視聴環境(プロジェクターと音響)を整え、待機画面で正座するには、今すぐに出なければならない。


「……チッ。邪魔だ」


恭介は舌打ちをした。 このままでは、無能な同僚たちに引き止められ、貴重な「待機時間」が削られる。 ならば、取るべき手段は一つ。


「――退路かえりみちを開く」


恭介は白衣を再び羽織り、ホワイトボードの前に立った。


「どけ。私がやる」


「は? お前、何を……」


恭介はマーカーを握ると、鬼のような形相で数式を書きなぐり始めた。


「エラーの原因は第3セクターの熱干渉ではない。磁場のねじれ角の計算ミスだ。 従来の『トカマク型』の理論に固執するから解けないんだ。 ここに虚数解を代入し、次元を一つ落として再計算すれば……」


カツカツカツカツッ!! マーカーが悲鳴を上げ、ホワイトボードが黒く埋め尽くされていく。 その速度は、人間の処理能力を超えていた。


「な、なんだその式は!? 既存の物理法則を無視しているぞ!?」

「うるさい! 結果を見ろ!」


恭介はエンターキーを叩きつけた。 再シミュレーションが走る。 赤い「ERROR」の文字が消え、美しい緑色のグラフが描かれた。


『SUCCESS(制御成功)』

『エネルギー変換効率:∞(無限)』


「な…………!?」


研究員全員が、顎が外れるほど口を開けた。 数十年かかると言われた「常温核融合の安定化」。 人類が夢見た「無限のエネルギー」が、たった今の3分間で証明されてしまったのだ。


「う、嘘だろ……。世紀の……いや、人類史の特異点だぞ……!」

「如月! お前、なんてことを!」


歓喜と畏怖で震える同僚たちを尻目に、恭介はマーカーを放り投げた。


「計算は合ったな。 ……これで文句はあるまい。残りのデータ整理は貴様らでやれ」


「えっ!? ちょ、待て如月! 記者会見は!? ノーベル賞は!?」


「興味ない。……お疲れ」


恭介はIDカードをリーダーにかざした。 『退勤:17時15分』。 ギリギリ許容範囲だ。


彼は呆然とする研究員たちと、世界を変えてしまったホワイトボードを残し、風のように研究所を去っていった。 その背中は、「人類の救世主」などという安い称号よりも、「推しの配信に間に合ったオタク」の喜びに満ちていた。


   ◇


午後19時00分。自宅マンション。 恭介は、完璧に整えられた防音室で、ペンライトを握りしめていた。


『わこつー! こんこん、ルルだよー!』


「……ああ。間に合った」


画面の中のルルが微笑む。 恭介は、安堵と共に深く息を吐いた。 研究所での偉業など、もう記憶の片隅にもない。


「ルルの笑顔……これこそが、私にとっての『無限エネルギー』だ」


彼は真顔で呟き、キーボードを叩いた。


『ドクター: (赤スパ)今日もいい声だ。……研究の疲れが吹き飛ぶ』


世界中のニュース速報が「謎の日本人科学者がエネルギー問題を解決!」と騒ぎ始める中、その当事者は、画面の向こうの狐耳の少年に向かって、幸せそうにペンライトを振るのだった。

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