第49話 【何者でもない父】ですが、怪物たちが群がる男の正体に気づいてしまい、ひょんなことから推しと「パパ友」のような会話をした
「……嘘だろ。まさか、な」
土曜日の午後。 田中 良太は、自宅のリビングでスマホのニュースを見て絶句していた。
『Nebula CorpのCEO、日本のIT万博にサプライズ登場』
『御子柴重工の会長、新会社パーティーで無名のエンジニアと談笑』
『剣崎大臣、図書館開所式で市民と異例の長話』
これら全てのニュースの映像の端っこに、同じ一人の青年が映り込んでいる。 地味で、少し猫背で、優しそうな目をした青年。
良太は「裏サミット」のメンバーだ。 怪物たちが最近、リアル接触計画を実行していることを知っている。 つまり、この青年こそが。
「彼が……小暮 譲くん。 小狐ルルちゃんの中の人……!」
良太は震えた。 自分だけは、計画も調査もしていない。 ただ、怪物たちの派手すぎる動きをニュースで見ていただけなのに、消去法で正体にたどり着いてしまったのだ。
「……知ってしまった。でも、俺なんかが会いに行っちゃダメだ」
彼はスマホを置いた。 自分はただのファンだ。平凡なサラリーマンだ。 怪物たちのように、彼に何かを与えられる存在じゃない。 この秘密は墓場まで持っていこう。そう決めたはずだった。
◇
「パパー! 待ってー!」
その数時間後。近所の公園。 良太は、5歳になる娘・結衣を追いかけていた。 休日のパパとしての、いつもの光景だ。
「結衣、走ると転ぶぞー」
「あ! 風船!」
結衣の手から、遊園地でもらった風船がすっぽ抜けた。 風船はふわふわと舞い上がり、公園の大きな木の枝に引っかかってしまった。
「あーん! パパー! 風船とってー!」 「えぇ……結構高いな……」
良太は木を見上げた。登れない高さではないが、運動不足の三十代にはキツイ。 あたふたしていると、ベンチで本を読んでいた一人の青年が立ち上がった。
「……あの、大丈夫ですか?」
「え?」
良太が振り向くと、そこにはパーカー姿の青年が立っていた。 少しボサボサの髪。眠そうな目。 しかし、その顔には見覚えがあった。
(……!! ルルちゃんだ……!)
さっきニュースで見たばかりの顔だ。 まさか、近所の公園にいたなんて。
「あ、すみません。娘の風船が……」
「ああ、あれですね。僕、登りますよ」
小暮は身軽に木に足をかけた。 「よいしょっ、と……」 エンジニアとは思えない軽快な動きで枝に手を伸ばし、風船をキャッチする。 そして、トンッと着地した。
「はい、どうぞ」
小暮は、しゃがみ込んで結衣に風船を渡した。 その笑顔。 いつもの配信で、リスナーに向けられるあの温かい笑顔そのものだった。
良太の心臓が早鐘を打つ。 目の前に「推し」がいる。 「いつも見てます」と言いたい。「リョウタです」と名乗りたい。 喉元まで出かかった言葉を、彼はぐっと飲み込んだ。
今の彼は、ただの「親切なお兄さん」として振る舞っている。 なら、自分も「ただの父親」として接するのが礼儀だ。
「……ありがとうございます。助かりました」
良太は深々と頭を下げた。
「いえいえ。子供って、風船好きですよね」
「ええ。手放すとすぐ泣いちゃうんで……本当にヒーローですよ、貴方は」
「ははっ、ヒーローだなんて。ただのお節介です」
小暮は照れくさそうに鼻をかいた。 その仕草。謙虚な物言い。 (……ああ、やっぱり。俺が思った通りの人だ)
怪物たちが群がるような「特別なオーラ」なんてない。 どこにでもいそうな、善良で、少し照れ屋な青年。 だからこそ、ルルちゃんの言葉はあんなにも心に響くのだ。
「……お兄さん、良いパパになりそうですね」
良太は、思わずそんな言葉を口にしていた。 それは、彼なりの最大限の賛辞だった。
「えっ? ぼ、僕がですか? いやぁ、まだまだ自分のことで精一杯で……想像もつかないですよ」
小暮は苦笑いしながら、またベンチに戻っていった。 良太はそれ以上踏み込まなかった。 連絡先も聞かない。名乗りもしない。 ただ、静かに一礼して、その場を離れた。
「パパー、あのお兄ちゃん誰?」
結衣が風船を握りしめて尋ねた。 良太は、遠ざかる小暮の背中を見つめながら、誇らしげに答えた。
「……パパたちの、大事な友達だよ」
◇
その夜の配信。
「みんな聞いて! 今日、公園ですごくほっこりしたことがあって」
小狐ルルは、穏やかな顔で語り始めた。
「女の子の風船をとってあげたんだけどね。 そのお父さんが、すごく丁寧で優しそうな人だったの。 なんていうか……リョウタさんって、リアルだとあんな感じの人なのかなぁって思っちゃった」
ルルは嬉しそうに笑った。
「短い会話だったけど、なんだか安心したなぁ。 僕もいつか、あんなお父さんになれたらいいな」
その言葉に、コメント欄が反応する。
『ミケ: ほう、公園か。平和な日曜日だな』
『admin: ……「リョウタのような雰囲気」か。ルルがそこまで言うとは、よほどの人格者だったのだろう』
『名無し: いいなー! 私もルルちゃんと公園デートしたい!』
そして、良太は自宅のリビングで、缶ビール片手にキーボードを叩いた。
『リョウタ: ……そうか。世の中には、似たような人もいるもんだな』
心の中でガッツポーズをした。 ミケのように金も使っていない。adminのように技術も使っていない。 ただの「偶然」と「普通」だけで、推しに「理想の父親像」として認知されたのだ。
『リョウタ: (……お前らがどんなにすごくても、今日の「普通の会話」だけは譲れないな)』
良太は、今日一番の美味しいビールを喉に流し込んだ。 それは、何者でもない凡人が、最強の怪物たちに「勝利」した瞬間の味だった。
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