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第48話 【トップアイドル】ですが、家電量販店で初心者のフリをして推しに声をかけ、「先輩」と呼んでアドバイスをねだった

「……よし。変装、完璧」


都内某所。国民的アイドルVtuber『天塚シエル』の中の人――橘 エリカ(たちばな えりか)は、姿見の前でガッツポーズをした。 深めのキャップ、大きめの黒縁メガネ、そして少しダサいジャージ姿。 オーラを完全に消した「地味な一般人」スタイルだ。


彼女は、SNSの特定班並みの情報収集能力で、子狐ルルの中の人、こと 小暮こぐれ ゆずるが週末によく訪れる家電量販店を特定していた。


「いつもは私が『みんなのアイドル』だけど……今日は私が『教わる立場(後輩)』になりに行くの。 待っててね、先輩(ルルちゃん)……!」


彼女は胸を高鳴らせ、休日の街へと繰り出した。


   ◇


大手家電量販店、配信機材コーナー。 小暮 譲は、真剣な眼差しでマイクのスペック表を睨んでいた。


「うーん、ダイナミックマイクにするか、環境音を拾わないように指向性を絞るか……」


彼がブツブツと独り言を言っていると、背後からおずおずとした声が掛かった。


「あ、あのぉ……」


「はい?」


振り向くと、小柄な女性が立っていた。 帽子を目深に被り、どこか頼りなげな様子だ。


「す、すみません。これから配信を始めてみたいんですけど……機械のことが全然分からなくて。 お兄さん、詳しそうだから、教えてもらえませんか?」


エリカ渾身の「ド素人演技」である。 本当はプロ仕様のスタジオ機材をバリバリ使いこなしているが、今日は右も左も分からない初心者のフリを徹底する。


小暮は少し驚いたが、すぐに人の良さそうな笑顔を見せた。


「あ、なるほど。これから始めるんですね。いいですね!」


「はい……! でも、オーディオインターフェース? とか、難しそうで……」


「最初は迷いますよね。 えっと、もし歌枠とかやるならコンデンサーマイクがお勧めですけど、雑談メインならこっちのUSB接続のやつが手軽で音質も十分ですよ」


小暮は専門用語を噛み砕き、丁寧に説明を始めた。 決して知識をひけらかすマウントではなく、相手の目線に立った優しいアドバイス。 エリカはマスクの下で、感動に震えていた。


(……ああ、本物のルルちゃんだ……! 優しい声。丁寧な言葉遣い。 いつもは私がファンに「元気」をあげる側だけど……今は貴方が、私だけのアイドルよ!)


エリカは、計算ではなく本心からの言葉を口にした。


「すごぉい……! お兄さん、教えるの上手ですね! 私、機械音痴だから不安だったけど、なんだか勇気が出てきました!」


「い、いえいえ。僕もただの趣味ですから」


「そんなことないです! ……あの、もしよかったら、『先輩』って呼んでもいいですか?」


「えっ!? せ、先輩!?」


小暮は顔を真っ赤にした。 「いや、そんな、僕なんか……」と狼狽える姿がまた初々しい。


「お願いします、先輩! 私、先輩みたいな配信者になりたいです!」


エリカはメガネ越しの上目遣いで攻め込んだ。 小暮はタジタジになりながらも、頼られることはまんざらでもなさそうに頭をかいた。


「は、はあ……。まあ、僕でよければ……」


「やったぁ! ありがとうございます、先輩!」


   ◇


その様子を、数メートル離れた柱の陰から、偶然居合わせた所属事務所のマネージャーが青ざめた顔で見ていた。


「……おい、嘘だろ。 あの『天塚シエル』が……どこの馬の骨とも知らん男にデレデレしてるだと!?」


彼は冷や汗を拭った。 エリカはプロ意識の塊だ。プライベートでも男性との接触は徹底的に避けている。 それが、あんな無防備な笑顔で、男に媚びを売っているように見える。


「ファンに特定されてばれたら一発アウトだぞ……! 一旦、止めに入らないと……」


マネージャーが踏み出そうとした時、エリカの楽しそうな笑い声が聞こえた。


「あはは! 先輩、それ面白いです!」


その笑顔は、仕事で見せる「完璧なアイドルスマイル」とは違う。 年相応の、ただの少女の無邪気な笑顔だった。


「……はぁ。あんな顔、久しぶりに見たな」


マネージャーは足を止めた。 今日だけは、見なかったことにしよう。 彼はそっとこの場からたちさることにした。


   ◇


その夜の配信。


「みんな聞いて! 今日、お店ですごいことがあったの!」


小狐ルルは、照れくさそうに、でも少し誇らしげに報告した。


「これから配信を始めるっていう女の子に会ってね、機材の選び方を教えてあげたんだ。 そしたらその子に『先輩』なんて呼ばれちゃって……! いやぁ、人に教えるほどの腕じゃないんだけど、頼られるって悪い気しないねぇ」


ルルは鼻の下をこすっている。


「その子、マスクしてたけど目がキラキラしてて、きっと素敵な配信者になると思うな。 頑張ってほしいなぁ」


そのコメント欄は、事情を知る者たちの生温かい反応で溢れた。


『名無し: わぁ、いいなぁ! その子、きっと先輩のアドバイスで大物になるよ! 間違いない!』


『カゲ: ルルさんに声をかけた時点ですでに大物ですわね、そのお方(……あらあら。トップアイドルが初心者のフリとは。芸達者ですこと)』

『ミケ: 先輩呼びか。その女はあざとい手を使うのう』

『リョウタ: (……今の国民的アイドルが、一般人に教えを乞うてたのか。ルルちゃん、前世でどんな徳を積んだんだ?)』


エリカは、高級マンションの自室で、買ってきたばかりの安価なUSBマイク(小暮のおすすめ)を抱きしめていた。 正当な理由と人間関係。 彼女は今日、「可愛がられる後輩」という、アイドル業界では絶対に得られない特等席を手に入れたのだった。


「……ふふっ。おやすみなさい、先輩」

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


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