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第47話 【天才科学者】ですが、試作品のデータ収集という名目で推しの職場に潜入し、被験者(推し)の生態を観察した

「……完璧な理論だ」


国立大学の研究室。 如月きさらぎ 恭介きょうすけは、ホワイトボードに書かれた数式(という名の言い訳)を前に、満足げに頷いた。


彼の手元にあるのは、開発中の『瞬間冷却スプレー・改』。 以前、小暮の会社にモニター提供したものだ。 これを口実にすれば、開発者自らが現場に赴き、使用者の生の声を聞くことは科学的に正当なプロセスとなる。


被験者(ルル)の生体データを直接観測する絶好の機会だ。 ネット越しでは分からぬ、肌の質感、声の周波数、そして匂い……いや、フェロモンデータを採取せねばなるまい」


「教授、顔が怖いです……」 助手が引いているが、恭介は白衣を翻した。 「行くぞ。これは人類の未来(と私の推し活)のための重要なフィールドワークだ!」


   ◇


数日後。都内のIT企業、小暮の勤めるオフィス。


「……えっ? 開発者の方が直接?」


小暮こぐれ ゆずるは、総務部から呼び出され、困惑しながら応接室に向かった。 以前支給された冷却スプレーの感想を聞きたいとのことだが、たかがスプレー一本に開発者が来るなど聞いたことがない。


ドアを開けると、そこには白衣を纏い、鋭い眼鏡をかけた男が座っていた。 その周囲には、緊張した面持ちの助手たちが直立不動で控えている。 異様な威圧感だ。


「し、失礼します。小暮です」


「……入れ」


恭介はゆっくりと顔を上げ、小暮を見た。 その瞬間、恭介の瞳孔が開き、脳内コンピュータが高速回転を始めた。


(……被験者名、小暮譲。 身長172cm、体重64kg。平均的な日本人男性の骨格。 だが……見ろ、あの猫背気味の姿勢! PC作業に特化した進化の形跡だ! そして、あの少し眠そうな目! 深夜まで配信活動に勤しんでいる証拠……! 素晴らしい! 実に美しい「配信者」の標本だ!!)


恭介は小暮を人間としてではなく、希少な「生態サンプル」を見る目で見つめた。 あまりの熱視線に、小暮は思わず後ずさる。


「あ、あの……?」


「……座りたまえ。時間の無駄は嫌いだ」


恭介は咳払いをし、手元のタブレットを起動した。 「単刀直入に聞く。……喉の調子はどうだ?」


「え?」


「スプレーの成分が気化し、粘膜に影響を与えていないかという質問だ。 声枯れはないか? 高音が出にくいなどの症状は? 特に、長時間喋り続けた翌朝の調子はどうだ?」


それは、製品の安全性確認というよりは、「配信者の喉ケア」を心配するファンの質問だった。 しかし、小暮は純粋に「副作用の確認」だと思い込んだ。


「あ、はい。今のところ問題ありません。 むしろ、これを使うと頭がシャキッとして、仕事も……その、趣味の方も捗っています」


「……ほう。『趣味』も捗るか。 睡眠時間は確保できているか? ストレス値は? 変なアンチ……いや、外部からの精神的攻撃による動悸や息切れはないか?」


「えっと……はい、元気です。 最近は楽しいことも多いので、ストレスはあまり感じていません」


小暮が照れくさそうに笑うと、恭介はフッと口角を緩めた。


「……そうか。『楽しい』か。 ……ならば、実験は成功だ」


恭介はタブレットに『被験者:極めて幸福そう。尊い』と入力した。 そして、持参したアタッシュケースを開けた。


「これは改良型の試供品だ。一年分ある。持っていけ」


「えっ!? い、いいんですか!? こんなに大量に……」


「構わん。君の健康(データ)を守るためだ。 ……喉を大切にしろよ。君の声は、多くの人間に影響を与える周波数を持っているからな」


恭介は最後にそう言い残し、白衣を翻して颯爽と去っていった。


   ◇


部屋に取り残された助手たちは、廊下に出た途端、ガクガクと震え出した。


「お、おい……見たか? あの『冷血ドクター』が……!」

「あんな優しい声、初めて聞いたぞ!? 普段なら『被験者の感情などノイズだ』って切り捨てるのに……!」

「あのエンジニア、何者なんだ!? 実は教授の生き別れの弟とか!?」


助手たちの混乱を知る由もなく、恭介は廊下を歩きながら、一人ニヤリと笑った。 「……(ナマ)ルル、確認完了。 肌艶も良し。このまま観察を継続する」


   ◇


その夜の配信。


「みんな聞いて! 今日、会社にすごい人が来たよ!」


小狐ルルは、大量のスプレー缶を並べた話を交えて報告した。


「なんか有名な科学者さんらしいんだけど、白衣着てて、目がギラギラしてて……。 でも、僕の喉のこととか、睡眠時間とか、すっごく心配してくれたんだ! 科学者っていうより、お医者さんみたいだったなぁ」


ルルは首を傾げながらも、嬉しそうだ。


「『君の声は大事だ』って言ってくれて……。 あんなすごい人に認められるなんて、エンジニア冥利に尽きるよね!」


そのコメント欄は、事情を知る者たちの苦笑で溢れた。


『ドクター: ……被験者の健康管理は、開発者の義務だからな。その科学者は職務に忠実なだけだろう』


『admin: (……職務? いや、あれは完全に私情だ。データログに残っているぞ)』

『ミケ: なに?サンプルを一年分も押し付けたのか。……在庫処分か?』

『リョウタ: (……不審者スレスレだけど、ルルちゃんが喜んでるならいいか……)』


ルルは、自分がマッドサイエンティストの観察対象(最愛の推し)として認定され、今後も定期的に「健康診断」という名の聖地巡礼が行われることになるとは知らず。


「あー、このスプレー気持ちいい! 明日も仕事頑張ろうっと!」


シュッ、とスプレーを吹きかけ、無邪気に笑った。 その笑顔のデータは、大学のサーバーの最深部に「最高機密(トップシークレット)」として厳重に保存されたのだった。

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


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