表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/64

第46話 【現職大臣】ですが、推しの近所の開所式に出席し、「市民の声を聞く」という名目で1対1の対話に成功した

「……秘書官。来週の日曜日のスケジュールを空けておきなさい」


永田町、議員会館。 与党政調会長・剣崎 塔子(けんざき とうこ)は、手元のタブレットで地図を確認しながら、静かに命じた。 画面に映っているのは、とある地方都市の小さな「市立図書館」の完成予想図。 そこは、小暮こぐれ ゆずるの住むアパートから徒歩5分の場所だ。


「えっ? ですが先生、その日は派閥のゴルフコンペが……」

「欠席よ。私はもっと重要な『視察』に行かねばなりません」


彼女は眼鏡の位置を直した。 以前、ルルが配信で『近くに図書館ができるんだって! 本がいっぱい読めるね!』と楽しみにしていたのを、彼女は聞き逃していなかった。 開所式当日、彼が現れる確率は極めて高い。


「テーマは『市民との直接対話』。 形式的なテープカットだけではありません。私が直接、来場者の声を聞きます。 ……SPの配置は最小限に。市民(彼)を怖がらせてはいけませんからね」


それは、国政を担う政治家が、たった一人の有権者に会うためだけに仕組んだ、完璧な公務だった。


   ◇


日曜日。晴天。 真新しい図書館の前には、開所を祝う地元住民たちが集まっていた。 小暮 譲もその中にいた。読書好きの彼にとって、近所に図書館ができるのは一大イベントだ。


「すごいなぁ。立派な建物だ」


彼が感心して見上げていると、会場がざわめき始めた。 黒塗りの車列が到着し、SPに囲まれて一人の女性が降りてきたのだ。 ニュースでよく見る、あの鋭い眼光。 剣崎塔子その人である。


「うわ、本物だ……すごい人が来てるんだ……」


小暮は思わず縮こまった。テレビで見る彼女はいつも厳しく、怒っているイメージがある。 自分のような庶民が近づいていい相手ではない。 彼は人混みの後ろの方へ下がろうとした。


しかし。 演台に立った塔子は、鋭い視線で会場を一巡すると、マイクを通さずに宣言した。


「本日は、形式的な挨拶は省略します。 私は今日、この図書館を使う『市民の皆様』の生の声を聴きに来ました」


彼女は壇上を降り、一直線に歩き出した。 まるで、最初から目的地が決まっていたかのように。 モーゼの十戒のごとく人波が割れ、彼女は小暮の目の前で足を止めた。


「……そこの貴方」


「えっ!? ぼ、僕ですか!?」


小暮は裏返った声を出した。 周囲のカメラが一斉に彼に向けられる。


「はい。……貴方は、本がお好きですか?」


塔子の声は、テレビで聞くよりもずっと柔らかく、穏やかだった。 小暮は緊張しつつも、相手の瞳に吸い込まれるように、正直な気持ちを口にした。


「は、はい。大好きです。 本は……その、悩んでいる時とか、寂しい時に、何も言わずにそばにいてくれる友達みたいだなって思うので。 だから、こういう場所が近くにできて、すごく嬉しいです」


それは、飾らない言葉だった。 「税金の無駄遣いだ」とか「蔵書数を増やせ」といった要望ではない。 ただ純粋に、知識と物語への愛を語る言葉。


塔子は、胸の奥が熱くなるのを感じた。 (……ええ。知っています。貴方が配信で、どれほど優しく物語を朗読するか。 貴方のその感性が、どれほど私の夜を救ってくれたか)


「……素晴らしいお考えです」


塔子は、政治家としての仮面を外し、一人の人間として微笑んだ。


「貴方のような方が利用してくださるなら、この図書館も建った甲斐があるというものです。 ……どうか、たくさんの物語と出会ってくださいね」


彼女はそう言って、自然な動作で手を差し出した。 小暮は恐縮しながら、その手を握り返した。


「あ、ありがとうございます……!」


   ◇


その様子を見ていた秘書官や、地元の市長たちは、幽霊でも見たような顔で震えていた。


「おい……見たか? あの『氷の女王』が……笑ったぞ?」

「あんな慈愛に満ちた剣崎先生、見たことがない……」

「あの青年は一体何者だ!? 次期選挙の隠し玉か!?」


周囲の困惑をよそに、塔子は満足げに車上の人となった。 公務完了。 支持率は上がるだろうが、そんなことはどうでもいい。 彼の手の温もりだけで、あと数年は戦える。


   ◇


その夜の配信。


「みんな聞いて! 今日、びっくりしちゃった!」


小狐ルルは、興奮冷めやらぬ様子で報告した。


「図書館の開所式に行ったらね、あの剣崎大臣に話しかけられちゃったの! すごく怖そうなイメージだったけど、実際はとっても上品で、優しい目をした人だったよ」


ルルは嬉しそうに語る。


「僕の拙い話を、うんうんって聞いてくれて……。 握手までしてくれたんだ! 政治家さんって、テレビで見るのと全然違うんだねぇ」


その言葉に、コメント欄が静かに沸く。


『フクロウ: ……それは貴重な体験でしたね。きっと大臣も、貴方の「言葉」に心を動かされたのでしょう』

『ミケ: ……わざわざ地方公務まで入れて会いに行ったのか。暇な政治家め』

『admin: ……ニュース映像を確認。剣崎氏の心拍数とドーパミン分泌量が異常値を記録している。完全に「推し活」の反応だ』


『リョウタ: (大臣が公務中に推しと握手会……。権力の使い方がダイナミックすぎるだろ……)』


ルルは、自分が国の重要人物と一対一で対談し、彼女に「明日への活力」を与えたことなど露知らず。


「あー、緊張したけど嬉しかったなぁ。今度、おすすめの本とか借りに行こうっと!」


そう呟いて、借りてきた図鑑を広げた。 その無垢な横顔をモニター越しに見つめながら、日本の鉄の女は、頬を染めて直筆の日記に今日の出来事を綴るのだった。

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


もしお気に召しましたら、作者のやる気アップのために

ブックマークや評価やスタンプで応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ