第44話 【財界の王】ですが、新会社の設立パーティーに推しを招待し、「偶然」を装ってゲーム談義に花を咲かせた
「……ふん。リョウタの小僧も、たまには良いことを言う」
東京・大手町。御子柴重工の会長室(兼、新ベンチャー『ミコシバ・フロンティア』社長室)。 御子柴 厳蔵は、招待者リストを眺めてニヤリと笑った。
先日の裏サミットで、リョウタは言った。 『正当な理由と人間関係があれば、接触してもストーカーにはならない』と。
「ならば、作ればよい。『ビジネス』という名の最強の正当理由をな」
厳蔵は秘書を呼びつけ、低い声で命じた。
「おい、今度の設立パーティーの招待客リストだが……このIT企業を追加しておけ」
「はっ。社長様をご招待ですか?」
「いや、『現場のエンジニア全員』だ。我が社のVR事業には現場の意見が必要だからな。……これは業務命令だ」
権力の私物化である。 しかし、表向きは「技術提携の模索」という完璧な名目が立っていた。
◇
数日後。都内の超一流ホテルの大宴会場。 シャンデリアが煌めく中、小暮 譲は縮こまっていた。
「……なんで僕、こんな所にいるんだろう」
周りはタキシードやドレスを纏った政財界の大物ばかり。 くたびれたスーツ姿の小暮は、完全に浮いていた。 上司は「御子柴グループからの直々の指名だぞ! 光栄に思え!」と興奮しているが、小暮には胃の痛い時間でしかない。
「(はぁ……早く帰って配信準備したいなぁ……)」
彼が壁の花になってウーロン茶を啜っていた、その時だった。
「――社長の入場です!」
重厚な音楽と共に、扉が開く。 現れたのは、和服をタキシード風に着崩した、岩のような巨体の老人。 日本のフィクサー、御子柴厳蔵だ。 その威圧感に、会場の空気がピリッと張り詰める。
厳蔵は、群がる政治家や媚びへつらう社長たちを「邪魔だ」と一瞥で黙らせると、鷹のような鋭い目で会場を見渡した。 そして、一直線に歩き出した。
「……!? こ、こっちに来るぞ……!?」
小暮の上司が震え上がる。 厳蔵はモーゼの十戒のごとく人混みを割り、小暮の目の前で足を止めた。
「……ほう」
厳蔵は、小暮を見下ろした。
(……ふん、どこにでもおる平凡な青年だ。スーツの着こなしもなっておらん)
だが、その目は違った。 欲望や打算に濁った周囲の人間とは違う、澄んだ瞳。 配信の中で、いつも楽しそうにゲームを語る、愛する孫の目だ。
「……良い目をしているな、若いの」
「えっ? あ、はい……恐縮です」
小暮が直立不動で答える。 厳蔵はSPを手で制し、ニカっと笑った。
「ワシはこの会社の代表、御子柴だ。 ……単刀直入に聞くが、君はゲームは好きか?」
「は、はい?」
突然の質問に、小暮はキョトンとした。
「あ、えっと……はい。好きです。生きがいと言ってもいいくらいに」
「そうか! 実はワシもでな! この新会社は、ワシが死ぬまで遊び倒すための……いや、次世代のエンタメを作るための会社なのだ」
厳蔵は「偶然」を装い、共通の話題を振った。 小暮は最初こそ緊張していたが、「ゲーム」という単語が出た途端、エンジニアのスイッチが入った。
「御子柴社長の構想、ニュースで見ました。フルダイブVRですよね? あれ、今の技術だと遅延の問題がネックだと思うんです。 処理落ちを防ぐには、画質よりもフレームレートを優先すべきで……」
「ほう! 分かっておるではないか! ワシもそう思うのだ! 昨今のグラフィック至上主義は、ゲームの本質を損なっておる!」
「そうなんです! 操作した瞬間のレスポンスこそが命で……!」
二人は年齢差も立場も忘れ、マニアックなゲーム談義で盛り上がり始めた。 厳蔵にとって、金目当てではなく、純粋に「遊び」について熱く語れる相手など、数十年ぶりだった。
その様子を遠巻きに見ていた御子柴重工の役員たちが、顔面蒼白で囁き合う。
「おい、あの『鬼の厳蔵』が……名もなき若造相手に楽しそうに笑っているぞ!?」
「あの方、先ほどの経団連会長への挨拶は『時間の無駄だ』と30秒で切り上げたのに……あの青年とはもう10分以上も話している!」
「あいつは何者だ!? 御子柴の隠し子か!? それとも天才プログラマーか!?」
会場は「小暮譲」という謎の人物への憶測でパニックになっていた。 しかし、当の二人は周りの目など気にしていない。
「……ふむ。君とは美味い酒が飲めそうだ」
ひとしきり語り合った後、厳蔵は満足げに言った。
「今日は楽しかったぞ。また『現場の意見』を聞かせてくれ。 ……これはワシの個人の名刺だ。何かあれば連絡しろ」
「えっ、そんな……滅相もないです!」
「良いから持っておけ。……これは『同志』への敬意だ」
厳蔵は優しい手つきでに名刺を握らせると、再び威厳ある「財界の王」の顔に戻り、悠然と去っていった。 残された小暮は、呆然としながらも、手の中の名刺を見つめ、どこか懐かしい温かさを感じていた。
◇
その夜の配信。
「みんな聞いて! 今日ね、会社の付き合いですごいパーティーに行ったんだけど……」
小狐ルルは、興奮気味に語り始めた。
「そこで会ったお爺ちゃん社長が、すっごく面白くて! 見た目は威厳のある感じで少しだけ怖いんだけど、ゲームの話になったら少年の目をしててさ。 『ラグは敵だ!』って意気投合しちゃったんだ!」
ルルは嬉しそうに笑った。
「なんかね、初めて会った気がしなかったなぁ。 どこか、ミケさんと雰囲気が似てるっていうか……。 ミケさんも、あんな感じのかっこいいお爺ちゃんなのかな?」
その無邪気な言葉に、コメント欄が反応する。
『ミケ: ほう、それは奇遇だな。世の中には、話のわかる老人もいるものだ』
『admin: ……(招待者リストの改竄ログを確認。職権乱用も甚だしい)』
『カゲ: (……まあ。抜け駆け一番乗りはミケ様でしたか。楽しそうですわね)』
『リョウタ: (……小暮くん、よく心臓止まらなかったな)』
『ミケ: ルルよ。その老人との縁は大切にするがよい。きっと力になってくれるはずだ』
厳蔵は、高級ブランデーを揺らしながら、にやりと笑うと画面の向こうの「孫」に乾杯した。 正当な理由と人間関係。 リョウタの助言通り、彼は今日、合法的に「孫のリアルな友人」の座を手に入れたのだった。
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