第43話 第4回・裏サミット開催 ~議題:推しの「監視は怖い」発言への弁明と、ある一言が招いた新たな地獄~
ルルの配信が終わってから翌日。 秘密のチャットルーム『裏サミット』は、かつてないほど重苦しい空気に包まれていた。 議題は一つ。ルルの「見知らぬ人に見られているなんて、ゾッとしちゃう」という発言についてだ。
『リョウタ: ……まあ、みんな落ち込むなよ。ルルちゃんも一般論として言っただけだから』
リョウタが慰めるが、怪物たちのダメージは深刻だった。
『admin: ……私はただ、彼の安全を確保したかっただけだ。GPS常時監視も、バイタルチェックも、全てはリスク管理のために……』
『ミケ: ワシもじゃ。孫の交友関係を興信所で全て洗い出すのは、悪い虫がつかないようにという祖心からで……』
『ドクター: 私のドローン監視網も、彼の健康を守るためだぞ……』
『リョウタ: (……改めて聞くと、全員完全にアウトだな)』
リョウタは頭を抱えた。 こいつらは「愛」という名の元に、息をするようにプライバシーを侵害している。 ルル(小暮)が「ゾッとする」と言ったのは、まさにこの現状のことだ。
『リョウタ: ……いい機会だ。一度整理しよう。 お前ら、ルルちゃんの「中の人」について、どこまで把握してるんだ?』
沈黙の後、彼らは淡々と恐ろしい事実を並べた。
『admin: 本名。都内のIT企業勤務。住所、銀行口座、クレカの暗証番号まで把握済みだ』
『ミケ: 実家の住所、両親の旧姓、小学校の卒業文集の内容まで知っておる』
『ドクター: 先日の健康診断データを入手した。中性脂肪が少し高めだな』
『フクロウ: わたしは……特に……ただ、ルルさんが住んでるところ程度の特定は余裕でしたね。』
『名無し: 私も……住所くらいかな? でもいつでも会いに行けるよ!』
『リョウタ: ……通報レベルを超えてるな。お前ら、絶対リアルで接触するなよ? ストーカーで捕まるぞ』
リョウタは戦慄した。 自分の全てが筒抜けだ。 しかし、彼らが「接触」してこないのは、ひとえに「ネットの住人として推していたい」という奇妙な美学と、「嫌われたくない」という恐怖心があるからだ。
そこへ、一人のメンバーが遅れて入室した。
『カゲ: あら、皆様。暗いお顔ですこと』
昨日、「傷心旅行に出る」と言って消えたはずの**カゲ(影山栞)**だ。
『リョウタ: カゲさん? 旅に出たんじゃなかったのか?』
『カゲ: ええ。空港のラウンジからアクセスしておりますわ。 ……ふふっ。実は私、素晴らしい宝物を手に入れましたの』
『カゲ: うふふ。ルル様の個人の連絡先、ゲットしちゃいましたわ♡ これからは、配信外でもルル様と直接繋がれますの』
『全員: !!?』
チャットルームが爆発した。
『名無し: はぁぁぁ!? ズルい! 抜け駆け禁止でしょ!?』
『ミケ: 貴様! ワシらには「見守る愛」を説いておきながら、自分だけ裏口入学とは何事か!』
『admin: ……説明を要求する。どのようなハッキングを用いれば、相手に拒絶されずに連絡先を入手できる?』
怪物たちがカゲに詰め寄る。 「監視は怖い」と言われた直後に、まさか直接連絡先を入手するとは。 これは明確な裏切り行為だ。
『カゲ: 人聞きの悪いことを言わないでくださいまし。 これは、ご本人から「心配だから」と、自発的に渡してくださったものですわ』
『名無し: 嘘つき! ルルちゃんがそんな簡単に教えるわけない!』
紛糾する場を収めるため、リョウタはため息をつきながらキーボードを叩いた。 彼は昨日の出来事を知っているからだ。
『リョウタ: ……まあ、落ち着けって。カゲさんの言うことは嘘じゃないと思うぞ』
『admin: リョウタ、なぜカゲを庇う?』
『リョウタ: だって、カゲさんはルルちゃんと「リアルの知り合い」なんだろ? しかも、ストーカー被害で弱ってたって聞いたぞ。 「同じ職場の人が困っていて、相談に乗る流れ」なら、連絡先を交換するのは自然なことだろ。 お前らがやってるような「ハッキング」や「身辺調査」とは訳が違う。 「正当な理由」と「人間関係」があったから、仕方なかったんだよ』
リョウタは、極めて常識的な論理でカゲを擁護した。 リアルで接点があり、助け合う理由があれば、連絡先交換はストーカー行為ではない。 それは社会人として当然の理屈だ。
しかし。 その「常識」こそが、怪物たちに「悪魔的ひらめき」を与えてしまった。
『admin: ……なるほど。「正当な理由」と「人間関係」か』
『ミケ: ……そうか。ワシらは「見知らぬ不審者」だから怖がられる。 ならば、「偶然出会った、助け合うべき知人」になれば、合法的に懐に入れるということか』
『ドクター: 物理的な接点を作ればいいのだな? 例えば、道端で倒れて彼に助けさせるとか』
『フクロウ: 彼の会社の取引先として、偶然視察に行けば……』
『名無し: えっ、じゃあ私、ルルちゃんの会社のイメージキャラクターになっちゃえば、会えるってこと!?』
チャットルームの空気が、一瞬で変わった。 「陰から見守る」スタンスだった彼らが、「表から堂々と接触する」方向へ舵を切ったのだ。
リョウタは青ざめた。
『リョウタ: お、おい? 待て。そういう意味じゃなくて……』
『admin: 感謝するぞ、リョウタ。 お前の言う通りだ。ハッキングは無粋だった。 これからは「リアルな偶然(演出)」を計算に入れることにする』
『ミケ: うむ。ビジネスチャンスという名の「きっかけ」を作ればよいのだな。容易いことよ』
『カゲ: あらあら。皆様、野蛮ですわね。 ……でも、私には勝てませんわよ? 私はもう「特別」なのですから』
カゲは高笑いと共にログアウトした。 残されたメンバーたちも、それぞれの「リアル接触計画」を立案するために、無言で退出していく。
『リョウタ: ……あ、あれ? もしかして俺、藪をつついて大蛇を出した……?』
◇
現実世界。 自宅のベッドに入ろうとしていた小暮譲は、突然、全身に凄まじい悪寒を感じた。
「……ぞくっ!!?」
ガタガタと震えが止まらない。 まるで、数千の視線が、ネット越しではなく、玄関のドアのすぐ向こうまで迫ってきているような、生々しい気配。
「な、なんだ……? 風邪か……?」
彼は布団にくるまった。 しかし、その震えは止まらない。 彼はまだ知らない。 明日から、彼の日常に「偶然」を装った怪物たちが、物理的に雪崩れ込んでくることを。
小暮譲の平穏な日々は、ここにして完全に終わりを告げようとしていた。
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