第42話 同接7人の配信者ですが、ストーカーについてよくない事と言及したら、なぜかみんながショックを受けた様子だった
都内某所、IT企業のオフィス。 システムエンジニアとして働く小暮 譲は、給湯室の隅で深刻な表情をしている女性を見かけた。
彼女は総務部の 影山 栞。 普段は眼鏡をかけた地味な社員として振る舞っているが、その所作の端々には隠しきれない気品がある。 (実は彼女こそが影山財閥の令嬢であり、小暮のそばにいるために身分を隠して潜り込んでいるのだが、小暮は「育ちのいい人なんだな」程度にしか思っていない)
「……影山さん? 大丈夫ですか?」
小暮は心配になり、コーヒーを淹れながら声をかけた。 栞はビクリと肩を震わせ、弱々しく振り返った。
「あ……小暮さん。……いえ、大したことでは……ただ、最近少し……視線を感じると言いますか……」
彼女は言葉を濁したが、小暮はピンときた。 最近、会社の最寄り駅で彼女を待ち伏せしている不審な男を見かけたことがあったからだ。 しかし、小暮は知らないことだが実際には、その男は既に影山家の私設部隊によって「社会的・物理的に排除済み」で、彼女は小暮の気を引くために、あえて引き続きか弱い被害者を演じることにしたのだ。
「それ、警察に相談した方がいいですよ。危ないです」
小暮は真剣な顔で言った。 そして、彼女を励ますつもりで、何気なく「正論」を口にした。
「だって、顔も知らない相手に、自分の日常を勝手に監視されてるなんて、すごく恐ろしいことじゃないですか。 プライバシーも何もないなんて、地獄ですよ」
「…………ッ!!?」
その瞬間。 栞の顔から、演技ではない、本物の血の気が引いた。
「えっ? 影山さん?」
「あ、いえ……そ、そうですよね。 顔も知らない相手に……一方的に見られるのは……恐ろしい……ですよね……」
彼女の声が震えている。 小暮の言葉は、ストーカー被害者への慰めだったはずだ。 しかし、彼女にとっては「貴方が毎晩ルルにやっていることは地獄の所業だ」という、推し本人からの死刑宣告に聞こえたのだ。
「す、すみません。少し……目眩が……」
彼女はフラフラと壁に手をついた。 その背中には、計り知れないダメージを負った絶望感が漂っていた。
◇
その夜の配信。
「こんばんは、みんな。 今日はね、ちょっと怖いことがあって」
小狐ルルは、沈痛な面持ちで語り始めた。
「今日、会社の人がストーカー被害に遭ってるって聞いてね。 やっぱり、『見知らぬ人に見られている』っていう感覚は、精神を蝕むんだなって思ったよ」
「僕も配信者だから見られるのは仕事だけど、プライベートまで覗かれたらって思うと……流石にゾッとしちゃうな。 みんなも気をつけてね。ストーカなんて、絶対許されないことだよ!」
ルルは正義感から、強く訴えかけた。 しかし、そのコメント欄は、いつになく静まり返っていた。 いや、動揺していた。
『admin: ……(現在、ルルのスマホのGPSログを削除中)』
『ミケ: ……(探偵に依頼していたルルの身辺調査報告書をシュレッダーにかけながら)』
『ドクター: ……(ルルの健康状態を把握するためのバイタルセンサーハッキングを停止)』
『カゲ: …………』
『リョウタ: お、お前ら……反応がないぞ? どうした?』
全員が、ルルの言葉に心を刺され、血を吐いていたのだ。 彼らは全員、形はどうあれルルの日常を「監視」している。 ルルの「ゾッとしちゃう」という言葉は、彼ら全員に向けられた拒絶の刃だった。
『カゲ: ……ルル様。その方は、とても傷ついていると思いますわ。 ……もしかしたら、その監視者は、歪んだ愛情を持っていただけかもしれませんのに……』
『名無し: カゲさん? なんか必死じゃない?』
『カゲ: うっ……。いえ、少し体調が……。 私、しばらく……旅に出ますわ。自分の行いを、見つめ直すために……』
カゲは、ショックのあまり配信から退出してしまった。 他の怪物たちも、「明日は我が身」と震え上がり、それぞれの監視ツールを(一時的に)オフにするのだった。
◇
翌日。オフィスのロビー。
小暮は、荷物をまとめた栞に呼び止められた。
「あ、小暮さん。……実は私、しばらく海外の支社へ出向することになりました」
「えっ、急ですね。大丈夫ですか?」
「ええ。……昨日の貴方の言葉、胸に響きました。 私、少し疲れていたみたいです。せっかくいただいた機会ですので……環境を変えてきます」
栞は寂しげに微笑んだ。 それは「顔も見えない監視者」であることを否定された彼女なりの、反省の旅立ちだった。
「あの……小暮さん」
栞は去り際に、上目遣いで、潤んだ瞳を小暮に向けた。
「もし……また怖くなってしまった時、相談に乗っていただけませんか? 貴方のような誠実な方に話を聞いていただけると、心が安らぐんです」
「えっ? あ、はい。もちろん」
小暮は慌ててポケットを探った。 弱っている同僚を、放っておくわけにはいかない。 彼はエンジニアらしく、少し不器用に名刺の裏に個人の連絡先を書き込んだ。
「僕なんかでよければ、いつでも。 一応……これ、僕の個人の連絡先です。何かあったら遠慮なく連絡してください」
「……!」
栞は、まるで宝石を受け取るように、そのメモを両手で受け取った。
「ありがとうございます。……ふふっ」
その瞬間。 彼女は、この日一番の、妖艶で、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「心配してくださってありがとうございます。また怖くなったら連絡させてくださいね」
彼女は深く一礼して去っていった。 ストーカー被害を訴え、か弱い被害者を演じることで、相手の良心(心配)を利用し、向こうから自発的に「推しの個人LINE」を差し出させる。 それは、傷ついた彼女が最後に仕掛けた、執念にして完璧な「怪物の手口」だった。
小暮は自分の善意を信じて疑わなかった。 「……少しでも力になれればいいけど」
彼は気づいていない。 自分が、とんでもない「地雷」のスイッチを自ら押してしまったことに。 そしてこの出来事が、他の怪物たちの嫉妬と競争心に火をつけ、物語を加速させることになることを。
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