第39話 【トップアイドル】ですが、推しに「すっぴん(弱さ)」を見せたくて、作られた人気に怯える夜を越えることができた
「……あー、疲れた……」
都内某所の高級マンション。 国民的アイドルVtuber『天塚シエル』の中の人――橘 エリカ(たちばな えりか)は、配信終了と同時にデスクに突っ伏した。 今日の配信も同接50万人超え。SNSのトレンドは「#シエルちゃん天使」「#完璧アイドル」で埋め尽くされている。
しかし、モニターの光が消えた部屋にいるのは、天使ではない。 スウェット姿で、髪はボサボサ、足元にはコンビニの空き容器が転がっている、ただの疲れた人間だ。
「……みんな、騙されてるなぁ」
スマホの画面をスクロールする。 『シエルちゃんはトイレなんて行かない!』 『シエルちゃんは性格も聖女! 欠点なんてない!』
ファンの期待が重い。 彼らが愛しているのは、完璧に作り上げられた「ガワ(天塚シエル)」であって、中身の「橘エリカ」ではない。 もし、私が本当はガサツで、性格が悪くて、すぐに弱音を吐く人間だとバレたら。 この賞賛は一瞬で罵倒に変わり、私は全てを失うだろう。
「……怖いな」
輝けば輝くほど、足元の影が濃くなる。 彼女は、自分が作り上げた虚像に押し潰されそうになりながら、震える手でいつもの「逃げ場所」へ向かった。
◇
「こんばんは、みんな! 今日はパジャマでまったり雑談だよ~」
画面の中では、小狐ルルがヨレヨレのTシャツを着たアバターであくびをしていた。 飾らない、ありのままの姿。 それが、エリカには眩しく、そして羨ましかった。
いつもなら『名無し: ルルちゃん今日も可愛い! 天使!』とハイテンションで書き込むところだ。 でも、今の彼女には、その元気を作る余裕すらなかった。
彼女は、ふと魔が差したように、弱音を打ち込んだ。
『名無し: ……ねえルルちゃん。もし私が、本当は全然可愛くなくて、ダメなやつだったら、嫌いになる?』
送信してすぐに後悔した。 こんな重いコメント、配信の空気を壊してしまう。 すぐに削除しようとした。
しかし、ルルはコメントを拾った。
「ん? 名無しちゃん、どうしたの?」
ルルは、ゲームの手を止めて、画面をじっと見つめた。
「本当は可愛くないって……もしかして、自分はダメだなぁって思っちゃった?」
『名無し: うん。みんなが思ってるような良い子じゃないの。本当は部屋も汚いし、性格も悪いし……偽物なんだ』
エリカは止まらなかった。 誰にも言えなかった恐怖が、指先から溢れ出した。
『名無し: だから、いつかみんなにガッカリされるのが怖いの』
コメント欄が静まる。 ルルは少し考えてから、優しく笑った。
「そっかぁ。名無しちゃんは、ずっと頑張って『良い子』をしてたんだね。偉いなぁ」
否定も、安易な励ましもしない。 ただ、彼女の努力を認めた。
「でもね、僕は『完璧な人』より、今の名無しちゃんのほうが好きかも」
「……え?」
「だって、お部屋が汚くても、性格が悪くても、それが人間でしょ? お人形さんみたいに綺麗なだけの人って、なんか緊張しちゃうもん。 『実はダメなところがあるんだ~』って見せてくれるほうが、僕は『あ、同じ人間だ!』って安心するし、もっと仲良くなれる気がするな」
ルルは、画面の向こうの彼女に向かって、とびきりの笑顔を向けた。
「だから、ここでは無理して『良い子』にならなくていいよ。 すっぴんでも、ボサボサでも、僕は名無しちゃんとお喋りできるのが一番楽しいんだから!」
「……ッ、うぅ……!」
エリカの瞳から、ボロボロと涙が溢れた。 「完璧なシエル」じゃなくてもいい。 ダメな「橘エリカ」のままでも、ここにいていいと言われた気がした。
今まで数百万人のファンから「大好き」と言われてきたけれど、今のルルの言葉ほど、心の奥底に届いた「好き」はなかった。
『名無し: ……ありがとう。……ルルちゃん、大好き』
『カゲ: あら、名無しさんがデレましたわね。……まあ、たまには弱音を吐くのも悪くありませんわ』
『ミケ: うむ。完璧な人間などおらん。ワシもそうじゃ』
『admin: ……「ギャップ萌え」という概念か。データ更新。……今の等身大の君のほうが、センチメントスコアは高いぞ』
『リョウタ: (トップアイドルが、裏垢で一般人配信者に救われて泣いてる……。いい夜だなぁ)』
◇
翌日。ドームライブのステージ。
「みんなー! 今日は来てくれてありがとー!!」
スポットライトを浴びた天塚シエルは、いつになく晴れやかな表情をしていた。 MCの途中、彼女はふと、いたずらっぽく笑って言った。
「あのね、みんなは私のこと天使って言うけど……。 実は私、昨日の夜、カップ麺の汁をパジャマにこぼしちゃったんだよね! 全然完璧じゃないんだよー!」
会場がどっと沸く。 「そんなシエルちゃんも可愛い!」「人間らしくていい!」
恐怖はもうなかった。 私の弱さすら愛してくれる「推し」がいる。 その事実が、彼女に「嫌われることを恐れない勇気」を与えてくれたのだ。
◇
その夜の配信。
「あ、名無しちゃん! おかえり!」
ルルが手を振る。 コメント欄には、昨日より少し肩の力が抜けた、自然体の彼女がいた。
『名無し: ただいま! 今日はお菓子食べながらダラダラ見るね!』
作り物の完璧さではなく、等身大の笑顔で。 トップアイドルは今日も、世界で一番安心できる「狭い部屋」に帰ってくるのだった。
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