第38話 【孤独な天才】ですが、推しに「失敗」を笑ってほしくて、完璧主義の呪縛を解くことができた
「……やり直しだ。出ていけ」
深夜の国立大学、第3研究棟。 如月 恭介の冷徹な声が響いた。 彼――ドクターは、部下が持ってきた実験データを一瞥しただけでゴミ箱に放り込んだ。
「誤差0.01%。私の研究室で、こんないい加減な数値は許されない」
「も、申し訳ありません……!」
部下は泣きそうな顔で部屋を出て行った。 恭介は一人、完璧に整頓されたデスクで溜息をつく。 彼は天才だ。幼い頃から一度も失敗したことがない。 だからこそ、他人の失敗が許せない。 失敗とは「無能の証明」であり、あってはならない「汚点」だと思っている。
「……孤独だな」
誰も私のレベルにはついて来れない。 完璧な数式だけが、私の友だ。 そう自分に言い聞かせて、彼は気晴らしにタブレットを起動した。
◇
「こんばんは、みんな! 今日はね、すごい装置を作るよ!」
画面の中では、小狐ルルが目を輝かせていた。 彼がプレイしているのは、物理演算を使ったパズルゲーム。 ドミノやボールを組み合わせて、ゴールを目指す装置(ピタゴラ装置的なもの)を作るゲームだ。
「僕の計算では、これで完璧! いけーっ!」
ルルが自信満々でスタートボタンを押す。 ボールが転がり、ドミノが倒れ……そして、途中でバネが暴発し、装置全体が派手に吹っ飛んだ。
ドッカーン!
画面の中で、ルルのアバターが爆風で黒焦げになる(演出)。 恭介なら、舌打ちをして「時間の無駄だ」と切って捨てるところだ。
しかし。
「あはははは! すごーい! 派手に飛んだねぇ!」
ルルは、お腹を抱えて爆笑していた。
「失敗しちゃった! でも今の爆発、花火みたいで綺麗だったね! 今の失敗、100点満点だよ!」
「……は?」
恭介の手が止まった。 失敗を、笑っている? 100点満点?
「失敗してもいいんだよ。だって、面白いもん。 次どうすれば上手くいくか考えるのも楽しいし、変な動きが見れたらラッキーだしね!」
ルルは楽しそうに、黒焦げのアバターのまま、装置を直し始めた。
「……失敗は、汚点ではないのか?」
恭介の脳内で、凝り固まっていた「完璧主義」という氷が、音を立ててひび割れた。 そうだ。科学の歴史は、失敗と偶然の産物ではなかったか? ペニシリンも、電子レンジも。 「予定通りにいかないこと」を楽しめる心こそが、新しい発見を生むのではないか?
(……私は、何を恐れていたんだ)
失敗を恐れて、部下を萎縮させ、可能性を潰していたのは、私自身だったのかもしれない。
『ドクター: ……君は天才だ。その「爆発」には、成功以上の価値がある』
恭介は初めて、失敗を称賛するコメントを送った。
◇
翌日。研究室。
ドカーン!!
ものすごい爆発音が響き、煙が充満した。 部下の一人が、実験器具を暴走させてしまったのだ。 研究室の全員が凍りつく。 「終わった」「教授に殺される」 全員がそう思い、部下は震えながら恭介の前に立った。
「も、申し訳ありません……!!」
恭介は、煤けた白衣のまま、煙の上がるフラスコをじっと見つめた。 そして、口の端を吊り上げた。
「……ふっ、くくく!」
「きょ、教授?」
「素晴らしい爆発だ! 見ろ、この予期せぬ化学反応による変色を! 私の計算にはなかった『未知の色』だ!」
恭介は高笑いした。 かつての冷徹な独裁者の姿はそこにはなかった。
「失敗したな! だが面白い! この失敗から、新しい理論が組めるかもしれんぞ。 さあ、すぐにデータを取れ! 次はもっと派手に失敗してみせろ!」
「は、はいっ!!」
研究室の空気が、劇的に変わった。 恐怖による支配ではなく、知的好奇心と笑い声が溢れる、真の「研究所」へと進化したのだ。
◇
その夜の配信。
「みんな聞いて! 今日ね、やっとクリアできたんだ!」
ルルは、泥だらけ(ゲーム内演出)になりながらも、達成感に満ちた顔で報告した。
「100回くらい失敗したけど、そのたびにみんなで笑ってたら、いつの間にかゴールできちゃった! 失敗するのも、悪くないねぇ!」
ルルは無邪気に喜んでいる。 その笑顔を見守るコメント欄には、昨日までの「完璧主義者」ではなく、失敗を楽しむようになった「マッドサイエンティスト」の姿があった。
『ドクター: 肯定する。失敗こそが進化の母だ。……今日、私の研究室でも素晴らしい爆発があったよ』
『ミケ: ほう、研究が進んでいるようだな。追加予算を出してやろう』
『admin: ……非効率な試行錯誤を「楽しむ」。AIには実装できない機能だ。人間とは興味深い』
『リョウタ: (ドクターの研究室、さっきニュースで「謎の爆発音と笑い声が聞こえる」って通報されてたぞ……。大丈夫か……?)』
ルルは、自分の「失敗を笑う」という姿勢が、一人の天才の呪縛を解き、日本の科学技術を予想外の方向へ爆走させ始めたことなど露知らず。
「あー、楽しかった! 次はどんな失敗が見れるかなぁ!」
そう呟いて、ワクワクしながら次のステージを選んだ。 その横で、恭介は愛おしそうにモニターを見つめ、手元の実験ノートに『失敗=最高』と大きく書き込んだのだった。
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