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第37話 【冷徹な政治家】ですが、推しに「嘘」を見抜かれたくなくて、仮面を外して本音で語ることができた

「……大臣。明日の記者会見の原稿です」


永田町、大臣執務室。 剣崎けんざき 塔子とうこは、官僚から渡された厚い束を受け取った。 そこに書かれているのは、「遺憾である」「検討を加速する」「個別の案件には答えられない」という、中身のない定型句の羅列。 現在、政府はある不祥事の対応に追われており、彼女はその火消し役として矢面に立たされていた。


「……また、嘘をつけと言うのね」


「嘘ではありません。政治的な配慮です」


官僚は無表情に答える。 塔子は冷ややかな笑みを浮かべた。 彼女は「永田町の氷の魔女」と呼ばれる冷徹な政治家だ。 党の意向に従い、心を殺して答弁書を読み上げる。それが彼女の仕事であり、この泥沼の世界で生き残る術だった。


「……分かったわ。完璧に演じてみせる」


彼女は原稿を受け取ったが、その胸の奥は、鉛を飲み込んだように重かった。


   ◇


その夜。 塔子は、執務室のソファで独り、小狐ルルの配信を開いた。 疲れ切った心を癒やす、唯一の時間だ。


「こんばんは、みんな! 今日は『人狼ゲーム』をやるよー!」


画面の中で、ルルがオンラインゲームを楽しんでいる。 しかし、ルルは「嘘をつく」のが壊滅的に下手だった。 人狼役になっても、すぐにオドオドしてバレてしまう。


「あはは、またバレちゃった! やっぱりダメだねぇ。嘘をつくのって、ドキドキして苦しいや」


ルルは負けてしまったのに、なぜかスッキリした顔で笑っていた。


「僕はやっぱり、正直に話すほうが好きだな。 だって、嘘をついてる時って、自分が一番悲しい気持ちになる気がするんだ。 みんなもそうでしょ?」


その無垢な言葉が、塔子の心に深く刺さった。


「(……嘘をついている時、自分が一番悲しい……)」


彼女は震える指で、匿名でコメントを打った。


『フクロウ: ……でも、大人の世界には、誰かを守るために嘘をつかなきゃいけない時もあるのよ』


それは、自分への言い訳だった。 しかし、ルルは画面を見つめ、少し考えてから答えた。


「うーん、フクロウさんの言うことも分かるよ。優しい嘘ってあるもんね。 でもね……」


ルルは、まるで画面の向こうの塔子の目を見透かすように言った。


「その嘘をついてる時、フクロウさんが辛そうな顔をしてるなら、僕は嫌だな。 僕は、フクロウさんには笑っていてほしい。 たとえ不器用でも、本当のことを話してくれる人のほうが、僕は信用できるし、かっこいいと思うな!」


「……ッ」


塔子は息を呑んだ。 画面の向こうの少年は、彼女が「大臣」であることなど知らない。 ただの一人の人間として、彼女の心の「痛み」を見抜き、肯定してくれた。


(……あの子に見抜かれている。私が、嘘で塗り固められた仮面をつけて、泣いていることを)


明日の会見。 もし、あの子がニュースで私の姿を見たら、どう思うだろうか。 「あのお姉さん、目が悲しそうだね」と言われるだろうか。 ――それは、耐え難い。


『フクロウ: ……ありがとう。目が覚めたわ』


塔子はスマホを置き、机上の「完璧な答弁書」を手に取った。 そして、それをシュレッダーに放り込んだ。


   ◇


翌日。緊急記者会見場。


無数のフラッシュが焚かれる中、剣崎塔子は演台に立った。 手元には、一枚の紙もない。 官僚たちが「原稿はどうした!?」と青ざめてざわめく。


記者が鋭い質問を投げかける。 「大臣! 今回の件について、政府の見解を!」


塔子はマイクを握り、深く息を吸った。 脳裏に浮かぶのは、ルルの「かっこいい」という言葉だけ。


「……本件に関しては、政府の対応に誤りがありました」


会場が凍りついた。 「遺憾」でも「検討」でもない。明確な「謝罪」と「事実の肯定」。 彼女は、自身の言葉で、組織の腐敗と、今後の改革案を淡々と、しかし熱く語り始めた。


「私はもう、国民みなさんに嘘をついて、悲しい顔をするのは止めにします。 批判は全て私が受けます。ですが、この国を良くしたいという思いだけは、信じていただきたい」


その姿は、いつもの「氷の魔女」ではなかった。 仮面を脱ぎ捨て、血の通った一人の人間として言葉を紡ぐ、真のリーダーの姿だった。


   ◇


その夜。


「みんな見て見て! 今日のニュース!」


配信が始まると、ルルが興奮気味に語り始めた。


「今日テレビに出てた、剣崎大臣って人! すっごくカッコよかったよね! なんかね、自分の言葉でハッキリ喋ってて、目がキラキラしてたの! 僕、あんな大人になりたいなぁ!」


ルルは無邪気に憧れを口にしている。 そのコメント欄には、昨日までの「疲れ切った政治家」ではなく、憑き物が落ちたように晴れやかな「一人のファン」がいた。


『フクロウ: ……ふふっ。貴方にそう言ってもらえる大臣は幸せ者ね』

『ミケ: ほう、わしも見たがあの会見は見事だったぞ。支持率が爆上がりしておるわ』

『admin: ……SNSのセンチメント分析結果、「好意的」が90%を超過。正直さが最強の戦略になるとは、興味深いデータだ』


ルルは、自分の「かっこいい大人が好き」という一言が、一人の政治家の政治生命を賭けた大博打を後押しし、結果として内閣の支持率をV字回復させたことなど露知らず。


「あー、僕も正直に生きようっと! ……実はね、昨日のプリン、こっそり二つ食べちゃったんだ」


そんな可愛い告白をして、笑いを誘った。 日本の政治の中枢は、たった一人の少女(又はおじさん・青年)の純粋さによって、少しだけ浄化されたのだった。

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


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