第1話 同接7人の配信者ですが、腰痛を訴えたら翌日会社が改装されていました
久々に書いていきます
自分持っているネタが出し切れるように頑張って完結を目指してまいりますので応援してくださるとうれしいです
「……つつ、腰が」
夜20時。誰もいない工場の事務所で、僕は思わず声を漏らした。 パイプ椅子のように硬い事務用チェア。座面からはスポンジが飛び出し、キャスターは一つ壊れている。 こいつと付き合って、もう十年になるだろうか。
「おい、まだ終わらないのか」
背後から降ってきたのは、不機嫌そうな課長の声だった。 この後は飲みにいくのか、しきりに携帯と目線を行き来している
「すみません。来期の生産ラインのシミュレーション、もう少しで最適化できそうなんです。ここを改善すれば、現場の負担が1割は減らせますから」
僕はキーボードを叩く手を止めずに答えた。 そう、不満があるわけじゃない。仕事は好きだ。 ただ、物理的な環境が、僕の「やる気」に追いついていないだけ。
「ふん。余計なことしなくていいんだよ。お前は言われた通りに動けばいい。……ったく、電気代の無駄だ」
「あ、課長。ついでに相談なんですが、この椅子、そろそろ買い替えませんか? 腰への負担が大きくて、作業効率が落ちてしまって」
「はあ? 業績も右肩下がりなのに、備品に金なんか使えるか。立って仕事しろ、立って」
課長は背を向け、携帯越しの相手にデレデレな様子で去っていった。 僕は溜息を一つついて、硬い背もたれに体を預ける。
「……立って仕事、か。スタンディングデスクなら悪くないかもな」
なんて、前向きに変換してみるけれど。 やっぱり、腰は限界だった。
◇
ボロアパートに帰宅したのは、夜23時を回っていた。 シャワーを浴びて、安物のゲーミングチェア(座面が破れている)に座る。 ここからが、僕の本当の時間だ。
「よし……起動」
トラッキングソフトを立ち上げ、ボイスチェンジャーをオンにする。 モニターの中には、銀髪に狐耳が生えた可憐な少女――『小狐ルル』が映し出されていた。
「こんルル~! みんな、起きてるかな?」
配信開始ボタンを押す。 同接数は――『7』。 開始0秒で、いつものメンバーが揃っていた。
『こんルル~』
『待機してた』
『深夜残業おつかれ』
流れるコメントの速度は緩やかだ。でも、温かい。 この7人は、僕が配信を始めた頃からの付き合いだ。 こんなおじさんのバ美肉配信を、毎回欠かさず見てくれる物好きな人たち。
「みんなありがとう! いやー、今日はちょっと会社で粘っちゃってさ」
僕はアバターを笑顔にして、今日の出来事を話し始めた。
「もっと良い生産ラインが作れそうだったから、夢中でやっちゃった。でもねー、会社の椅子がどうしても体に合わなくてさぁ」
『椅子?』
『腰痛めたの?』
「うん、ちょっとね。クッションもペちゃんこだし、課長には『贅沢言うな』って怒られちゃった。あはは、僕がもっと出世して偉くなれば、自腹で良い椅子を買って持ち込めるんだけどねぇ」
僕は画面越しに、冗談めかして言った。
「どこかの王様が、魔法でフカフカの椅子に変えてくれないかなぁ。そしたら僕、今の倍の速度で仕事して、会社の利益を爆上げするのに!」
あくまで「仕事をもっと頑張りたい」という文脈で。 愚痴にならないように、明るく振る舞う。
『……なるほど』
『ルルちゃんの腰は国宝だからな』
『労働環境の不備は、経営者の怠慢だね』
コメント欄の反応は、いつも通り少し大袈裟だ。 中でも、古参リスナーの**『ミケ』**さんが、意味深なコメントを残した。
『ミケ: ふむ。社員の健康よりもコストカットを優先する上司か。……教育が必要だねぇ』
「あはは、ミケさん厳しい! でも大丈夫だよ、明日は座布団2枚重ねて頑張るから!」
その時の僕は、知らなかったのだ。 彼らが打つコメントが、単なるテキストではなく、**『執行命令書』**であることを。
◇
──裏側(某所・超高級タワーマンション)──
「……許せん」
スマホの画面を見つめる老紳士――世界的な重工業メーカーのグループ会長(HN:ミケ)は、静かにブランデーグラスを置いた。
「我が孫が、腰を痛めているだと? しかも、その意欲を削ぐような真似を……」
彼は手元の直通電話を取り上げた。 相手は、ルルが勤める会社の社長だ。
『はい!? 会長!? こ、こんな時間に何事で……』
「夜分にすまない。単刀直入に言うぞ。……お前のところのオフィス環境は、豚小屋以下か?」
『は……!?』
「私の耳に届いているぞ。優秀な技術者が、劣悪な椅子のせいでパフォーマンスを落としているとな」
『そ、それは……! 直ちに調査を……』
「調査などいらん。明日だ。 明日の始業までに、全社員のデスクとチェアを、最高級のエルゴノミクスチェアに入れ替えろ。……予算? 私のポケットマネーから出してやる。一脚20万のやつだ。全席だぞ」
『ぜ、全席ですか!?』
「ああ。それと、〇〇課の課長だったか。部下の健康管理もできん無能は、現場から叩き出しておけ」
電話を切ると、老紳士は再びスマホに向かい、ニコニコとコメントを打ち込んだ。
『ミケ: 明日はきっといい日になるよ(^^)』
◇
翌朝。 重い腰をさすりながら出社した僕は、入り口で立ち尽くした。
「……え?」
オフィスの風景が、一変していた。 薄汚れたグレーの事務机とパイプ椅子が消え失せている。 代わりに並んでいるのは、北欧製の広々としたデスクと、黒光りするメッシュ素材の高級チェア――『アーロンチェア』のフル装備モデルだった。
「な、なんだこれ……!?」
「お、おはよう……」
呆然とする僕に声をかけてきたのは、昨日僕を怒鳴りつけた課長……ではなく、真っ青な顔をした部長だった。
「ぶ、部長、これは一体?」
「あー……なんでも、親会社の方針で『働き方改革』を緊急推進することになったらしくてな。昨晩、業者が入って総入れ替えしたんだ」
「一晩で!? す、すごい……」
恐る恐る、自分の席に座ってみる。 まるで雲の上に浮いているような座り心地。 腰への負担が嘘のように消え、背筋が自然と伸びる。
「すごい! これなら何時間でも設計できますよ!」
僕は子供のように弾んだ声を上げた。 これならいける。昨日詰まっていたシミュレーションも、今日中に完成できる!
「あ、ところで課長は?」
「ああ……彼は今日付けで、関連会社の倉庫管理に異動になったよ。……君も、健康には気をつけてくれよ?」
なぜか部長は、僕に対して腫れ物に触るような視線を向けて去っていった。
(よく分からないけど……ラッキーだ!)
偶然、会社の方針が変わったんだな。 なんてタイミングが良いんだろう。 神様か誰かが、僕の願いを聞いてくれたのかもしれない。
◇
その夜の配信。
「みんな聞いてー!! 奇跡が起きたよ!」
僕は興奮気味に報告した。
「今日会社に行ったら、椅子が全部高級品になってたの! しかも嫌味な課長もいなくなってて! 昨日の今日だよ? すごくない!?」
『おー、それはすごい(棒)』
『偶然だねぇw』
『神様(物理)の仕業かな』
リスナーのみんなも、自分のことのように喜んでくれている。 特にミケさんは、どこか誇らしげだ。
『ミケ: ルルちゃんの熱意が、会社を動かしたんだよ。これからも頑張ってね』
「うん! ミケさんの言う通りかも! 僕、もっともっと仕事頑張って、面白い話を持ってくるね!」
僕は画面の向こうの7人に、精一杯の笑顔を向けた。 まさか、その「奇跡」の種明かしが、コメント欄のログにあるなんてことには、露ほども気づかないまま。
──同接7人。 その全員が、僕を過保護に見守る「とんでもない怪物」だということを知るのは、まだ少し先の話。
本日のメイン登場人物
小狐ルル:主人公のVライバーとしてのアバター。仕事に誇りを持っているが、不器用で損をしがち。
ミケ:主人公の勤める会社の親会社グループ会長。子狐ルルのことを孫のようにかわいがっていいる。孫のようにかわいがっているので当然主人公が子会社のどの部署で働いているかも把握している。




