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81.シオン完全敗北

「ごはんごはんー!」

「きゃーー!」


時刻は正午を回ったので、僕達は泉のほとりでしばしのお昼休憩をとることにする。


いつもならばその場にキャンプという名の簡易な結界をシオンに張ってもらって、そこでお昼ご飯を食べるのだが、迷宮二階層ドライアドの森では魔物に襲われる心配もなく、更には済んだ水の湧き出る泉もあるということなので、半ばピクニック気分でドライアドたちを連れて泉までやってきてしまった。


ドライアドたちのおかげで迷宮の地図作りが予想よりもはるかに順調に進んだため、少し足を伸ばして休息をするのも良いと考えたからだ。


「芝が柔らかくて心地よいですね、マスター」


サリアは芝生の上に正座をして、シートの上に僕が用意したお弁当を並べる手伝いをしてくれ、ティズとシオンはおおよその方の予想通り、ドライアドと一緒になってはしゃいでいる。


「なにするのー?」


「楽しいことー?」


「これからお弁当を食べるのですよ」


「人間さんのご飯です?」


「至福のひとときー」


「泉の水よりもおいしいです?」


「うーん、ドライアドの君たちの口に合うかは微妙かなぁ」


そもそもこの子達は土の栄養と水しか食事として受け付けない生物だ。


「未知とのそうぐうに失敗です?」


「現実は非情、受け入れるしかねーです?」


ドライアドたちはしょんぼりとしながらも、仕方なしといわんばかりに泉のほとりに行き、大地に足を差し込む。


ごくり ごくりと音がし、ドライアドたちが食事をしている音が聞こえる。


大地から水を吸い上げているのだ。


「やはり、美味、至高のお水」

「さながら融解した宝石のよう」

「しあわせー」


「ちょっとちょっと、あんた達何さっさとランチタイム始めてるのよ、私達もするわよウイル!」


「はいはい、もう準備できたからこっちにおいでティズ、シオン」


「わーいやったー!」


シオンとティズは敷いたシートの上にてこてことやってきて、食事を開始する。


「いっただっきまーす!」


全員で、手を合わせ、今朝作ったハッピーラビットの照り焼きをみんなで頬張る。


「甘辛くておいしいー!」


「す、すごいですマスター! こんな美味しいもの初めて食べました」


「また腕を上げたわねウイル」


一口食べた瞬間からの大絶賛の嵐に僕は一つ胸をなでおろして、ようやっとサンドイッチにかぶりつく。


ハッピーラビットの肉汁は冷めているというのにかぶりついたと同時に口の中にあふれ出し、僕は自然と微笑みながら心の中でその出来栄えを自画自賛する。


空を見上げれば太陽の日が出ており、周りを見回せばドライアドが楽しそうにはしゃいでいる。


なんとものどかな風景に一瞬ここが迷宮であることを忘れてしまい、同時にこの場所と昔済んでいた村の森の中を重ねる。


思えば、あの森の中にも泉があって、一度お父さんとお昼ご飯を食べたことがあった。


……確かあの森の泉の水も相当澄んでいたけれども……。


この泉の水ってそういえばどれくらい綺麗なんだろう。


「ちょっと飲んでみよう」


「ん? どうしたのよウイル。 水筒なんて取り出して」


「いや、せっかくだから水を飲んでみようと思ってさ」


「あぁなるほどね 


アンドリューが魔法で作り出したとは言え、魔法で作り出した水が天然の水よりも美味しいなんて事があるのだろうか?


僕はサンドイッチを一つ平らげると、そんな疑問と知的好奇心が赴くままに水筒を手に取り、水を汲む。


心なしか手に触れた水はやわらかく、とても冷たい印象を受ける。


触れただけでもおいしそうと感じる其れであったが、僕はそのまま口に運び。


「わっ美味しい!?」


一口飲んだだけでそんな感想を漏らす。


「そんなに美味しいのですか?」


サリアもその反応に興味を示したのか、同じように水を手で汲んで一つ飲むが。


「本当だ、とても美味しい」


そんな感想をいだく。


「アンドリューの魔法陣から生み出されているっていうけれども、どうやったらこんな美味しい水が作れるのかな?」


「さぁ、シオン、分かりますか?」


餅は餅屋。 僕達は魔法が使えないので魔法使いのシオンに話を聞いてみると。


「水の味? は、大体術者の意図と力量で決まるよー」


シオンはハムスターのような頬をしながら振り返ってそう答える。


「そうなの? 私はてっきり水なんて出てくるもんはどこもかしこも同じもんだって思ってたわ」


「意図……ということは、ある程度術者の好みで味も変わる……ということですか?」


「ううん。 魔法はイメージを形にする技術だから、そのイメージで美味しい水を想像すればそれは美味しい水に近づくよ、そしてその魔法使いの力量が高ければ高いほどそのイメージに近しいものが生み出せるのー」


「つまり、シオンがアンドリューよりもすごい魔法使いなら、この水よりも美味しい水が生み出せるってわけ?」


なんとなしに僕はそう言葉を漏らすと。


「おししょー最強!」


「美味しいお水求む」


「さいきょーのお水、期待せざるをえない!」


話を聞いていたのかドライアドたちが回りに集まり、水を要求する。


「ふえ!? で、でもアンドリューよりもすごい魔法を使うのはちょっと……」


「おししょーは最強だから大丈夫―」


「一発でかいの、ほしいかと」

「あんどりゅーにできて、お師匠に出来ない道理はない、です」


「なんだか出来る気がしてきたー!」


単純か!?


シオンは一つ咳払いをして立ち上がると、乗せられるがままにウオーターの魔法を唱え始める。


「命の源、母なる海よ、全ての始まりを我が元に……ウオーター!」


僕達は次の展開が読めたので、シートをシオンから遠ざけ、遠目からその様子をみてみる。



大方の予想通り、シオンは結構な量の水を上空で降らせ、雲ひとつない快晴――といっても太陽虫だが――の空に大雨を降らせる。


「きゃー!」


「わーー!」


ドライアドたちは降り注ぐ雨を全身に浴びながら喜びを全身で表現し、シオンは誇らしげに可愛らしいポーズをとって僕達にどや顔を披露する。


あれはもう完全に勝利を確信しているような顔だ。


「それで、どうでした、ドライアドさん」


僕達はそそくさとシートを戻してドライアドに先ほどの水の感想を聞くと。


「まことに美味、ただの水の中に炭の香りあり」


「例えるならば水の炭火焼」


「たまに食べたいくせになる味……でも」


「やはり、泉の水には遠いものある」


シオン完全敗北。


「な、なんだとぅー!?」


シオンは驚きのあまり頭を抱えてその場に崩れ落ちる。


「そ、そんな、最強の私の魔法が」


「いや、あんた炎熱系魔法以外は普通の術者でしょうに」


何故炎武の及ばぬ魔法合戦で、レベル十のシオンは勝利をつかめると


思っていたのかは甚だ疑問であるが、そえでもシオンは敗北の二文字に打ちひしがれている。


「ええいこうなったら! お友達が満足するようなお水を作ってやるよー!

俄然燃えてっきた!」


「なにやら、彼女の変なスイッチが入ってしまったようですね」


サリアはそんな一人で盛り上がるシオンに対しそんな感想を述べ。


「家の中が水浸しにならないといいなぁ」


僕はこれから我が家に降りかかるであろう災難を予見して、ため息を漏らすのであった。


            


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