58.呪いの残滓
「ここが遺体の元保管場所です」
元という言葉を強調して、しぶしぶとした表情で神父は僕たちを地下へと案内してくれる。
洞窟のような歩きにくい寺院の地下を歩いていくと、そこには大穴があり、その底にはまだしっかりと埋葬されていない遺骨が転がっている。
「……ここに前までは遺体が積み重なっていたんですね?」
「は……はい」
「よく助かったよね~」
「申し訳ございません」
シオンは笑顔のままそんなことを言うと、神父は申し訳なさそうに頭をたれる。
助けられなかった死体をこんな穴の中に放置するなんて……、僕であっても少しばかりの嫌悪感を抱いてしまう……この穴の中に死体を捨てていた様子も、想像しただけで気分が悪くなる。
「急ぎ遺骨の埋葬は進めております。 計画としてはまずこの穴自体を……」
「今はいいです、神父さん」
たぶんこれ以上聞いたら気分の悪さで調査などできなくなってしまう。
「シオン、何か感じる? 魔法の痕跡とか」
僕はとりあえず連れてきたシオンに何か気づいたことはないか聞いてみる。
洞窟の中はもう僧侶の人たちが調べて回ったらしいため、分かりやすい痕跡はないのだろうが、レベル10のアークメイジのシオンならば何か気づくことがあるかもしれない。
「魔法の痕跡は二日もたっちゃうとわからないよ~それに、ターンアンデットとかを何度も僧侶の人たちが使っていたなら余計にわからないよ」
「そっか……シオンでもやっぱり難しいか」
さすがのシオンでも、魔法の痕跡を確かめることはできないらしい。
肩透かしに僕はため息を漏らすと。
「でも」
「え?」
「ウイル君の読みは当たりみたいだよ」
シオンはそういうと一人、興奮気味に小走りに洞窟の先へと走り出す。
それはエレベーターから降りてきた道と大穴を挟んで反対方向の道だ。
「こっちには何があるんですか?」
「えと、エレベーターからではなく、階段から上って外に出る道があります。マリオネッターの率いた大群はそこから出てきて……でも道中は何もなかったかと思うのですが……」
神父はいぶかしげな表情をしながら、そういうとシオンは不意にあるところで止まる。
「ここだよ……」
「これはいったい?」
「???何か、あるんですか?」
そこにあったのは、黒い靄のようなもの。 神父には見えていないが、僕にははっきりと見えている。
その場所は大穴から少し外れた、人の腰ぐらいの高さのある岩に塗られるように靄がかかっている。
そしてその裏に。
「……魔法陣」
陰に隠れていてわからないが、そこには魔法陣が描かれていた。
「上位の魔物を召喚するための魔法陣……これでクレイドル寺院の襲撃は意図されたものだっていうことは確実だね……となると~、最悪の結果だよ」
「どういうこと?」
理解の遅い僕はシオンにそう質問をすると。 シオンは一度考える素振りをした後。
「さっき神父さんが言ってたように、魔物は迷宮の外には出られない。 ただ、召喚の魔法を使えば出てこれるかもしれないっていう仮定は見事的中だったよね。 ただ、そうなると誰が召喚魔法を使うのかっていうのが問題になってくるの。 迷宮の外に出られないのだから、アンドリューの手下の魔物が使用したって可能性はほぼゼロにちかい……そうなると考えられるのは」
「あっ……」
僕はようやく気付いてしまう。
どうやったら、迷宮の魔物を外に召喚させられるのか。
それはとても簡単な話で、できれば信じたくも想像もしたくないものであったこと。
迷宮の魔物が迷宮の外に出られないならば、そもそも魔物を使用する意味がなく、簡単にその条件をクリアできるもの。
それは。
「人だ」
「そうです」
神父は正解とでも言いたげそうな表情をした後にそう笑い、僕はその言葉に脱力感を覚える。
「この街の中に、アンドリューの協力者がいるということになりますね」
つまりはそういうことだ、迷宮の結界は人間には効果がない。
となれば、アンドリューに協力をしている人間が、魔物と契約をしてここに召喚をしたと考えるのが自然であり、迷宮に張られた結界唯一の抜け道である。
誰がなぜ、アンドリューに協力をしているのかまでは分からないが、魔法陣や呪いが残っているならば、それをたどって犯人へと行きつくことができるかもしれない。
そう思いながら僕は一人、岩に書かれた魔法陣を見る。
形はいびつで、岩にロウセキで描かれただけの魔法陣は、暗い洞窟の中ではとてもわかりにくく、おそらくこの靄がなければ気づけないだろう。
「……これは何? シオン 何かわかった?」
「この形はペンタグラム……召喚用の魔法陣で、上位の悪魔系の魔物を呼び出すことができるよ~……そしてこれは、呪いの残滓だね~」
「呪いの残滓?」
「うん、別にこの岩に呪いをかけたわけじゃないんだろうけど……この魔法をかけた人相当強い呪いを持っている……しかもこの岩も飲み込もうとしてるところからして相当強い浸食性の呪いだよ……こんなの初めて―!」
「えーとつまりそれって、人に伝染るってこと?」
「そういうこと!」
嬉しそうだ。
「なっなっ!? そんな怖いものあるんですか!」
そういって神父は気が付けば五十メートルくらい離れている。
こら神父。
「へぇ、そんなにすごいものなんだ、これって」
ふと、僕はそう呟いて何の気なしにその靄に近づくと。
「近づいちゃダメ! ウイル君!」
「え?」
瞬間、その黒い靄が触れた僕の左腕に一気に襲い掛かってくるように体の中に入ってくる。
「う、うわああぁ!?」
「ウイル君!」
びっくりしてしりもちをついた僕のもとに、見たこともないような形相のシオンが駆けつけ、僕の腕を見る。
「近づいただけで襲い掛かってくるなんて」
「早く腕を見せて!」
シオンは今まで見せたことのないような剣幕で僕の腕をとり、すぐさま何かの魔法を唱え始める。
解呪の魔法だろうか?
シオンの指先から光が零れ落ち、僕の体の中に浸透していく。
全身をめぐるようにその光は僕の腕から全身へと回り、また同じ場所から戻ってシオンの指に戻っていくが。
「そんな……こんなことって」
その光を受け取ると同時に、シオンは絶句してその場に力なく座り込む。
その眼には光が消え、絶望の淵に立たされたかのような表情だ。
え? なにこれ……僕死ぬの?
恐る恐る戻ってきた神父のほうを見やると、なんか棺桶なんて用意してきて祈りをささげてくれている。
この野郎。
「し。シオン……もしかして僕……死ぬの? というか死ぬで済む?」
この世には一発ロストの呪いがあるとかないとか。
シオンは少し黙ってうつむき、僕の顔を一度見た後またうなだれ、首を横に振る。
あ、これダメだ……完全にロストの奴だ。
サリア、ティズ、ついでにくそ神父……短い間だったけどお世話になりました。
ウイルはここで消失します。
名残惜しいけど、思えばこれはこれでなかなか感慨深い冒険の……
「ちゃった……」
心の中で別れの挨拶と感想を述べていると、シオンは小さく何かをつぶやく。
「へ? 今シオンなんて?」
よく聞こえなかったので聞き返してみると。
シオンは目から大粒の涙をこぼしながら。
「呪いがきえちゃったあああああぁ!?」
大声で泣き叫ぶ。
「え? どういうこと? 僕死ぬんじゃないの?」
「死ぬどころかきれいさっぱりだよ! 呪いの残滓どころか痕跡すらもぱっぱらぱーだよ! なにしたのウイル君! 返してよ私の呪い! ウイル君のバカバカバカあああ!」
両手をばたばたさせながらシオンは騒ぎ駄々をこねる。
どうやらシオンが絶望していたのは、新しい呪いとの出会いの機会を失ったからだったようだ。
「し、知らないよ!? 残滓だったんだから、吹けば飛ぶようなものだったんじゃないの!
それに、あの黒い靄のほうが僕に襲い掛かってきたんだよ! どうにもできないじゃないかそんなの」
「黒い靄なんて知るか―!? ウイル君が近づいたとたんに呪いが痕跡ごと消えちゃったんだよ! ウイル君の体の中にもないし……私はどうすればいいのー! あんな珍しい呪いもう二度と会えないよ! あぁぁあぁ! 呪われたかった! 呪われたかったよおおおぉ!」
シオンの怒りと後悔の念は凄まじく、地団駄を踏むたびに地面から溶岩のようなものが噴出する。
手掛かりは消え、残ったものは岩に書かれた魔法陣とシオンの怒りだけ。
「あなたも、大変ですね」
神父はそう軽くため息を漏らし、なぜか「わかっている」という表情で僕の肩をたたいてくれた。




