57.クレイドル寺院襲撃の痕跡
「ようこそ、迷える者たちよ、神の力をお望みぃっ!?」
いつもの胡散臭いセリフを吐き終わる前に、クレイドル教会の神父は舌をかむ。
「まるで化け物でも見るような反応だね~ がお~」
「そそそ、そんな滅相もございませんシオン様!?」
マリオネッターに襲撃をされた後のクレイドル教会は、壊された扉や部屋の中の装飾品以外はほぼ無傷といっていい状態だった。
この教会を襲ったのがアンデッドではなくただの死体だったことも幸いして、死人は誰一人としてアンデッド化することはなく、その後迅速な蘇生により、誰一人として消滅をすることはなかった。
(一人か二人は一度灰になったとも言っていた気がする)
おかげでか、襲撃があって数日しかたっていないというのに寺院の再開をはじめ、壊れたステンドグラスや扉に修復中の目隠し布がかけられているものの、ちらほらと死体や麻痺をした人間を運び出している冒険者の姿がうかがえる。
「ウイル様もお元気そうで……して、本日はどのようなご用事で?」
神父は、少しくらいは恩義を感じてくれているのか、今までからは比べ物にならないほど丁寧な姿勢で僕とシオンを出迎えてくれる。
あのことに懲りて、少しはまじめになってくれているといいのだが。
「今日は少しけがの治療がしたくてね……明日から一つ下の階に挑むことになるから、万全な状態で挑みたいんだ……ごめんね、大した用でもないのに」
「滅相もございません! ウイル様の体にご不調があるようでしたらこのクレイドル教会! 一年三百六十五日不眠不休二十四時間体制でサポートをさせていただきたく存じ上げます! あげますのでぇ……ウイル様?」
神父はにこやかな笑顔のまま僕のほうへ近づいて来る。
どうしたのだろうか?
「えと、なんですか?」
「その……いや、以前お約束させていただいた……料金無料というのを、ちょーっとばかし契約の変更を……」
「寺院の隠し通路ってどこにあるのー!」
「あああああああっ! わあああああ!? 嘘ですごめんなさいシオン様許してください!」
「まだ遺骨の処理は完全には終わってなふごむが」
「ごめんなさい! 調子に乗りました!! 神父調子に乗った! ごめんなさい許してください! 無料です! もちろん無料ですから!」
シオンにいいように遊ばれながら神父は涙目になりながら縋り付く。
一見すると少女に抱き着く危険なおじさんなのだが、その光景は滑稽であり、寺院の入口でそれを繰り広げている物だから、寺院から出ていく冒険者たちはとてもさわやかな笑顔を振りまきながら、心も体も万全な状態で新たな冒険へと旅立っていく。
「ほんとごめんなさい調子乗りました」
とうとう最終的には土下座である。
「ウイル君を狙うのはよくないよー」
「はい……すみません……はい」
シオンの説教を受けながら、神父は今度はシオンに泣きついている。
身から出た錆はとはいえ、少しばかり不憫に思えてならない
「シオン、それぐらいで許してあげて」
「はーい」
僕の一言により神父は解放される。
「ありがとうございますマスターウイル」
「ごめんね、シオンが」
「滅相もございません」
「あれから調子はどう? 噂では特に大きな被害はなかったって聞いてるんだけど」
同時に被害が思ったよりも少なくてつまらないと考える人たちも多かったが。
「ええ、おかげさまで僧侶たちは全員生き返ることができ、仕事はそのまま続けることができます」
「よかった。」
「ただ……」
「ただ?」
「あの後、ロバート王の親衛隊が来て、襲撃の原因を調査していたのですが、なぜマリオネッターが私たちを襲撃したのかはいまだに不明だそうです」
「あれ? クレイドル寺院は不可侵条約を結んでいるんじゃなかったっけ?」
「あれだけのことがあった後です、不可侵条約を結んでいるからと言って何事もなかったかのように過ごすことはできません。 ですので、不可侵条約も~有事の際は最低限の協力、侵入を許可する~と条文を少し変えました」
「まぁ、今回の件は神父さんがほとんど墓穴掘ったようなもんだからねぇ」
それでも少し上から目線のような気もするけど、まぁ今重要なのはそこではない。
あの時はクレイドル寺院の救出がメインミッションであったため詳しい調査は行わなかったが、国王親衛隊をもってしても原因が不明であるとなると話は変わってくる。
今日は傷を治しに来たと言ったが、本当のところ、クレイドル寺院が襲撃された夜にサリアが言っていた言葉が気になって、マリオネッターが寺院を襲撃した理由や目的を調べようとも思っていたのだ。
昨晩図鑑を開いてもう一度確認してみたのだが、やはりマリオネッターは人を襲う魔物ではあるが、街を襲う魔物ではない。
道行く人を襲い、その装備や食料を迷宮では奪い生活する彼らは、人形がなければ人前に出ることはなく、現実世界では人間と共存する個体すら存在する。
人間に近い生態を持ち、知能は魔物の中ではトップクラスであり、中には魔法使いとして大成したものもいるといわれるほど……。
そんな頭のいい彼らが、単身でクレイドル寺院を襲撃し、占拠をするなどふつうは考えづらい。
なぜなら、そんなことをすれば自分が殺されることくらいわかっているはずだから。
だがあのマリオネッターは襲撃は実験だと言っていた。
つまり、あの襲撃はマリオネッター以外の人間による手助けがあった、もしくは他の人間にやらされたということか。
となると、その協力者が誰かは言うまでもないだろう。
人形の代わりに死体を使わせるなんて発想ができ、それを実際にやらせることができるものなど一人しかいない。
アンドリューだ。
深く気にすることなく、僕は迷宮探索を続けていたが……これは想像以上に大きな話のようだ。
あの夜僕はサリアの発言は杞憂だと彼女に言ったが、やはり彼女の抱えた不安は正しかったということだ。
なぜなら、今の推測が正しければ、マリオネッターは結界を超えて迷宮からやってきたということになる。
彼女は薄々そのことに気が付いていたのだ。
「誰か、この寺院の襲撃の手助けをするような人間はいましたか?」
「いいや?」
まぁそりゃそうだ、たとえいたとしたらこの神父のことだ、目ざとく覚えておくか不審人物はその場で取り締まるだろう。
「ふむ、となると」
迷宮七階層のマリオネッターがこの街に現れたということは間違いない。
しかし結界がある以上、それを超えてくることは事実上不可能である。
結界の力がなくなったと仮定するにしても、そうなれば迷宮一階層の敵が地上に出てくるという報告が上がるだろうし、何より魔法の発動が切れれば結界を維持している魔導士たちが気づくはずだ。
「結界は正常に作動している……だけどマリオネッターは結界を超えてやってきた。シオン、あのマリオネッターが結界を一時的にでも無効化できるほどの魔法使いだという可能性は?」
「ゼロを通り越してマイナスだねぇ。 魔力の流れをあの魔物からは感じなかったから、魔法は使えないよー」
「そうか……神父さん、この王都リルガルムに来てどれくらいですか?」
「もう8年になりますかね」
「結界については詳しいですか?」
「ええ、あれは形だけは大神クレイドルの加護によって成り立っている結界とされていますからね。 ある程度の知識は有しています」
「可能性として、マリオネッターが迷宮を抜けだしてここを襲撃するにはどうすればいいですか?」
「そんなことは不可能です。 魔物はすべて結界により阻まれるし、テレポートをしようとも座標を狂わせる効果もある……時々堀に落ちている冒険者や地面にたたきつけられた哀れな冒険者がいい例ですが、このように迷宮前の結界は……いや待てよ」
自分の発言に神父は一度人差し指と親指でつまむように顎をさすり、考えるようなそぶりを見せる。
「どうしました?」
「クレイドル神の結界は……テレポートの座標を狂わす効果も持っているため、魔物がテレポートの魔法でここに出て来ようとも、街に到達することはできません。 できませんが、テレポートの対策をしなければ防げないということは……裏を返せば空間転移系の魔法に対しては魔物を灰にする力は全くの効力を有さないということ」
「つまり?」
「誰かが召喚魔法でも使ってマリオネッターを意図的にこっちに呼び寄せたなら可能性はあるってことだねー」
シオンは分かりやすい解説をしてくれる。
「召喚魔法?」
「そ、魔界冥界現実世界、そこらかしこの魔物や人と契約結んでカーニバル!
ずんちゃっちゃーずんちゃっちゃー♪ って聞いたことない?」
「いや全く」
「私も聞いたことないですね」
「あれー? 私がはやらせようと頑張ってた召喚魔法の歌なんだけど」
知るわけがなかった。
「まぁ、簡単に言っちゃえばあっちこっちの魔物や人と契約を結んで、契約者を問答無用で呼びつける魔法だね、今やってみるよ」
「え!? ちょっとシオンさん? 大きいのはなしでお願いしますよ!? 壊れちゃうから、寺院壊れちゃうから!」
「大丈夫大丈夫―」
そういうとシオンは杖を掲げ、魔力の波を周りに人がいる寺院のど真ん中でたてはじめる。
『友よ、契りを交わした盟友よ、我が呼び声に応え今契約を果さん!
サモンゲート!』
杖の先から光が走り、同時に門のようなものが開いて小さな何かが落ちてきて、シオンの手の上に落ちる。
「……りんご?」
それは一個のリンゴだった。
「なにこれ?」
「リンゴを召喚したんだよ! ちなみにこれはウイル君の家の保管庫にあるやつ!」
「契約とかなんとか言ってた気がするんだけど、リンゴとかでもいいんだ」
「まぁ契約っていうのは一方通行だからね~、むしろ意思のないもののほうが便利なの。
もともと、印をつけたものを無理矢理自分のところまで連れてくるって支配魔法の一つだから、契約とかしっかりしないで勝手に召喚すると、召喚したものに襲われるなんて間抜けなことになりかねないからね」
リンゴを食べながらシオンはそんなことをいい、神父は安心したように胸をなでおろす。
「つまり、召喚しただけでは命令とかは聞いてくれないわけだ」
「そうだね、だれだって普通に生活している所を知らない場所にいきなりテレポートさせられて戦えなんて言われていい気分する人いないでしょ?」
仰るとおりである。
「だから、召喚魔法で一番骨が折れるのは、いつどんな時に呼びつけても絶対怒らないしいうこと聞きますよーっていう契約を結ばせること。 もちろん口約束なんか信じられないから、クラミスの羊皮紙みたいな契約を絶対に守らせる魔法とかの重ね掛けをして、いうことを聞かせるとかしないと命の保証はないね。 もしくは利害関係の一致した人や魔物を呼んで共闘をするか……そのどっちかだね」
なるほど。
「となると、召喚魔法の線は薄いかな?」
「そうだねぇ、迷宮の魔物は人間を敵視するように生まれてくるし、迷宮の魔物を従えることもできないでしょう。 ましてやマリオネッターなんて上級魔物を操るなんて……」
「聞いたこともない?」
「ええ、少なくともマスターウイルのような冒険者からは」
困ったような表情をしながら神父はそういい、僕もそれに納得をする。
だがしかし、どうにも引っかかる。
「神父さん」
「はい、何でしょうか?」
「遺体の保管場所、案内してもらってもいいですか?」
だからこそ、気になったならその目で確認するしかない。




