56. I have a hope
「すっごいひと~」
そんな感想をシオンは漏らすが、無理もない。
通りを抜け、中央街の大通りへと出ると、そこには評判通りの人だかりができており、少しでも気を抜けば人の波にのまれてシオンとはぐれてしまいそうなほどの人の波だ。
この場所は始まりの場所。
部族による永遠に続くかと思われた戦争に終結の希望が初めて現れた場所なのだ。
「これが……希望の像」
「おっきー!?」
そこにあるのは一つの彫像、この国を作り上げ、戦争をまとめ上げたきっかけを作った人間をたたえる彫像だ。
「希望の像……この王都の観光スポットの一つで、全部族の平和と対立の終結を記念して作られた像だね」
「あ、それ私知ってる~私(I)に(have)は希望(a)がある(hope)~ってやつだよね」
「そう。 もう誰が言ったかはわからないけれど、ここでの言葉がスロウリーオールスターズを、そしてこの街を作ったんだ」
部族対立が激化し、その戦争の中央に位置していたこの街は、ひどい差別と殺し合いが続いていたと聞く。
そんな世界を嘆いた一人の神父が、かつてど真ん中であったちょうどこの場所に立って集会を開き、部族の協和を宣言した。
それがオールインワン宣言。 通称私には希望がある。
それは力も何もない一人の男の、理想論だったはずだった。
しかし、この小さく愚かにも見えるこの宣言に感銘を受けた六人が、その五年後戦争に終止符を打った。
「私最初の出だししかしらないな」
『私には希望がある、いつかエルフとドワーフが酒を酌み交わし、人とハーフリングが演奏会を開きテーブルを囲んで笑いあえるという希望が。 私には希望がある、耳の長い友人と髭の長い友人、そして小柄な友人と出会ったときに、握られているのは鋭く汚れた鉄ではなく、お互いの清らかな手である未来が。その希望が、 私をここに立たせている。
今は夢物語かもしれない、しかしあなたがここにいるということが、私の希望が夢ではないことを教えてくれる。
私には希望があり、それは今大きくなった。
エルフ、ドワーフ、人間、ハーフリング、ノームの前に立つ私はいまだに死んでいないという現実が、私の希望をまた一歩実現に近づける……。
そして、この希望は今日あなたに託される。
闇を煌々と照らす明りのように、希望は今託され、少しずつしかし確実に闇を照らしていく。
私には希望がある。
鉄の時代は終わり、今は白銀、黄金の時代である。
ならば闇が希望で満たされたとき、われわれの生きる時間は光り輝くことはすでに約束されている。
この希望を胸に秘めて、ここに、戦争の終結と、すべての部族がみな手を取り合って生きる世界を作ることを、私はここに宣言する』
「全部覚えてるの? すっごーい」
「昔はこういうのに憧れてたからね……お父さんにもよく聞かされてたし、それはもう耳にタコができるくらい」
「ウイル君が人を大切にできるのは、お父さんのおかげなんだね?」
「え? まぁそうなるのかな」
シオンに父親をほめられ、僕は少しこっぱずかしい気持ちになりながら、もう一度神父の像を見上げる。
「すごい人だよね……本当に希望の人だ」
「……でも、まだ希望は完全に闇を照らしてるわけじゃないよ」
「えっ?」
一瞬、シオンの表情が変わり、そんなことをつぶやく。
「……光が強く、闇が追いやられれば、その分闇は……深く濃く、見えないところに溜まっていく、だから私には―――しかない」
「シオン?」
「ふえっ!? な、何か変なこと言ってた?」
「大丈夫?」
「う、うん! ごめんね変なこと言って、ささっつぎいこつぎー! 呪われた魔導書探すんだから!」
シオンは慌てた様子でそう僕の手を握り、希望の像から逃げるように退散をする。
彼女が発したセリフはとても悲しげで、その言葉を忘れようとするように笑う彼女の笑顔に、それ以上僕には彼女にその言葉の意味を聞き出すことはできなかった。
◇
中央街の大通りを抜け、王城近くまでやってくると、城門前広場がにぎわっている。
その賑わいは、商人たちの仕事の声でも、子供たちの駆け回る声でもない、歓喜の声であった。
「何かやってるのかな?」
「わかんないけど楽しそー! ちょっと行ってみようよ!」
すっかり自然な笑顔に戻ったシオンに僕は少し胸をなでおろし、
手を引かれるままその騒ぎと人だかりへと向かっていく。
「すいませーん、ちょっとどいてー!」
さすがはシオン、人の目など気にする様子もなく人ごみをかき分けていき、その騒ぎの中心地へとあっという間に到着をする
そこにいたのは、大道芸人の集団だった。
どこの芸人かはわからないが、一人のピエロとストーンオーガ、そして女の人がジャグリングやダンスを披露しながらチラシをばらまいている。
どうやら大道芸の舞台への客引きを行っているようだ。
「わー! 大道芸だよ大道芸! 私ピエロなんて初めて見たー!」
案の定シオンは大はしゃぎ、いつもならば騒ぐシオンをなだめたりするのだが
今回ばかりは初めて見る大道芸人に僕も興奮してしまってそれどころではない。
「どこの一座だろう」
そう僕がつぶやくと、近くでビラ配りをしていた道化師役の男の人が僕のもとへとやってくる。
緑色の帽子をかぶり、長い鼻、目じりに赤い化粧をしているその道化師は、僕のほうにやってくると仰々しい一礼をした後に僕たちにチラシを渡してくれる。
視線を落としてチラシを見てみると、ロバート王生誕祭公演の宣伝のようだ。
公演をする一座は……
「ダンデライオン一座―?」
シオンは知らなかったみたいだが、僕は知っている。
「ダンデライオン一座といえば、この大陸一番の大道芸人でしょ! じゃあ、あなたが団長のフランクさん!?」
道化師の男の人は嬉しそうな演技をし、正解の意を伝える。
そうだ、道化師はしゃべっちゃいけないんだった。
「うわー感激だなぁ! 僕、一度でいいからダンデライオン一座の公演を見たかったんです。 まさかこんなに早く見れるなんて!」
そういうと、光栄ですというボディーランゲージをした後手を差し伸べてくれる。
握手をしようという意味だ。
「わっ!わっ! ありがとうございます!」
感激だ、まさかこんな形で憧れの人と握手ができるなんて!
僕は興奮を抑えて、失礼のないようにあくまで冷静にその手を取る。
ひんやりとした感覚、道化師としてあれだけ飛んだり跳ねたり踊ったりしているのに汗一つどころか体温も上がっていない。
さすがプロは違う。
「おや……君は」
ふいに、フランクさんは声を漏らした。
「あれ? 道化師ってしゃべっちゃいけないんじゃ?」
「おっと失礼、私たちダンデライオン一座はありのままを大事にする一座でね、道化師もお客さんとこうしてありのままの姿で接することを決めているんだ」
「へえ、なにか理由でもあるんですか?」
「ふふ、私はフランクという名前だからね、その名のとおり、君たちの前ではフランクに笑うのさ」
「団長~、こっちにもお願いしまーす!」
「君とは何かまた会いそうな気がするね……ではまた」
そういうと、フランク団長はその場を去っていき、また同じような道化師に戻っていった。
握手をした手の感触はまだ残っており、僕は感動をしみこませたまま、目を輝かせるシオンと一緒にダンデライオン一座の宣伝公演を見る。
「ストーンオーガがいるよー!」
「本当だ、珍しいね……」
「本当に皮膚硬いのかな、触ってくるね!」
「こらこらこら」
シオンが小さな子供のようにふらふらと演技中の人たちに近づこうとするのを襟首を捕まえて引き戻す。
「あーん! 何するのぉ! ウイル君だってピエロと握手したのにー!」
「あれはあっちが来てくれたからでしょ! 公演の邪魔しちゃダメだよシオン!」
「しないもん! 邪魔にならないようにこっそり触って撤退してくるもん!私の探求心を邪魔しないでウイル君!」
「子供か! マイペースなのもいい加減にしなさいシオン!」
「知的好奇心に勝る欲求はこの世に存在しないの! 人生は一度なの! 立ち止まっちゃいけないのー!」
「あぁもうそんな駄々こねるんだったら寺院に向かうよ!」
「いーやーだー! ストーンオーガ――!」
名残惜しいが、このままではシオンが駄々をこねて公演の邪魔になりかねない。
そう判断をして、僕はシオンを連れて人だかりをかき分けてその場を後にする。
幸いだったのは、シオンの駄々などダンデライオン一座の見事なパフォーマンスの前には
些末事であり、誰一人としてシオンの子供のような行動に目を向けることがなかった点であろう。
「……やれやれ」
「うぅ、ストーンオーガ……くすん」
涙目で引きずられるシオンに僕は一つため息をついて、さっさと目的地へと向かうことにする。
デートはとりあえず今日は終了である。




