黒幕
暗闇のなか、ティズは揺蕩いながら流れる映像を俯瞰してみる。
それはティターニアの旅の記憶であり、ティズには引き継がれなかった感情の記憶。
欠落したピースを眺めながら、ティズは過去の自分の人生を「なんてふざけた人生かしら」と吐き捨てた。
生まれながら人に愛されるように作られて、ノーテンキに暮らすクレイドルと対照的に、人を騙して世界を壊すよう作られたティターニア。
生まれた時から不平等で、ティターニアを作った創造主にティズは苛立つ。
「なんで、世界を壊す目的を与えといて、ティターニアに世界を愛させたのよ。あほ女神」
そうだ。
記憶の海に映るティターニアは少なくとも、この世界が好きだった。
人を騙し、迷宮を作り上げ、着実に世界を崩壊するように作られながら、ティターニアはこの世界を嫌いにはなれなかったのだ。
嫌いであれば、憎しみさえあれば、きっとティターニアは幸福だっただろう。
しかしそうでは無かった。
記憶を眺めるだけのティズには、その時のティターニアの心情は流れてこないが。
街ゆく人々を見つめる瞳の優しさが。
朝日に目を細める時の口元が。
夕暮れの空に小さく溢れたため息が。
流れる星に目を奪われているその姿が。
彼女の存在理由と彼女の心のあり方の矛盾を教えてくれた。
「きっと、自分でも気づいて無かっただろうけどね」
だが、いかに感情を氷らせていようが。
大好きな世界をいずれ自らの手で壊さなければいけないという矛盾。
積もり積もったその矛盾は小さな物だっただろう。
それこそ、本人ですら気づいてない、世界のシステムに対しての不満。
だがそれも何千年と続けば、こうして大きな怨念となって溢れ出してしまうのも無理はない。
あるいは、クレイドルと旅を共にした時点で、もうすでに壊れてしまっていたのかもしれない。
【だから、つけ込まれた】
小さく、ティズの背後から声が響く。
振り返ると、記憶の映画館の中……虚ろな目をしたティターニアがティズを見つめていた。
「つけ込まれた? どういうことよ」
【…….私は、人を愛するべきじゃ無かった。母親になるべきじゃ無かった】
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわね」
ティズは肯定も否定もしない。
それを決めるのは息子だと思ったからだ。
その意図を理解したのか、ティターニアは問答はする事なく、淡々と話しを続ける。
【クレイドルが羨ましかった。あんなふうに自由に笑って、好きな人のことを追いかけて、言いたいことを言って、怒りたい時に怒る。そんな自由が欲しかった。嘘をつく必要のない人生が欲しかった。だから、貴方を作ったの。新しい私の入れ物として、ウィルの母親として】
「随分と適当な作り方してくれたわね。ウィルの母親にしては、寸法が大分間違ってるわよ」
【その体なら、間違ってもあの子を傷つけないから。物理的に】
「こんな体じゃ、子供を抱き上げることもできないわよ?」
【それでいい。私よりあなたの方が、母親としては正しかった。とても優しくて強い子にあの子は育ったわ】
「そうね。私のおかげかと言われれば、ちょっと疑問だけどね」
軽口を返すティズに、ティターニアは少しだけ微笑む。
羨ましそうな眩しいものを見るような眼差しで。
【貴方として、私はウィルと暮らしたかった。貴方の中で、成長するウィルを見守っている、それだけで良かった。世界の命運も何も関係ない、森の奥で静かに暮らす。そんな生活に憧れた。だけど、それは叶わなかった。貴方の中に潜ませた私の本体、フェアリーストーンは奪われて、ウィルはメイズイーターになってしまった】
その言葉に、ティズの胸が疼く。
「奪われたって……ちょっと待って、アンタが、いや、私がウィルをメイズイーターにしたんじゃ無かったの?」
【神の権能はフェアリーストーンに宿る。フェアリーストーンのない貴方にその力はないわ】
ティターニアの言葉に、ティズはなんじゃそりゃと肩を落とす。
てっきり自分がそばにいたからウィルはメイズイーターになってしまったのかと思っていたら、とんだ取り越し苦労である。
少し文句の一つでも溢したいティズであったが、それよりも重要な話があったため話しを戻す。
「あんたの言い分じゃ、ウィルをメイズイーターにしたのはフェアリーストーンを盗んだやつだって話しだけど。どうやら私は、ただ単に野党の妖精狩りにあったわけじゃ無さそうね」
【えぇ。私から何もかもを奪ったやつが、今もウィルを犠牲に野望を果たそうとしている。私はそれを阻止するために来た】
「とんだクズ野郎ねそいつは。まぁ、私たちが言ってもどの口がって言われるかもしれないけどね」
同じことを繰り返してきたティターニアに、おそらく黒幕を責める権利はない。
今まで散々やってきたことを、最悪な形でやり返されただけに過ぎないのだから。
それでも。
【身勝手なのはわかってる。だけどウィルに罪はないわ。だからせめてウィルだけは守りたかった。泡沫の夢とはいえ、オベロンの力でフェアリーストーンが再構築されたのは奇跡だった。私の魂自体は宿らないとしても、全く同じものであれば私が再び貴方の中に宿ることができる。終わらない日曜日をオベロンがはじめたことも考えうる限り最適な魔物、マンデースレイヤーを生み出す土台になってくれた……悪あがきだとしても、ウィルを守れる可能性が出来た】
「それがこの大騒ぎだっての?」
【やりすぎなのは自覚している。けど、どうしても魔物を介して私の権能と貴方の中に再構築されたフェアリーストーンを同期させる必要があった。怨念系の魔物を頼ったせいで、私の負の感情が表面化したのは誤算だったけど】
「私への嫉妬でバリバリだったものね。てっきり殺されるもんだと思ったわよ。人選ミスも甚だしいし、あんた人を見る目ないでしょ?」
仕返しとばかりにティズはそう溢すが、ティターニアは否定をせずに話を続ける。
【でもこうして準備は整った。永遠の日曜日、1日が前に進まなければ、オベロンが死んで、アンドリューの迷宮が消えたままならウィルはメイズマスターにならなくて済む。あいつの野望も阻止できる】
「アルフとイエティは怪我をしたし、オベロンもクソ親父も死んだわ? いくらウィルのためとは言え、やりすぎよ」
【構わない。親らしいことを何一つしてあげられなかった。十字架だけを背負わせて、本体の私はおめおめと捕まったまま。ダメな母親ならせめてどんな汚名を被っても、どんな犠牲を払ってでも、私はウィルを守る】
「そんなやり方しなくたって、ウィルは負けたりしないわ。あの子はもうロバートよりも強いし、剣聖を超えた筋肉エルフに、頭のネジぶっ飛んだ魔法使いも、なんでもありの忍者もいるの。おまけにスロウリーオールスターズも味方なのよ? 元凶をぶっ飛ばした方が簡単じゃない」
【それは無理だわ……】
「そんなに強いっての?」
【いいえ。だけど、戦わせるわけにはいかない】
「何故?」
【あの子に、父親殺しの十字架まで背負わせるわけにはいかない】
ティターニアの言葉に、ティズの心臓が跳ねる。
「親って……ちょっと、待ちなさいよアンタ。それってつまり」
そんなことがあってたまるかと……ティズは言葉を漏らすが、ティターニアは遮るように正体を明かす。
全ての元凶。本当の裏切り者の存在を。
【次元渡りのゾーン。ウィルの父親にしてスロウリーオールスターズの一人。彼が貴方のフェアリーストーンを盗み、ウィルを世界の生贄に選定した張本人よ】
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