我、汝の真名を問う
『なまえ?』
「そう、簡単でしょー?」
シオンの言葉に、悪魔は一瞬呆気にとられたかのようにポカンと口を開ける。
自分の秘密を見破られたかと危惧したが、相手の出してきた謎かけは幼児でも答えられるような簡単なものだった。
感じた恐怖も、威圧も、全ては気のせいだった。
その事実に悪魔は思わず笑みをこぼす。
『げっげっげつ!!!何を言い出すかと思えば!! 何を思いついたかと思えば!! 名前だなんて!! 簡単!! こんな問題簡単すぎるぞ人間――!! げっげっげっ!!そんなの決まってる、俺の名前は一つだけ!! 俺の名前は……』
いいかけて、悪魔はその罠に気づく。
先ほど自分が謎かけで言ったこと。
名前とはそのものを縛る呪いであり悪魔にとって心臓にも等しい弱点でもある。
だから答えられない。答えてはいけない。
不明であり、闇に紛れることが悪魔の本質。
正体不詳であることが、悪魔が悪魔でいられる
魔性としての力を保証する。
ただの人間ならばそんなの関係はないだろう。
だが相手は魔法使い。
名前に呪いをかけられれば、簡単にとんでもない事になる。
この魔法使いはそれを狙っている。
悪魔の倒し方を、御し方を何故かこの人間の少女は知っている。
そして、相手のニヤニヤとした笑顔から、悪魔のルールすらも把握されているのだと、理解する。
悪魔は騙し討ちを許されない。
ゲームを挑んだ以上。悪魔は嘘はついてもいいが、取引においては相手を欺くのはルール違反。
一瞬で魂が蒸発をする大犯罪である。
だからこそ、ゲームの途中で攻撃を仕掛けるなどあってはならないし、成功するよりも先に朽ち果てるのは悪魔の魂の方だ。
だけど人間はそんな大犯罪は簡単に許される。
卑怯、卑劣、詐称、裏切りは人間にのみ許された行動。
謎かけで、答えてはいけない問題を出してくると言う反則技。
なすすべもなく悪魔は一瞬で窮地に立たされた。
『かっ、あ、こ、う、ぐ、』
言葉にならない声が、洞窟内に響き渡る。
「あれれー?どうしたのかなー? まさか悪魔さん、自分の名前忘れちゃったのー?」
煽るシオン。
しかし、その杖が、足元に敷かれた魔法陣が、背後に立つ聖職者の匂いがする存在が、脅迫のように悪魔をじわじわと追い詰める。
『っこの!!黙れ! 黙れ!! 言ってやる!! こんなの簡単だ! 簡単なんだ!!!』
唇を噛みながら激昂する悪魔。
悪魔は生まれて初めて脅威を知った。
謎かけ勝負に持ち込んだのが大間違い。
惚けた話し方に間抜けそうな雰囲気に騙されたがとんでもない、間違いなく目の前の少女は悪魔狩りのスペシャリスト。
正直に答えれば、名前に呪いをかけられてくびり殺される。
いや、もっとひどければこの場所に縛りつけられて封印される。
空腹で痛くて石みたいに冷たくて、体の端端を今まで踏み潰していた虫たちに齧られる。
きっとこの冷酷な魔法使いは、200年前に自分を封印した人間達とは違って、石の中で眠らせるなんて生ぬるいことはしない。
地獄よりも恐ろしい拷問を仕掛けてくるはずだ。
そんなことは絶対に嫌だ。
恐怖に、悪魔は目の前の少女が不気味な怪物に映る。
何をされるのか、どんな呪いをかけられるのか。
そんな不安が増幅され、杞憂と恐怖が入り混じりながらガクガクと膝の震えが大きくなる。
(考えろ! 考えろ!!)
必死に打開策を考える。
騙し討ちで命は取れない。
約束を反故にしてはならない。
その縛りを避けてこの問題を乗り切る方法を、頭を叩きながら考える。
(打開策はある……あるが、リスクが高すぎるぅ)
嘘の名前を答えれば、そして自分の名前をこの少女が知らなければ……まだこの窮地を乗り切れる可能性はある。
嘘をつけば、相手が気づかなければ、勝ち目はまだある。
だが、嘘がバレればもちろん敗北。自分の名前も答えられないまぬけな悪魔となる。
そんな敗北の仕方は、悪魔のプライドが緩さなさい。
『かっ、あっ、あ、』
言葉が出ない。
(こ、この俺が、び、びびって声が出ないなんて)
「んっんーーー???? 聞こえないなぁー? お母さんに教わらなかった? 自分の名前をいうときはー、くっきり、はっきり、大きな声でー!」
挑発する魔術師に、悪魔の血管が弾け飛びそうなほど沸騰する。
『あああああああ!! 言ってやる言ってやる!言ってやる!!』
(どうせはったり、あいつは俺の名前なんてしらない!!!謎かけは答えを知らなければ、知らない奴が悪い。そうさ! 名前を答えて自信満々に魔法を使ってきたら、八つ裂きにしてやろう! ふざけやがって、この俺を馬鹿にしやがって人間の分際で!! 封印魔法が失敗して狼狽える姿を嘲笑いながら、ドロドロの恐怖顔のまま皮剥いで食ってやる。刺身はやめだ、足からゆっくり食ってやる!! 俺はゲームで負けたことはない!!)
「!」
『俺の、名前はぁ!!!!!』
全身から汗を吹き出させ、息も絶え絶えに。しかし高らかに悪魔は嘘の名前を宣言する。
『大悪魔!!!! バルバトスだ!!!』
その言葉に、シオンはニヤリと笑みを浮かべて杖を悪魔に突きつける。
(はまった!!! 来たぞ、まんまと騙された!! 撃ってこい、さぁ撃ってこい!! 向こうから騙し討ちを仕掛けてきたなら、反撃はルール違反じゃない。さぁこいこいこいこいこいこいこい!!!!さあさぁ!!! 俺の勝ちだ間抜け!! 撃ってこい! その時がお前のはいぼ……)
「ハーズレ! 貴方は悪戯の悪魔 ロキでしょー?」
『が………………!!!!!!!????!!!!??』
悪魔の目がこぼれ落ちるほど大きく飛び出し、口は外れ、鼻と目と耳から色々な汁が溢れ出す。
それは今まで感じたことのない圧倒的な屈辱、悲しみ、悔しさ全てがドロドロに混ざり合った感情であり。
「自分の名前も間違えるなんて、間抜けな悪魔さん!」
満面の笑みでそうVサインを作る少女に。
『ゔぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああかあああああああああああ!!!!!!』
悪魔は絶叫をしながらその感情を吐き出したのであった。
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