オベロンが死んだ!
オベロンの死体は、リルガルムの池の中央に突き刺さる様に、ガニ股に開かれた両足と、蝶の様な大きな羽の一部を出す様な形で浮かんでいた。
「なんと無惨な」
死体の状況を見たサリアは、小さくそう呟く。
不自然な格好で浮かぶオベロンは、誰がどう見ても他殺であることは間違いない。
一体誰が、なんのためにと言う思いが僕の中で渦巻くなか、カルラは慌てた様に状況を語る。
「い、いつもの日課で町中の情報収集をしていたらここにオベロンさんが刺さってたんです」
実にシンプルでわかりやすい説明だったが、想像すると少しシュールな光景だ。
「そうなんだ……誰か犯人らしき人物は見た?」
カルラはフルフルと首を振る。
まぁそうだろうなと,僕は息をつくと、すでに現場検証に取り掛かっていたサリアがこちらを向いて残念そうに首を横に振る。
「犯人に繋がるの様な手がかりも、争った痕跡すら見当たりません。おそらく別の場所で殺害されたのち、あそこに運ばれたのだと思います」
「殺害されたって……オベロンは一応神様なんだよ? そんな簡単に殺せる様な存在じゃないでしょ?」
「す、少なくとも、真正面から戦って倒せるとしたら私たちかスロウリーオールスターズ、リューキさんのパーティーぐらいじゃないでしょうか? そ,それでも激戦になるとは思いますけど」
カルラはおずおずとそう言うが、その意見には納得だ。
しかし。
「困ったことに、そうすると誰にも犯行は不可能です。加えて、以上にあげた人物には動機がありません」
サリアの言葉に、僕たちは納得する様に頷く。
かろうじてティズには動機があるかもしれないが、力を取り戻したとは言えティズにオベロンを殺せるだけの力があるとは到底思えない。
うーむと僕たちは頭を悩ませていると。
「ひ、ひとまずはオベロンさんを池から出してあげませんか?」
カルラはおずおずとそう僕たちに提案をする。
「確かに、一国の王様があの格好で見せ物にされるって言うのも可哀想だしね」
「それに、他殺であれば遺体に何か手掛かりが残っているかもしれません。マスター、私が泳いで連れてきます」
「その必要はないよサリア」
迷いなく池に飛び込もうとする忠誠心はありがたいが、風邪を引かれても困るので、僕は性質変化で迷宮の壁を釣竿と針の形に変え、蜘蛛糸を結んで釣竿を作る。
「おぉ。その様に細いものまで……随分と迷宮の壁を器用に操ることができる様になりましたね、マスター」
「まだ、糸ぐらいまで細くは出来ないけどね……王様を釣るなんて結構失礼かもしれないけど、助けてあげるんだから文句は言われないよね」
「だ、大丈夫ですウィルくん。そんな恩知らずなことを言う様だったら、お肉をちぎって魚の餌として使っちゃいますから!」
「うん。流石にやりすぎだからやめようねーカルラ」
物騒なことを言うカルラを嗜めながら、僕はオベロンに向かい釣竿を振るう。
魚釣りは村で生活をしていた時から慣れたもので、か細い空を切る音を立てながら、蜘蛛糸がオベロンの足に狙い通り巻き付く。
「お見事」
感心した様なサリアに少しだけ得意になりながら、僕はオベロンを釣竿から手繰り寄せる。
なんともシュールな光景だ。
「カルラ、掴める?」
「は、はい!!」
近づいてきたオベロンの足を、カルラは腕を伸ばしてひきあげる。
思ったよりも力がこもってしまったのか、オベロンは水飛沫をあげて陸地に叩きつけられるが、当然死体は何かを語るわけもなく、遺体がゴロリと地面に転がる。
「当然ですが、本物のオベロンの様です」
驚いた様にオベロンの遺体に目を白黒させるサリア。
その横でカルラは慣れた手つきでオベロンの手首にそっと指を触れさせて脈をとる。
「ほ、本当に死んじゃってますね」
残念そうに首を振るカルラ。
どうやらイタズラでもなんでもなく、オベロンは本当に死んでしまったらしい。
「一体どうして」
「恨みとかは結構買ってそうだけど、でもこの人そもそも不死だよね」
悩む様にサリアと僕はオベロンの死体をまじまじと見つめながら首を傾げると。
「あっ!! み、見てください二人とも!」
脈に続き遺体の状態を手際よく調べていたカルラは声をあげて、オベロンの胸部を指差す。
そこには。
【月曜日死スベシ、慈悲ハナイ】
服に隠される様に、刃物で掘り込まれた月曜日への怒り。
「いや、月曜日にどれだけ殺意持ってるんだよこの犯人」
そりゃ、休み明けは確かに憂鬱だし、月曜日への恨み言だって吐きたくなる様な気持ちもわかる。
だとしても、殺人までするなんて……一体どんな人物だ?
これじゃあ、さらに犯人像が遠のいてしまう。
そんなふうに僕は首を傾げると。
「月曜日死すべし……あぁ、しまった!!?オベロンの認識改変のスキルのせいで忘れていました」
サリアは珍しく表情を強張らせて頭を抱える仕草を見せる。
「な、な、何か知ってるんですか? サリアちゃん」
「えぇ。まずいことになりました。確かに日曜日が一週間も続くなどと言う珍事、奴がこれだけの力を持つことも頷けます」
「奴? 知ってる様な口ぶりだけど?」
「えぇ。妖精王殺害の犯人は、我々の潜在意識の中から生まれる驚異的な魔物……おそらく、今まで戦ったどの魔物よりも強力でしょう」
「そ、そんなに!?」
断言をする様なサリアの言葉に、僕とカルラは顔を見合わせる。
今まで戦ったどの魔物より、と言うのは間違いなく獣王ポチ太郎も入っていると言うこと。
フェアリーゲームにて圧倒的な力を誇った魔物の王、サリアはそれすらも凌駕する魔物がこのリルガルムの街に降り立ったのだとそう言ったのだ。
「ど、どんな魔物なの? この魔物は?」
僕の質問に、サリアは一度唇を噛むと、絞り出す様にその魔物の名前を告げる。
「我々の月曜日に対する恐怖や怒り恩讐の全てを取り込み生まれる呪いに近い魔物の形……月曜日を殺すもの、その名は、マンデースレイヤー」
ミステリーにはなりません




