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ルーシーズビーストとオーバードライブ

決戦の結末が見え始めたフェアリーゲーム。


強者と強者がぶつかり合い、人智を超えたものたちのぶつかり合いは間違いなく過去に類を見ない力と力のぶつかり合い。知恵と知恵の騙し合い。


後に全ての戦いが伝説となり歴史に刻まれる事になる英雄たちの誇りをかけた死闘。


そしてその中で、最も熾烈を極めたと記録される戦いが、最終局面を迎えようとしていた。


剣聖サリアと剣帝ルーシー。


魔王軍最強の剣士と、スロウリーオールスターズ最強の剣士。


まごう事なき世界最強の剣豪を決める一戦。


この世全ての剣士の頂点が今、決まろうとしていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。懐かしいな。ウララカ平原じゃ、俺を一歩動かすだけでも一苦労だったお前が、今じゃ互角に切り結んでる」


額からどろりと流れる赤い血をルーシーはぺろりと舐める。


そんなルーシーの姿にサリアは微笑み、全く同じ場所から流れる赤い血を拳で拭う。


「いつの話をしているのですか師匠……走馬灯ですか?」


「んなわけあるか、年寄り扱いするなバカ弟子が」


冗談を言う弟子に、ルーシーは真っ赤に染まった手でブーイングをするが、その光景は側から見ているものからすればどちらがいつ倒れてもおかしくない状況だった。


切り結んだ大地は、互いの地で赤く染めあげられ。


互いの体は、自らの血と返り血で髪から足先まで血濡れていない場所などどこにもないほど。


切り結び、刃を交えた回数は千をとっくに超えており、周辺の建物や木々は斬撃の余波により見るも無惨に切り刻まれている。


だと言うのに。


「なら、小手調べはここまでにしましょう師匠」


サリアはそう言って、ルーシーを挑発する。


「……そうだな。お前の剣技の成長もしっかりと見ることができた事だし、望み通り全力で潰してやろう」


牙を向くようにルーシーはそう呟くと、左胸に手を当てると。

空気が変わり、サリアは何かを悟るように剣を構える。



獣人変化(へんしん)



一つ、短い言葉が静かに響き、ルーシーの姿が消える。


刹那。


「っ!!!!!?」


サリアの肩から噴水のように血が吹き出し、膝をつく。


「見えてすらいなかった筈だが、直感だけで致命傷は避けたか。本当、昔からその勘の良さには驚かされるな」


背後から響く声にサリアは振り返る。


そこにいたのはルーシーではなく、白銀の毛並みを血に染めた一匹の狼。


「ようやく、本気ですね師匠。いや、ルーシーズビースト」


剣の極地に立つ究極の剣士、ルーシー。

しかし、剣以外の才のほとんどを持たない彼が彼がスロウリーオールスターズ最強と言われる所以はここにある。


ルーシーズビースト。


彼は、人狼族なのだ。


「行くぞ……これがお前にも初めて見せる。俺の全力だ」


「!!!」


先ほどまでとは異なる鋭く研ぎ澄まされた殺気ではない、溢れ出すような獣のような荒々しくも膨大な殺気に、サリアは全神経を集中させて迎撃体制を取る。


しかし。


【双爪迫撃】


静かなルーシーの呟き。


刹那。


サリアの全身から鮮血が吹き出す。


「がっ!??」 


刻まれた箇所は計10箇所。


よく知る太刀筋、切られる場所まで熟知しているはずの剣筋を前に、サリアは身動きも、何もできずただなすすべもなくその場に膝をつく。


「人狼化の効果は純粋な身体強化に加えて、技量や剣技が全て一段階上昇する。人間のお前じゃ目で追うことすらできない筈だ。だが落胆する必要はない。これは生物としてのスペックの違いの話だ、剣士としての敗北にカウントする必要はない」


勝負あり、とルーシーは判断し剣をしまう。


だが。


「くっくくくくく」


膝をつき、全身から血を流した状態でサリアは不敵な笑いを溢す。


「どうした? 悔しさで笑いが込み上げてきたか?」


弟子を心配するようなルーシーの問いかけに、サリアは小さくいいえと溢す。


「喜んでいたのですよ。やはり、私の師匠を超える剣士はこの世のどこにもいなかったのだと。そして、そんな貴方とようやく全力で戦えること……ソレが嬉しくて、笑っていたのです」


「嬉しい?」


ルーシーは訝しげな表情で首を傾げる。


「感謝します師匠。私をここまで連れてきてくれたこと。死にかけた私を拾って剣術を授けてくれたことそのおかげで私はここまで来れた……多くの絆、多くの優しさに触れて、私はようやく夢を掴む事ができた。この世全て、私を育んだ全ての絆に感謝を込めて。貴方にずっと見せたかった……この魔法をもって貴方を屠ります」


「!!!!!!?」


何かをする前に決着をつけることはできた。

戦いの最中だ、会話の途中に隙だらけの相手を切り捨てた所で、彼女も観客も文句を言うことはないだろう。


だが、彼女の放った【魔法】と言う言葉に、ルーシーは不覚にも動きを止めてしまった。


彼女が願い、人生を捧げてきたその半生を、血の滲むような努力を知っているからこそ……獣はその最大の贈り物に目を奪われてしまったのだ。


【オーバードライブ!!!!】


胸の甲冑を引き剥がし、内側で燃やされた魔力が薄緑色の光となってサリアを包む。


ソレは紛れもない魔法であり、ルーシーは涙がこぼれそうになるのを唇を噛んで耐える。


迫害を超え、修行を超え、迷宮を超え、円卓の試練を超え、死を超え、その身に刻まれた親からの呪いを超え……雪の中で死を待つだけだった少女が。


「よくぞ......ここまで」


戦いの最中だと言うことも忘れ、ルーシーはサリアに言葉を送る。


不器用ながら、最大限の賛辞。


無尽蔵に近い彼女の魔力を燃料に身体能力を全て一段階上昇させる、サリアの持つ最初の魔法。


それは奇しくも、ルーシーの人狼化と全く同じ効果を持ち。


これにより、本当の意味でサリアはルーシーに並び立ったのであった。


「私の人生は幸運と祝福に満ちたものだった。その感謝と奇跡の物語を今、我が剣戟にて語ります。ついて来れますか?」


ニヤリと、子供のような笑みを浮かべるサリアにルーシーは満面の笑みを浮かべる。 


「言った筈だ、年寄り扱いするなとな!」


吠えるように剣を振るうルーシーに、サリアは剣を重ねる。


衝撃に空は割れ、迷宮で作られたはずの大地にわずかだが傷跡が残る。


鮮烈にして過激に飛び交う無数の斬撃の嵐。


だが、撃ち合う二人の表情は。


平原で語り合う父と娘のような、幸福に満ちた笑顔をたたえていた。



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