神の王と人の王
戦いは最終局面。
オベロンの城は落ち、残るは魔王の城と英雄の城の二つのみ。
兵はわずか、残された将軍も生ける伝説二人のみ。
魔王軍とて痛手は負ったが、あらゆる観点から見ても魔王軍が圧倒的優位に立っているのは火を見るより明らか。
だが、油断するなかれ。
たった二人で、いや、たった一人でも邪悪を打ち砕く伝説の英雄達。
その頂点に立つ人間こそ、英雄王ロバートなのだから。
「ふんふふんふふーん」
そんな中を、一人の聖職者が歩く。
王城をまもる兵士たちを奇跡のように潜り抜け、まるで散歩をする様に。
まるで友人の家を訪れるような気軽さで。
神父シンプソンは、王城の扉を景気良く開く。
「やあやあどうもどうも……こんな緊急時だというのに、相変わらず暇そうですねーロバート王」
玉座にて眠る王は、うっすらと瞳を開くと退屈げにためいきを漏らす。
「貴様か……何をしに来た裏切り者」
「いやだなぁ、裏切り者だなんて。私とあなたはあくまでビジネスの範囲で取引をしただけに過ぎないじゃありませんか。 アンデッド化したルーシーさんに、迷宮に囚われたイエティさんをオベロンさんに交渉して助け出してあげたのは私ですし、迷宮で燻ってたレオさんとルーピーさんを参戦させたのだって私です。 仲間の救出までは私とあなたは仲間同士。ですが、その後に他の人間に雇われたならば文句を言われる筋合いはないじゃないですか。 というよりも、貴方からまだ報酬をいただいてないですしねぇ」
「お前はいつになっても変わらぬな。 まさか、こんな状況になっても取り立てとは」
「取れるときに取る、それが商売の鉄則です。 これが終わったらあなたまた忙しくなるから会う機会が減りますし、アポイントをわざわざ取るの面倒くさいから私いやなんですよね。ほら、今なら仕事のしようもないし、ベストタイミングですよベストタイミング」
「……やれやれ、ほら。これだろう」
そういうとロバート王は腕に巻いた腕輪を外すとシンプソンへと投げる。
青く輝く宝石で作られたその腕輪をシンプソンは手の中に収めると、少し光にかざしたのちに満足げに微笑む。
「盟約の証、スロウリーオールスターズのみが保有することを許された印。『再誕の青』確かに受取りました」
「ふん、今更このような物不要だからな……」
「えぇ、ですが彼らにはこれは最後の鍵となります」
「なるほど、いかなる結末になろうと……奴らは前に進めると、そういうことか」
「えぇ、貴方がボコボコにやられてヘソを曲げてもこれで安心です」
にこにこと笑うシンプソンに、ロバートは鼻を鳴らすと。
「本当に口が減らないし……何よりいつまでそんな口調を続けるつもりだ、クレイドル」
そうため息まじりにそう呟く。
「……あら? バレちゃってたの? いつから?」
「最初からだよ。何年の付き合いだと思ってるんだ……お前のその悪癖にこちとらガキの時から付き合わされてるんだからな」
「やーねー、昔のことをいつまでもぐちぐちと、そんなんだからそんなヨボヨボになっても一人身なのよ?」
そういうと、残像のようにシンプソンの体はかすみ、その場から女神クレイドルが姿を表す。
白いドレスのような物を身に纏ったクリーム色の髪。 前髪を纏めるように止められたヘアピンには、椿の花のようなものがあしらわれており、全体的に白い印象の体に一つ紅色が際立って目立つ。
「余計な世話だ……まったく、メイズエンドだけでも手一杯だというのに、クレイドル・ティターニア・デウスエクスマキナ・そしてオベロン。何故に神四柱を相手取って戦争などしなければならぬのだ……はぁ、これも貴様の謀か?」
「あっははは、私にこんな愉快な台本を書く才能がないことあんたが一番知ってるでしょ? まぁここらへんはミユキおねーちゃんの思惑通りってところかな? 本来ならメイズイーターはこの戦いに勝った後、無事にアンドリューを倒してメイズマスターを継承するの、何度も繰り返された事よ」
「なるほど、その後どうなるかもお前は今まで我にここで語って来たのだな?」
「そう言うこと、面倒だからパッと話すわよ。 この戦いの後、彼らはローハンを使って過去に戻り、魔王フォースオブウイルとして裏の世界に君臨する。後はあなたも知ってる通り、人間だけでは対処が不可能となった魔王軍に、人間は今まで駆除対象、もしくは奴隷でしかなかったエルフ、ドワーフ、ノーム達の社会的地位を各段に引き上げて協力を求めるしかなかった。やがて全部族が団結をすると、一度討伐されたフリをして身を隠し、部族対立が激化する頃に対立を煽りつつ、今度は名も無き神父として活動を再会。スロウリーオールスターズを作り上げた。貴方も、ルーシーも、ゾーンも誰もが聞いたあの演説でね」
「オールインワン宣言……あのようなあどけない子供があれだけの役者になるのだ……くくく、成長とは恐ろしいものよ」
「本当よね……でも、さすがはゾーンの息子って言ったところじゃない?」
「そうだな……父親に負けず劣らずの大嘘つき。親子揃って世界を謀るとは」
「えぇ、そしてきっと一人でなんでも背負おうとするのは母親似ね」
「あぁ、だからこそ大神自らが運命を変えにきたと」
「そう言うこと……そのための礎になってもらうわ。悪いけどもう一度ね」
「英雄王たるこの我に、魔王に屈しろと言うか。それはできぬ……なぜならば我こそは狂王と蔑まれながらも人の希望であるからだ」
「えぇ、だけどもうこれは魔王と人の戦いじゃない。 私が今ここで姿を現したことにより、これはいまから神と人の戦いになった‼︎ 世界最強になった人間を倒すのはいつだって神様の役目……そんなことは、この世界ができるずっとまえから決まってることなのよ‼︎」
「なればこそいまここで歴史を変えよう‼︎ 過ちの積み重ねが今ここに立ち塞がるようならば、その先へ続く道は我自らが切り開く」
剣を引き抜くロバートは、玉座から立ち上がりかまえる。
かつて魔王を、そしてメイズマスターにして最愛の師を斬った聖剣エクスカリバー。
神をも断ち切るその力は暴風となってクレイドルへと叩きつけられるが。
にこりと笑うと、クレイドルはその懐から二丁の銃を取り出す。
特殊弾丸の込められた二丁拳銃……クローバー。
掘り込まれた装飾は一見なんのタクティカルアドバンテージももたらさないように見えるが。
「起動」
ここは剣と魔法の世界。
刻まれた術式が発動し、埋め込まれたロストマジックが蘇る。
クレイドルにのみ許された神代の魔法が英雄王へと向けられる。
「行くぞクソ女神」
「来なさい鼻っ垂れ!」
そんな子供の喧嘩のような啖呵を切って、昔を懐かしむように二つの伝説の衝突は始まった。




