ビーストテイマーティズ
突然の来訪者に、レオンハルト……百獣王は一歩後退をする。
百の獣の上に立つ神獣が彼、レオンハルトであるならば。
今目の前に立つ存在は全ての獣の上に立つ絶対王者。
迷宮に閉じ込められ、ひっそりと暮らすその王は、紛れもない敵意をもってレオンハルトを睨め付ける。
威嚇をする様に牙を向けば大地が恐れをなしたかのように草花は萎れて朽ち果て。
歩を一つ進めるたびに、枯れた大地から新たな命が芽吹いていく。
時を操っているのか。 それとも命すら彼の王の思うがままなのか。
その答えを知るものはいないが……ただ一つわかること、いやわかっていたことは。
その神にも近しい力を持つ存在の手綱を握れるような存在はこの世界でただ一人。
永遠女王ティターニアのみであるということだけだ。
【記憶と共にその権能を取り戻しましたか、ティターニア】
「ばっかじゃないの‼︎ ポチ太郎が私の子分なのは権能なんかじゃないわよ。飼い主がペット躾けるのにスキルなんていらないでしょ? この子は賢くていい子だから、私が忘れてようと何百年ほったらかしにしようと飼い主のことは忘れないのよ‼︎ ね、ポチ太郎?」
【王をしてペットですか……】
獣王は言葉を解す。
通常であれば、今の言葉を聞けば激怒し四方三里を焼き尽くしたとしても不思議ではないティズの発言であったが。
ティズに鼻先を撫でられた獣王は嬉しそうに喉を鳴らす。
彼女のいうように(体格差こそあれど)そのやりとりはまさしくペットと飼い主のそれである。
正直ペットの方が賢いのでは? という疑問が一瞬レオンハルトに浮かんだが、それは慌てて心の奥底に仕舞い込む。
「何よその顔、まさかあんたもポチ太郎の方が賢そうとかいうんじゃないでしょうね?」
バレていた。
そしてすでにウィルたちに言われていた。
【い、いえ‼︎? そのようなことは……ですが、解せません。 貴方がたはルールに抵触しています‼︎】
「どこがよ? 召喚魔法はルール違反として含まれていないわよ。 兵士1万人、レベル5以上の将軍は10人まで。ゲームに参加した人間の総数がこれを超えさえしなければ、何をしても構わない。それがこのゲームのルール。つまり私は、このゲームにおけるリーサルウエポンってわけよ‼︎ 」
【いや、そこではありません。 貴方、獣王、ウイル殿、サリア殿、シオン殿、カルラ殿、シンプソン殿、マキナ様、ローハン殿、リューキ殿、エリシア殿、フット殿……ナーガラージャ様はシオン様の魔法だとしても。これだけでも12……大幅に将軍の数がオーバーしています‼︎】
「ばかね、ポチ太郎はこの迷宮の魔物でちゃんとオベロン陣営の将軍として登録されてる……されてなかったらフットが外される予定だったけれども将軍が敵陣営に寝返ったところでルール違反なわけないじゃない‼︎ 正真正銘この子は私があの屑妖精から奪い取ったって寸法よ‼︎ ざまーみろ‼︎」
【だ、だとしてもティターニア。 貴方は?】
「愚問ねあんぽんたん‼︎ この最っっ弱な私が‼︎ レベル5もあるわけないじゃない‼︎」
【‼︎?】
楽しげにレオンハルトを指差し。
それと同時に命令を待つ兵士のように獣王は角を揺らし身構える。
「やっちゃいなさいポチ太郎‼︎ 兵士がいないなら他のを奪えばいいのよ!」
そんな妖精女王のめちゃくちゃな命令。
オベロンの横暴さすら霞むようなそんな言葉。
やっぱり妖精ってろくなやついない……。
そんな呑気な感想をレオンハルトは一瞬抱くが。
その無茶苦茶な命令でさえも懐かしく喜ばしいと言わんばかりに。
獣王は己が全霊を持ってその【王権】を発動する。
【っ‼︎? これは】
四方三里に届かんばかりの、空を鳴らす雷さえも可愛く思えるその轟音。
しかしその声は空が割れるでもレオンハルトの身を傷つけるわけでもない。
だが、レオンハルトはその力に目を丸める。
なぜなら、荒れ狂い一直線に魔王城へと侵攻を仕掛けていた魔物たち。
そして、レオンハルトが密かに魔王城への突入を命じていた兵士たち。
その全てが王に従う兵士のように踵を変えて、いっせいに敵地。
リルガルム王城へ向けて駆け出したからだ。
「ふっふふふふ‼︎ この光景はいつ見ても気分いいわねー‼︎」
【ティターニア。これは一体】
「決まってるじゃない……この子はね、ある一定のレベル以下の存在に対する支配権を有するスキルを持ってるの。 レベル5以下の存在だったら、遠吠え一つで思い通りに操れる。 あぁもちろん私は別よ? ワールドスキルのおかげで、状態異常に対しては絶対の拒否権を持ってるから……ちなみにこっちが私の失っていた権能ってやつね」
【なんということか】
「もっともっと驚きなさい‼︎ 敬いなさい‼︎ そんっけーしなさい‼︎ このティズ様こそこの戦いの本当の勝者‼︎ 今日から私のビーストテイマーティズ伝説がスタートするってことなのよ‼︎ あーっはっはっはっはっは‼︎」
傲慢ながらも高笑いを続けるティズ。
しかしレオンハルトはその様子に一つ舌打ちを漏らすと。
【――――――――――――――――――ッ!!!!】
獣王の遠吠えすらも凌駕するほどの声をあげ、同時にあたり一面に雷を放ち、往生へと向かう魔物を、自らの部下ごと焼き払う。
無数の魂が一度に迷宮の外へと飛ぶ。
これを最後に、この付近に残る兵士の全てが全滅をした。
「うぎゃああーー‼︎? ちょっ、なによあんた、何かってに切れてんのよ、っていうか自分の部下ごと雷で焼き殺すとかばっかじゃないの‼︎?」
【狂人と罵るならば罵りなさい、だがゲームだとはいえ、いやゲームだからこそ騎士が王に刃を向ける恥をかかせるぐらいならばここで引導を渡すのも騎士団長としての私の役目です】
吠えるレオンハルトに、ティズは気に食わなそうに鼻を鳴らす。
「あっそ、ご立派な忠誠心だこと。 正直あのロバートの小僧にどうしてそこまで従うのか甚だ疑問だわ、あいつはアンドリューのためにあんたたち全員を捨て駒扱いにしようとしてるのよ?」
【それでも構いませんよ。私はかの戦争であの方に憧れた、剣を捧げることを決めた。
故に、この命全てロバート王のために】
「ほんっと、犬なんだか猫なんだかはっきりしろってのよ、ばか猫」
【ライオンです‼︎】
啖呵を切るようなセリフに応じるように、レオンハルトは牙を剥き獣王へと走る。
地響きはまるで大地が割れたかのような衝撃であり、空から降らせた雷が獣王を貫く。
「甘いってのよ‼︎ ポチ太郎‼︎」
だが、その雷を獣王は首を振るうだけでなぎ払う。
サリアでさえも手折ることかなわなかったその角は、当然のように雷を霧散させたのちにレオンハルトの牙を迎え撃つ。
衝突する二人の王。
優位に立ったのは、獣王の方。
巨木の枝のように伸びたそのツノはレオンハルトの大顎をからめ取り、動きを封じたのだ。
【ぬぅ、なんと頑丈な】
「それだけじゃないわよ‼︎」
そういうと、獣王はツノを振るうと、たやすくレオンハルトを持ち上げ投げ飛ばし、地面に叩きつける。
今度こそ本当に大地が割れる。




