百獣王
「魔王の頭は、すっからかあああああぁん‼︎‼︎」
存在しないはずなのに、血が沸騰するような感覚がローハンの体躯を支配する。
幼稚な罵倒であることも、これが相手の打ち出した罠であることも全ては理解しているが。
それでも、自分の敬愛する魔王を罵倒された。
しかも、それが幼稚もすぎる言葉によるものであったことも相まって、気がつけばローハンはその方向に殺意を込めて睨みつける。
立っているのはひとりの男。
軍師ハリマオ……凡庸であるが故にこの戦いにおいて好ましくないと睨んだ男がそこにはあった。
いつものローハンならば、これほど見え透いた誘いに乗ることはなかっただろう。
しかし、魔王フォースオブウイル様の名前を貶すような言葉をローハンの魂が、王への忠誠が、無視という最善手を取ることを許さなかった。
「くっくく、このローハンを前に魔王様を貶すとはいい度胸です……八つ裂きにしましょう、その身に刻みましょう……呪い、操りアンデッドにして延々と魔王様への賛美を唱える木偶人形へと変えてやりましょう‼︎‼︎ 踏みにじり、蹂躙し、公開の悲鳴とともに惨たらしく絶命させてやります、いいえ絶命させてやる、この度し難く醜いど畜生めが‼︎ 貪り食らわれながら身の程を知れ人間がああぁ‼︎」
絶叫に近い声を上げローハンは丘に向かい、無数の魔力の塊を放つ。
第ニ階位魔法【闇撃】威力もそこそこ魔力消費は極小と扱いやすい初級魔法であるが、それが魔王軍幹部によるものとなればその威力は計り知れず、人ひとり軽く消し飛ばせる程度の威力を持ってハリマオを襲撃する。
だが、その魔弾が届くよりも早くハリマオは罵倒をするだけして丘の裏手に避難してしまう。
「小賢しい‼︎ あの程度の丘、吹き飛ばしてくれる、マキナさん‼︎」
ローハンはマキナへと射殺を指示するが、マキナは首を振ってそれを静止する。
「むりだローハン、丘の陰に隠れられたら何もできないぞ。 表層の土の部分くらいは吹き飛ばせるけれど、ここ草原っぽく見せかけた迷宮にそれっぽいテクスチャ貼り付けただけの空間だからな。 忘れてないか?」
その言葉にローハンは一瞬ハッとした表情を見せたのちに歯ぎしりをする。
「……小賢しい、ならば私が直接打って出るまでです‼︎」
「お、おいローハン。 軍師が先陣に出てどーする。 マキナだけじゃ魂の定着なんてできないぞ? ローハンがやられたらそれこそマキナお手上げだ、いっぱい頑張るつもりだけど数分でリタイアするぞ」
「構いませんよ‼︎ 魔王軍大軍師このローハンが、人間ごときに遅れを取るわけがないのですからね、魔王軍幹部の力、とくと味あわせてやりましょう‼︎」
「だめだローハン‼︎ それ、負けるやつのセリフ‼︎」
「この私があの程度の人間に敗れるわけがないでしょうが‼︎ 我は魔王軍幹部軍師ローハン‼︎‼︎ 今その恐怖、刻みこんでやりましょう‼︎」
「ああぁ‼︎? もう知らないぞローハン、怒られても知らないからなー‼︎」
マキナの静止を聞かずに丘の裏へと飛び込むローハン。
軍師らしからぬ正面からの侵攻は、幹部としての矜持か、ただ怒りに我を忘れただけなのかはわからないが。
「今だ‼︎ 突っ込め若造‼︎」
丘を越えた瞬間ローハンの目に飛び込んできたのは、斜面に身を潜め槍をかまえた数人の若い兵士の姿。
待ち伏せによる奇襲の刃は、周りの見えなくなっていたローハンに回避の隙を与えず。
その細い体に放たれた槍の全てが突き刺さる。
「や、やった‼︎?」
若い兵士から漏れる安堵の声。
だが。
「だぁかぁらぁ……無駄だってんだろうがゴミどもが‼︎ この程度の槍、蚊ほどの痛みもないわ‼︎」
その槍など意にも解さないといった様子で、ローハンは腕を振るい、一番
先頭に立っていた兵士の首を掴んでもぎ取る。
もとよりアンデッドであることに加え、レベルの差、生物としての差、全てにおいて格の違う人間からの槍の人刺しなど、ローハンにとっては蚊に刺された程度の痛みもなく。
そんな人間の必死に絞った知恵を嘲笑うかのように、絶望に染まる兵士の顔をローハンは一つ一つ潰していく。
だが。
「バカモンが‼︎ そこで怯んでどうする、たしかに刺さってるんだからそいつは間違いなく本物なんだろう‼︎? 蚊ほどのダメージだろうが当たってるには変わりないんだ、だから死にたくなけりゃ、おせええぇ‼︎」
怯え槍から手を離そうとすらしようとする兵士たちを叱咤し、茂みに隠れていたハリマオは、持ち主が不在となった槍を自ら掴むと、ローハンの体にさらに槍を突き刺す。
「貴様……無駄なことを」
「いいや‼︎ 無駄じゃないわ‼︎ 多少なりとも聞いてるはずだぞアンデッド‼︎ あぁそうさ、たとえ小さな一歩でも、集まれば貴様に吠え面かかせることぐらいはできんじゃい‼︎」
必死に叫びながらさらに槍を押し込むハリマオ、その言葉に呼応するかのように。
「「「「押せええええエエェ‼︎」」」」
残された兵士達が全員で、ローハンに槍を押し込んでいき、わずかにローハンは後ずさる。
だが。
「世迷言を……残念だが、貴様らゴミの攻撃などまったくもって無駄なんだよ‼︎」
ローハンはその槍を全て自らの腕でへしおり、ハリマオを除く全ての兵士たちに至近距離で【闇撃】を放つ。
爆弾が破裂したかのような音が響き、同時にハリマオの周りにいた兵士達の魂が一斉に天へと登る。
「なっ……バカな」
「くくく、実力の差が身にしみたか? そも私とあなたとでは生物の格が違う。笑えよ大軍師……どちらの頭がすっからかんか、答えてみろよなあぁ‼︎?」
絶叫とともにハリマオの首を掴み、その骨を折るローハン。
「うがっ‼︎?」
わざと致命傷は与えず、呼吸が不可能となる状態でローハンは楽しげにハリマオをゆっくりと処刑する。
「……ふふっははははは‼︎ ほら言えよ‼︎ 誰の頭がすっからかんだって?」
楽しげに笑うローハン。
しかし、ハリマオはそんな窮地の中でも苦笑を漏らし。
「勿論……お前の頭だよバカモンが。 こうして楽しげに儂の首を掴んでるお前が、実体のある本物だ」
その手を掴み、手に隠し持っていたスクロールを展開する。
「‼︎? それは」
【第三階位魔法 捕縛拘束】
小さく、呟かれた言葉と同時に魔法の鎖のようなものがスクロールから現れ、ハリマオごとローハンをしばりあげる。
「くっ‼︎? これは拘束呪文‼︎ だがこの程度すぐに」
「構わんよ、三秒、いや一秒でも本体の動きを繋ぎ止められればな……やつの咀嚼は一瞬だ」
「何を……ッ‼︎‼︎?」
怖気とともに、ローハンは目の前に立つレオンハルトの姿を見る。
その手には首にかけられたネックレスを引きちぎる獣の姿。
その瞳は知性と理性にあふれた王国騎士団長のものではなく。
野生に帰った獣のそれであった。
ローハンはかつて魔王に聞いた話を思い出す。
いずれ相見えるだろうリルガルムの守護獣……百獣王。
それが、レオンハルトであるとローハンはその時始めて理解し。
「儂ごと喰らええぇ‼︎ 化けもんがああぁ‼︎」
理解したと同時に、巨大な獣の大口に全身を咀嚼された。
二つの魂が天へと登る。
同時に、ローハンが操っていたクレイオートマタは全ての機能を停止した。
【――――――――――ッ‼︎‼︎】
封印を解かれた獣は、敵を打ち滅ぼすべく稲妻を生み出しながら咆哮をする。
兵士の全滅した魔王の城に今、災厄・百獣王が迫るのであった。
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