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多芸に武芸


「どおおりゃあ!」


 怒声と共に振るわれる拳を、カルラはいなし。投げ飛ばす。

 

腕をとり、足を絡め、相手の力が強ければ強いほど激しく地面へとたたきつけられる。


「すごいですねぇカルラさん……あのアルフレッドをぽんぽん投げ飛ばしていますよ。このままじゃ圧勝って感じですかねローハンさん?」


「まぁでも、受け身とはとっていますからね……ダメージはありません」


「本当化け物ですね……受け身どうこうってレベルじゃないと思うんですけど神父」


たたきつけられるたびに地面は変形し、すでに大地にはいくつものクレーターができているが、アルフも飽きることなく投げられては向かい、投げられては向かいを繰り返す。


「そんな、投げ飛ばすだけじゃ俺は倒せねえぜ、お嬢ちゃん!」


 地面に叩きつけられた反動を利用して、アルフは土を蹴りカルラへと飛ばす。


「あっつ!?」


 スロウリーオールスターズが一人であり、伝説の英雄であるはずのアルフレッド。

 そんな彼がそのような姑息な手段を選んだのは、カルラにとっては盲点であった。

 ゆえにこの戦いにおいてはアルフレッドの行動を汚いとののしることは出来ない。


 アルフレッドはれっきとした冒険者であり、対峙するは卑怯卑劣が売りの忍。互いにだましあいを生業とするもの。

 英雄だからという固定観念を利用して、アルフレッドは見事に虚を突いただけに過ぎず。

 その油断や想像力の欠如がアルフレッドの拳を受け入れる原因となる。


「歯ぁ食いしばれえぇ!」


 拳がカルラの顔面をとらえ、殴り飛ばす。


 本来であれば体の半分が消滅するほど。

 破壊力だけ見ればメルトウエイブにも引けを取らない人の限界を超えた生物の一撃。


 首が飛ぼうが、大地が裂けようが何ら不思議ではない拳ではあったが。


「こんなの……一人ぼっちの痛みの方がよっぽど痛いですよ!」


 カルラはそれを平然と耐えきった。


「なっ……バカな」


 驚愕の声をあげるアルフレッドであるが、無理もない。


 しかしながら彼女はそれだけの耐久力を示して見せたのだ。


「どういうことですかねぇ」


「んーと、簡単に言っちゃえば受け身をとったってところかな?」


疑問符を浮かべる私たちに対し、そんな声が足もとから響く。

見るとそこには退屈そうにしているマキナの姿。


「あら、マキナさん戻っていらしたんですか?」


「まぁね、カルラお姉ちゃんが来ちゃったら私がいても足手まといだし。それよりも、ほかの所に気をつけなきゃいけないみたいだし。それまできゅーけー。マキナも大変なんだな」


「ふむ、となるとあちらの大軍師も動き始めたということですか」


「そうだなー、あいつ口は悪いけど頭は良いからな―……ローハンも気を付けないとだぞ」


「ええ、腕が鳴ります。それよりもマキナ様、受け身というのはどういうことでしょうか?」


「あぁそれはだな、よーく見てみると良いぞ」


 そういうと、マキナはカルラとアルフレッドの方を指さす。

 

「ちくしょう! お前化け物か!」


「し、失礼な! ストーカーです!」

 

 再度放たれるのはカルラの腹部を狙った上段蹴り。 

 それをカルラはまともに受けるも、苦痛に顔をゆがませることはない。


「当たってはいる。だけどカルラお姉ちゃんはスキルでそれを最小限まで減らしてるな」


「そんなことできるんですか?」


「不可能ではないな、カルラお姉ちゃん拷問受け続けたせいでサリアお姉ちゃんとは対照的に防御系のスキルは取り尽くしてる感じだし。衝撃吸収に、身体軟化を併用して、さらには拳の振りの速さに合わせてヒットの瞬間に体を逸らして衝撃を殺してる。普通の人間ならそれでも芥子粒になるだろうけど、柔よく剛を制す。殺した衝撃をスキルで押さえきってるのよね」


「なんだ、ワールドスキルも大したことないんですねぇ?」


「まさか、そんなことできるのカルラお姉ちゃんぐらいだ。体を逸らすのだって、ほんの少しスピードを間違えればスキル程度じゃアルフの攻撃は防げない。研鑽に研鑽を重ねた体術と保有している複数のスキルを針の穴に糸を通すような神業なのよねー……」


「……ははぁ、神父言っていることが何一つわかりませんが、とりあえずすごいことをしているんですね?」


「おうさ、スキルだけでも二十ぐらいは同時に発動しているぞ、そんなのマキナもできなくはないけどとってもおなかがすいちゃうのよね。それに体術もアルフを圧倒的に上回ってなきゃこんな芸当は出来ない。正直アルフがもっと格闘技勉強してたら秒殺だぞ」


「幸運が重なったということでしょうか?」


「この場合は、アルフの運が悪かったというべきかもしれないな……文字通りアルフにとってカルラお姉ちゃんは、ルーシーに次ぐ天敵だ」


 そう笑みを零すマキナの言葉のあと、アルフの体が宙を舞う。


 拳打や足技を繰り出していたアルフに対し、カルラはその腕をつかみ背負う様に投げ飛ばしたのだ。


「おー、背負い投げ! 多芸だよねカルラお姉ちゃん」


「しかも、すごい勢いで地面を転がりましたね……普通の人なら死んでます」


「普通の物差しで考えてたら、心臓が持たないぞローハン」

 

 マキナのもはやあきれにも近い発言にローハンは困ったように表情をゆがませた。



「普通の人ならそろそろぜ、全身打撲のはずなんですけど……げ、げんきそうですね、あ、アルフさん」


 息を少し乱しながら、カルラはアルフに向かいそう言葉をかける。

 今まで繰り出された投げ技は数十種。そのどれもが大地にクレーターを作り、アルフは地面を何度も転がっている。 


 しかしながら、無限に成長する怪物の体には傷一つ見受けられない。


「はっはぁ! スロウリーオールスターズ【最硬】の異名はだてじゃねえ! 投げ技程度でくたばっちゃ! 英雄王あのばかの盾になんかなれやしねえよ!」


 放たれた左ストレート。


 それに対しカルラは少しだけ考えるような表情をし。


「そうですか……ではこういうのはどうでしょう?」


 今まではいなし投げ飛ばしていたカルラが、今度はその腕をとり、自らの腕を絡め。

 そのままアルフの背後へと回り込む。

 腕は背中の方へ捻じ曲げられたような形になり、そのままアームロックを仕掛けられる。


「いっでででででで!?」


 アルフレッドは初めて痛みに声を上げる。

 無限の腕力を誇るアルフレッドにとって関節技を決められるなどということは初めての経験なのだろう。アルフレッドは声をあげて痛みを訴え。


「あ、痛みは一応感じるんですね、よかった。 それじゃあ」


 ぼきりとカルラは安心したようにアルフレッドの肩を外した。


「うがあああああぁ!」


 絶叫に近い悲鳴が上がり、アルフは肩を抑えよろめく。


「えげつないですねぇ……カルラさん」


「まぁ、仕方ないでしょう。戦いとは非情なものですから。それにまだ終わりじゃないですよ?」


「え?」


 ローハンの言葉に、私は再度アルフレッドたちへと視線を戻すと。

 カルラの手がアルフの首根っこを後ろから捕まえていた。


「あれは?」


「……あぁ……致命傷です」


【獣噛】


 ローハンの言葉と同時に、首と頭蓋骨の付け根あたりを持ったままカルラはアルフを腕力の身で大きく左右に揺らす


 腕を抑えていたアルフはなすすべもなくカルラに一度揺さぶられると、そのまま地面に放られる。


 どしゃり、とアルフが地面に落ちる。


 クレーターができるほどでも叩きつけられたわけでもない。

 ただ一度首をもたれたまま揺さぶられた……ただそれだけなのに、アルフレッドは立ち上がることができずにびくびくと震えている。


「……一体、何を?」


 何が起こったのかわからない私は、ローハンに問いをかけると。


「あれは、脳震盪ですね」


 ローハンはそう一つ呟くように返答をくれた。


「……脳震盪?」


「ええ、首元をつかんで、大きく体を揺さぶりましたよね……あのひと振りで脳が大きく揺れたんです。 たとえば狐が兎を捕まえたときに、首をつかんで大きく揺さぶるでしょう? 生物全て、脳は共通の急所……いかに強くても、脳だけは鍛えられませんからね」


「脳震盪ともなれば、相当なダメージが入るはずですが」


「その通りです。あれだけ乱暴に振られたのですから……体にダメージは無くても思う様に体が動かないはずです」


 ローハンはカルラの技術に感服をするようにそう言い放つと、同時にカルラは動かなくなったアルフレッドのもとに近づいていく。


 勝負あり……とでも言いたげなその様子からは、冷静に、そして的確にとどめを刺すという意思と殺気が読み取れる。


「ごめんなさい。死んでも蘇生は必要ないみたいですし、その、痛くしないようにしますので」


 放たれた手刀は寸分の狂い無くアルフの心臓へと放たれ。 勝負は決まったかのように見えた。

 

しかし。


「我……即チ厄災也」


 その一言で、アルフの背中はまるで脱皮をするかのように割れ、中から飛び出してきた刃がカルラの胸を穿った。


 ジャイアントグロウス……その力の片りんさえも、私たちは見ていなかったのだ。

                  

                     ◇

 


 



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